第四章 事件を解決すれば同居?

第1話 迷惑になりたくないんです

 結局、土曜日の夜も真帆乃の家に泊まってしまった。これではもう同棲しているも同然だ。


 その日は一日中、一緒に家でのんびり過ごしたのも、思ったよりずっと快適だった。風呂上がりに真帆乃がソファで眠り込んでしまって、ベッドに運ぼうとして真帆乃に「わ、わたしのこと襲おうとしてたの!?」と誤解されかけるなんてトラブルもあったけれど……。


 でも、真帆乃と一緒にいるのは、全体として楽しくて、かけがえのない時間だった。

 信一はますます真帆乃との同居に心が傾いていた。

 


(だけど……)


 すっかり仲直りしたとはいえ、まだ二つ問題が残っている。


 真帆乃が部下である信一を部屋に連れ込み、同棲することは真帆乃の出世に響かないかが、気になる。


 そして、梨香子をめぐる過去の事件に、気持ちの上で信一は決着をつけられていない。

 真帆乃はもはや気にしないと言ってくれるだろうけれど、もともと信一と真帆乃が仲違いした原因はそこにある。


 そうであるならば、その問題を解決しないかぎり、真帆乃との同居を心から受け入れることはできない。


 さすがに日曜日の夜は、信一は寮に戻った。そして、翌朝、普通に警察署に出勤する。幸い当直もなかったし、署からの呼び出しもなかったので珍しくゆっくり休めた。

 刑事に休みはない、というのは警察では誰もが知っている。


「おはようございます、先輩♪」


 自分のデスクの椅子に座ると、佳奈が駆け寄ってきてお茶を出してくれた。

 昔と違って、今の警察署では後輩が先輩のお茶を用意するなんてことはしない。


 女性だからといって、そういう仕事をさせるのも性差別だ。だから、佳奈が信一のお茶を用意してくれるのは、佳奈の好意によるものだ。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 佳奈がちょっと頬を赤くして、ふふっと笑う。


「土曜日は楽しかったですね」


「そ、そうだね……」


 信一はきょろきょろと周りを見る。佳奈と一緒に浅草でデート?したと知られれば、署内中の男から嫉妬されるだろう。


 もっとも、週末にデートする約束までしてしまっているので、手遅れだが……。佳奈の性格的にきっと大々的に触れて回るような気がする。


 ところが、佳奈は信一の耳元に唇を近づける。


「心配しないでください。一緒に出かけたなんて、言いふらしたりしませんから」


「えっ……?」


「わたし、先輩の迷惑になりたくないんです」


「迷惑だなんて、そんなことないよ」


「他の男性陣からヤキモチを焼かれちゃうでしょう?」


 さすがというべきか、佳奈は自分が人気で、親しくしている信一が妬まれていると理解しているらしい。

 18歳の美少女が職場にいれば、人気なのは当然といえば当然だった。


「だから、デートのことも秘密にしておきます。今はまだ」


 ふふっと佳奈はいたずらっぽく笑う。もっとも、こうして親しく二人で話しているだけでも、嫉妬の対象になるのだけれど、それでも佳奈の気遣いはありがたい。


 健気な子だな、と信一が思っていると、「わたしって素直で良い子でしょう?」と冗談めかして言うので、信一はくすりと笑った。


 そう。そのとおり。

 佳奈は素直で良い子だ。


 もしかしたら、佳奈は信一のことを好きなのかもしれない。そして、真帆乃の顔が自然と浮かび、信一は動揺する。


(どうして今、真帆乃のことを考えたのだろう……?)


 黙ってしまった信一を、佳奈が上目遣いに見る。


「せんぱい?」


「ああ、ごめん。今日もよろしくね、梓さん」


「はい!」


 佳奈がぱっと顔を輝かせる。この子の顔を曇らせるようなことをしたくないな、と信一は思った。

 週末には佳奈とデートすると約束したし、その約束を破るつもりはない。


 そのとき、署内放送が突然流れだした。


「『警視庁から各局。現金輸送車が強奪され、容疑者は都内東部へ逃走中』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る