清楚完璧な美人のエリート警察官僚上司が、家では俺を大好きな甘デレ幼馴染だった

軽井広💞キミの理想のメイドになる!12\

第一章 幼馴染との再会

第1話 生意気な10代の後輩女性警察官にからかわれる

 人生は偶然で決まる。

 

 原橋信一は、わずか26年しか生きていないけれど、就職してからそのとおりだと思った。


 自分が警察官になるなんて思わなかった。そして、もう一つ、思いもよらないことがあった。


「信一……うーん、むにゃむにゃ、もう食べられない……」


 ソファに寝て、ベタな寝言をつぶやいている美人女性が目の前にいる。20代半ばだけれど、可憐で幼い表情を見ていると、ほとんど女子高生と変わらない。


 ただし、スタイルは抜群で、部屋着のTシャツ上は、その美しい体のラインをはっきりと見せつけていた。


(困ったなあ)


 信一は頭を抱えた。


 目の前の女性は、信一の同居人になるつもりらしい。ルームシェアだが、相手はただの知人ではない。


 彼女は、同い年の上司だった。警視庁刑事部捜査一課管理官・秋永真帆乃。階級は警視。


 エリートのキャリア組警察官僚。東大法学部卒。将来の警察庁長官候補だ。


 そして、もっと厄介なことがある。

 真帆乃は……信一の幼馴染なのだ。





 信一は東京の大学を卒業した後、警察官になった。

 別に警察官に強い思い入れがあったわけではない。


 信一は歴史が好きで、文学部史学科に入学していた。本当は大学で日本史の研究者になりたかったのだが、そう簡単になれるものではないと知って、早々と諦める。大学院の博士課程を終えるのは二十代後半になるし、東大出身でも常勤の教員になれるのは四十代だったりするらしい。

 そもそも大学にもあまり馴染めず、研究室にもほとんど行かなかった。


 実は小説家に憧れがあったので、新人賞に投稿してみたりした。けれど、こちらもほとんど一次選考落ち。


 そこで普通に就職活動をしたのだが、一応そこそこ有名な私大とはいえ、文学部卒のノースキルでの就活はなかなかに厳しいもので。


 出版社だとか、ゲーム会社だとか、興味のある分野は全滅し。

 さほど興味のない銀行やメーカーは、興味がないゆえにこちらも全滅。


 ろくろくエントリーシートも通らず、面接でも落とされ続け、「君はサラリーマンに向いていない」とまで言われ、すっかり心が折れた。


 このまま就職浪人をしても、明るい未来はなさそうだ。

 そんなとき、目に入ったのが、警視庁の警察官採用の二次募集だった。

 

 ふっと思い出す。

 大学二年生のとき、自転車を盗まれた。見つかったとき、連絡をくれた警察署の警部補が同じ大学の出身で、しばらく雑談をした覚えがある。


「刑事はね、きつくて給料も安くてろくでもない人間にばかり会う仕事だけれど、やりがいだけは腐るほどあるから。君もよかったらどう?」


 そのときは、警察官になるつもりなんて、まったくなかった。


 けれど、今は……それも悪くないかもしれない、と思う自分がいた。公務員だし、採用の倍率だってずっと低い。


 給料も安定しているし、やりがいもある(?)。


 ということで、信一は警察官の採用試験を受けた。そして、あっさりと合格し、翌年四月に警視庁巡査を拝命する。


 警察学校での寮生活で同期はたくさん脱落したけれど、信一は良い成績で卒業した。交番勤務も順調にこなせたし。


 あれだけサラリーマンには向いていないと言われたのに、信一は警察官としてはそれなりに優秀だったらしい。


 そして、署長から刑事に推薦され、講習を受けた後、押上警察署刑事課強行犯係に異動になった。

 階級も巡査部長に昇任したし、ここまでは順調だった。


 ただ、どこか空虚な思いを抱えていた。ここにいるのはたまたまだ。

 自分がなりたいものになれなかった。


 高校時代、喧嘩別れした幼馴染に言われたことがある。「信一は、何もないよね」と。


(そのとおり。俺には何もない……)


 警察官という仕事に、情熱も理想も持っていなかった。「やりがいはある」という言葉がきっかけで就職したけれど、実際のところ、ほどほどに出世して、安定した給料がもらえればそれで良い。


