新体制発足
リーグ伯は俺の頼みを聞いたその日のうちにレルテスと会談し、そしてすぐに評議会に諮ってくれたそうだ。評議会では議長のウェディチ伯らが難色を示したものの、俺の意図を察してか彼らが『特定貴族による利権独占の危険性』について示唆すると、多くの貴族が渋々ながら賛成に回ったらしい。
そんなわけで、予算の問題などは残っているものの、何とか大公として初めての大仕事と言ってもいい新たな行政機構の構築という事業は山場を無事に乗り越え、今日は新たに発足する4つの行政府の発足式典である。……ちなみに、当然のように帝国を始めとした各国の外交官――だけでなく他国の貴族なんかも列席してる。
「それではこれより、軍務府・内務府・外務府・農商務府合同発足式典を執り行います。まずはハンス・エリック・フォン・ロレンス=ウェアルス大公殿下より、お言葉を賜りたいと考えております」
式典なので今日も俺は正装である。しかも軍事パレードではないので軍装に逃げることも出来ず、テレノら侍従につかまった俺はきっちり2時間以上の時間をかけて身支度を整えさせられた。帝国のお気軽皇族から一国の君主に転身するにあたって不自由になった点は色々あるが、その中で一番を挙げろと言われると間違いなく俺は服装の自由を推す。
「青空が広がり、神の恵みを感謝すべき良き日に、この国を大きく変えることになるであろう新たな4つの組織が発足したことをうれしく思う。内乱の傷がまだ癒えたとは言えない中、このような……言ってしまえばかなり挑戦的と言われてもおかしくない改革を決断することは、正直に言って少し不安があった。しかし――ここにいる皆の協力もあって、この日を迎えることが出来た。心から感謝を述べたい。初めてのことばかりで、皆には苦労を掛けると思うが――どうか、公国の未来のためだと思って力を貸してほしい。例え百代先まで公国が続いたとしても、君主が頼ることが出来る、そんな行政機構を形作っていたい。そう考えている。私も出来る限りの力を尽くすつもりだが、この国の将来を担うのは皆自身であることを忘れずに職務に当たってほしいと考えている。こうした決意を新たにし、私からの挨拶とする」
俺は噛まないか内心ひやひやしながら事前に用意していた原稿を諳んじ、最後にそう付け加えて締めくくると、壇上から降りる。
「大公殿下、お言葉を賜りましたことにお礼申し上げます。続きまして、各行政府長官の認証を行います。軍務卿コンスタンツォ・ボルジア伯爵、内務卿イザリア・リッツィ子爵、外務卿アルトゥーロ・ライネーリ子爵、農商務卿エルピディオ・バルトリーニ博士。ご登壇ください」
司会に呼ばれ、各行政府のトップとなる面々が、それぞれ壇上に上がる。ボルジア伯は公国南部一帯の商業圏を握る大貴族で、多くの私兵を抱える一方で古くから多くの軍人を輩出してきた武家としても有名な家の当主である。リッツィ子爵は前大公時代にメディオルム市街の都市計画などを担当した経歴を持つ珍しい建築を家業とする貴族であることから内務卿に推挙され、ライネーリ子爵は前大公の外交補佐官であったことからそのまま外務卿となった。
結局、懸案であった農商務卿に関してはチザーレ出身で、著名な経済・農業学者として名が知られていたエルピディオ・バルトリーニ博士を招聘することで決着した。自作農の母と豪商の父の間に生まれ、双方の仕事を経験した後に学問の道に転向し、帝国や諸邦連盟などでも教鞭を執ったことがあるという経歴を持つ人物であり、温和な人柄から慕う人も多いと聞く。
「認証に先立ち、各長官より一言ご挨拶を申し上げます。それでは、右の軍務卿よりお願いします」
「えー、この度軍務卿を拝命しました、ボルジア伯爵家が当主、コンスタンツォ・ボルジアと申します。此度はこのような栄誉ある役職をお任せいただいた幸運に感謝するとともに、国家機能の中核に位置すると言ってもよい軍務を統轄するという職責を強く意識し、大公殿下、そしてこの国の民のご期待に応えるべく全力を尽くしていく所存であります」
「ありがとうございました。続いて内務卿、よろしくお願いいたします」
「このたび内務卿に任ぜられました、リッツィ子爵家のイザリア・リッツィと申します。大公殿下のお言葉にもありましたように、内乱の傷がまだまだ癒えたとは言えない中、よりよく民が生きていけるような国家づくりを担うこの役職を任されたことを光栄に思っております。微力ながら努力する次第であります」
まずは軍務卿と内務卿がそれぞれ簡潔な挨拶をし、次に外務卿が一歩前に出る。
「外務卿に任命されました、ライネーリ子爵家のアルトゥーロ・ライネーリと申します。皆様どうぞお見知りおきを。私は前大公の時代から我が国の外交に携わってきておりましたが、この国は
外務卿の挨拶に、場の空気がほんの僅かピリッとなったのを俺は感じた。彼の挨拶は当然帝国への配慮こそ表面上は出していたものの、『外交の多角化』というワードが出てきたあたり、明らかに帝国に対する牽制の意図が含まれていたからである。確かにそれは俺の本意でもあるが、帝国の外交官がいる場所でそれを言うのはダメなんだよ。
俺――いや、場にいるほぼ全員が心中汗だらだらなのを他所に、ライネーリ子爵は後ろに下がる。最後に挨拶を言うのは農商務卿――バルトリーニ博士だ。
「皆さま、改めまして初めまして。この度農商務卿を拝命いたしました。エルピディオ・バルトリーニと申します。この度は平民という立場でありながら大公殿下から直々にこの大役を賜り、恥ずかしながら非常に緊張しています。しかしながら同時にこれ以上ないほどに光栄でもあります。殿下のご期待に沿えるよう、そして民の生活がよりよく、より安穏としたものになるよう尽力させていただきたく思っています。今後とも、何卒宜しくお願い申し上げます。以上です」
やはり穏やかな人物らしく、博士は非常に落ち着いた様子でそう言い、頭を下げた。俺は小さく感嘆のため息をつく。彼なら上手くやってくれるだろう。
「皆様、ありがとうございました。ではこれより大公殿下より辞令書をお渡しいただきます……」
その後もつつがなく式典は進み、そのまま終わりを迎えた。
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