道すがら
流石戦時中というべきか、あるいは国内で完結することからかかつてのパラティーノ法王領への外遊とは比べ物にならない意思決定速度で話が纏まった。
慰問中は俺が決裁するべき事項について、各閣僚の過半数の一致があれば決裁できるように時限付きの権限移譲を記した命令書を残し、俺がいなくても回るように手配してから、護衛責任者であるガルベスと打ち合わせを持ち、出発に向けて諸々の準備を進めた。
「大公殿下、公女殿下。道中のご無事を祈念いたします。どうかお気をつけて」
「ありがとう宰相、留守は頼む」
「行って参ります。宰相殿も、どうぞよろしくお願いいたします」
準備に追われた数日間が過ぎ去ると、ついに出発の日が訪れた。大公護衛隊300名に招集された民兵800名を加えた、総勢1100名の行列はメディオルムを朝早くから出発し、西部へと向かっていく。
西へと向かう道中、俺とクレアの間に会話らしい会話は殆どなかった。何もものは言わないのが、彼女が極度の緊張状態にあることを示しているようにも見えた。俺はそんな彼女に何か気の利いたことでも言ってあげられないかと思索を巡らせ、しかし結局何も浮かばなかった。
気まずい沈黙が数時間続き、もうすぐ目的地が見えてくる頃。これまで沈黙していたクレアがこちらを向き、神妙な表情で口を開いた。
「……私が行かせてくださいと言ったのに、こんなことを言ってはいけないかもしれませんが」
「なんだい?」
「その、こんなこと……本当は言いたくないのですが。やはり……不安で」
その言葉に、俺はクレアの方を見る。彼女の体は震えていた。緊張に顔を青くしながら、その膝の上に置かれた手は固く握り締められている。無理もないだろう。彼女が抱える不安は痛いほどわかる。
彼女はどう取り繕ったとしても特権階級の人間であり、何より年齢相応の少女であるのだ。体は16歳とはいえそれなりに場数を積んできた自分とは話が違う。彼女は聡明ゆえに、恐らくは公族である自分の立場が民に必ずしも歓迎されるとは限らないということを理解しているだろう。
「それは当然のことだ。やったこともないことをしようとするときに平然としていられるような人間はむしろ少数派で、特にまだ若い君がそれを気に病むことはない」
「それは、そうかもしれませんが。その経験のなさは、宮殿に閉じ籠っていた私が齎しうる結果ですから……」
修道院へと幾度も自ら赴き、孤児の少年少女と交流するというのは、平均的な王侯貴族の子女という物差しを用いれば十分すぎるほど民と関わっている方だと思うのだが。離宮で延々貴族子弟の悪ガキどもと遊び回ってたかつての俺みたいなどうしようもない幼少期を過ごしている王侯貴族の方が圧倒的に多いのだ。
俯くクレアに対してどう声をかけるべきか、俺は一瞬躊躇した。ここで気休めの言葉を吐いたところで、それが本当に彼女を安らげるかという保証はない。俺は意を決して、一つ小さく息を吸い込む。
「……公女殿下」
「ひゃいっ!?」
若干声色を変えてクレアに話しかけると、彼女は驚いて変な声を口から出した。驚愕の表情を俺に向ける彼女に対して、俺は真剣な目線を向けながら言葉を続ける。
「このような言い方をするのは、俺としても些か不本意ではある。だが――君のためになると信ずるが故に、ハッキリと言おう」
「……!」
「恐れすぎることは、時として良くない結果をもたらす。君は確かに、民の心を動かせる力を持っている。だが、その力は持ち主の自信によるものが大きい。君が自分に対して十分な自負を持ち、自分の力を民のために役立てられると心から確信を持つことが出来なければ、却って民の不安を煽るだけだ。君が気丈に振舞う姿が、民に勇気を与えるのだ」
傍から見ればお前が言うなという話なのだが、俺と違って彼女には確かな才能がある。それを卑下するというのは、とても勿体ない話なのだ。将来的に、彼女が公国を背負って立つ存在になるためにも、彼女には自信を持ってもらわなければならない。俺の言葉を聞き、クレアはしばらく逡巡するような表情を浮かべた後、口をきゅっと結び、そして頷いた。
「……そう、ですよね。苦しんでいる民を慰撫するのに、私が弱気になっているわけにはいきませんね。ありがとうございます、大公殿下。私、頑張ります」
「あぁ。君ならきっとうまくやれる。民を照らす光になれると、俺は確信している」
俺の言葉に、クレアは再び表情を引き締める。先ほどよりも若干明るい表情になった彼女を見て、俺もほっと胸を撫で下ろした。
その間にも、列は一路西へとへと進み続けた。
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