 12月のある日。そんなことを考えながら警察署のデスクで仕事をしていたら、背後から声をかけられた。


「原橋先輩♪ お昼ごはん、行きましょうよ~!」


 若い女性のソプラノの声で、明るく弾むような調子だった。

 信一が振り向くと、小柄な女性がふふっと笑っていた。


 警察官としては珍しい、明るい茶色にショートの髪を染めている。おしゃれなスーツをばっちり着こなしていたけれど、ほとんど少女みたいに見える。


 表情も楽しそうないたずらっ子みたいで、信一は「若いなあ」と思う。

 実際、その子はまだ18歳だった。


 彼女は、梓佳奈巡査。刑事ではなくて、刑事課の内勤職員だ。信一の隣の席に座っている。


 警察署の刑事課には、新人の女性警官が内勤の事務担当として配属される決まりだった。


 信一はフロアの壁時計を見上げる。時刻は十二時。たしかにそろそろ昼休みだが……。


「ごめん、梓さん。すぐ片付けないといけない仕事があって……」


「えー、今日は時間があるんじゃなかったんですかー?」


「そうだったんだけどね……」


 警察官のなかでも、刑事はけっこう多忙だ。ひっきりなしに起こる通報に、膨大な事務作業。

 昼飯もおにぎり一つ食べる時間しかないことも多い。

 

「おごってくれる約束だったのに!」


 佳奈は、子供っぽいむくれた表情をする。

 ははは、と信一は笑った。そういえば、そんなことを言った気がする。


「ごめんごめん。今度埋め合わせをするからさ」


 佳奈は、高級カフェの名前を上げるとそこのケーキを「食べたいなー」なんて信一にねだった。

 苦笑して、信一がうなずくと、佳奈は「やった!」とガッツポーズを作る。


「約束ですからね? せ、ん、ぱ、い?」


「はいはい」


「仕方ないから、手伝ってあげます」


「ありがとう。でも、梓さんは無理しないでお昼に行ってきてよ」


「先輩のためですから」


 佳奈はくすっと笑う。


 昼休み返上で手伝ってくれるみたいだった。なんだかんだで、佳奈は気の利く新人で、仕事熱心だ。

 信一もだいぶ助かっている。


 コピー機の方へ佳奈が向かっていなくなったとき、隣にいた係長が信一に話しかけてきた。


「原橋くんはずいぶん梓さんに懐かれていますね」


 係長はのほほんとした表情で、湯呑の緑茶をすすりながら言う。この係長は四十代の男性で、刑事課のなかではかなり穏やかな性格だ。


 直属の上司がこういう人で助かっている。

 とはいえ、係長の発言に、信一はあまり同意できなかった。


「そうでしょうか? 恐縮ですが、からかわれているだけの気もしますが……」


「懐いていない相手に、あんなに楽しそうな表情は見せないでしょう? 梓さんは、ご主人さま大好きで、しっぽを振っている忠犬のようですよ」


 係長が妙なたとえを使う。信一がそれに答える前に、佳奈が席に戻ってきた。


「お二人とも何を話されていたんですか?」


 佳奈の問いに、係長がにこりとして「原橋くんが、梓さんの話をしていたんですよ」なんて言う。


 話を振ったのは係長ではないか、と思って、信一が係長を見ると、係長は片目をつぶってみせた。

 わざと、佳奈を誤解させるようなことを言ったらしい。


 佳奈がきらきらと目を輝かせる。


「先輩がわたしの話を!?」


「た、大したことは話していないよ……」


「気になりますね! わたしが可愛いとか、そういう話ですか?」


「そんな話を職場でするわけないよ……」


「職場じゃなかったら、可愛いって言ってくれるんですか?」


 くすくすっと佳奈は笑う。たしかに佳奈は容姿端麗で、かなりの美人だ。ただし、子供っぽいので、美人、というより、美少女といった方が良いかもしれないけれど。


 ほんのすこし前まで、佳奈は女子高校生だったわけで、子供っぽいのは当然だ。


 どう答えようかと信一が迷っていたとき、署内に放送が入り、ジリジリとした非常ベルの音が鳴る。


『警視庁より入電中、警視庁より入電中。管内墨田区南押上駅前ビルで、強盗事件が発声の模様。繰り返します。管内――』


 信一と係長は、顔を見合わせ、そして、慌てて立ち上がった。南押上駅は、押上署の管内、つまり担当エリアの範囲内だった。





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