意外な来客
無事発足式が終わり、ここからはい一度休憩をはさんで各長官や外交使節らとの晩餐会となる。俺は一度宮殿内に設けられた控室に戻り、服装を整えたり色々準備をしていた。
正直な話今すぐにでも帰りたかったが、逃走しようものなら屈強な大公護衛隊の面々に捕縛されてしまうことが容易に想像できたため、大人しく参加することにした。
こういった晩餐会が苦手な理由は大きく分けて3つ。一つは(最近はマシになったとはいえ)貴族を中心とした品定めするような視線が気に入らないから。二つ目は純粋に16歳の体で酒類を摂取するのは純粋にしんどいから。三つ目は
「はぁぁ……出たくないぃぃぃ……」
「殿下……いえ、ハンスさん。お気持ちは分かりますが……私も出ますし……」
傍らには引っ張ってこられたらしいクレアがいる。彼女は一応現在もチザーレ公女兼宮廷長(宮殿などを含めた大公家家中の諸事務を統括する役職)とされているため、それ関連かと思ったが……そう思ってクレアに聞くと、彼女は首を振った。
「いえ、恐らく”華やぎ”のためかと」
「あぁなるほど」
クレアはまぁ控えめに言って超が付く美人だからな……。公位継承者としての彼女に価値はないが――かつてドミトリー伯がそう危惧したように、結婚戦略の駒としての彼女には十二分に価値があると言っていい。
全く、吐き気がするような慣習だが、我が身に無関係なことでもない。スピーチで『百代先まで続く公国を』云々と言ってしまったが、それは要するに大公に世継ぎがいないといけないということ。つまり――俺が誰かしらを
「ま、そんなことを言っている場合ではないですね。行きましょう」
「えぇ」
護衛の兵士を伴い、晩餐会の行われる広間へと向かう。俺たちが入室すると、一斉に広間の中にいる人々の目線がこちらに――というよりクレアへと向けられる。
『あれがチザーレの公女殿下か』
『噂には聞いていたが、なんと美しい』
などと囁く声が耳に届く。まぁこの反応も分からんでもないのだが、流石にもう少し声を抑えてくれと言いたくなる。しかしそれにしても随分な人数が集まってくれたものだ。
ざっと見た限り、評議会議長のウェディチ伯や宰相であるバロンドゥ伯ことレルテス、ラグーナ
「おや、これはハンス親王殿下……いえ、今は大公殿下でしたか。お久しゅうございますな」
「
話しかけてきたのは、帝国時代にロレンス=ウェアルス家の家宰を務めてくれていたジークヴァルト・デニス・フォン・グランデック子爵。ハンスがロレンス=ウェアルス家を出てチザーレに移ってすぐに帝都を出て、どこかしらの大貴族の政務を補佐していると聞いていた。
それはいい、問題は彼の後ろにいる人物だった。金髪碧眼で瘦身長躯、神経質そうな顔立ちをした、美男。しかしその男は俺に視線を向けるや否や、ニヤッとした表情を浮かべたのだ。
その男――いや、青年と目を合わせた瞬間、俺は思わず小さくため息を吐いてしまう。
「なんでこんなところにいるのですか、
「いやぁ、チザーレには見目麗しい姫がおられるという噂を聞いてね」
あっけらかんと言う彼の名前は、クリスハルト・ベネディクト・フォン・ロレンス。帝国南部随一の大貴族であるレゲンスバーグ公爵を務めるロレンス家現当主にして、俺の父方の従兄に当たる人物である。
ちなみにだが、年齢的にはレルテスらの若手貴族とほとんど変わらない。確か帝国で最も若い公爵だったはず。父親が病気がちで、早めに家督を嫡子であるクリスハルトに譲ったとかなんとか。
「いやはや、私は止めたのですがロレンス公がどうしても、と仰るもので……」
「なるほど、卿も従兄上に振り回されて大変だな……」
俺が苦笑いしてそう言うと、クリスハルトは心外そうな顔をする。
「おいおい、まだ若い従弟がやっていけてるかと思って、心配になってきてやったのにその言い方はないだろう」
「従兄上も俺にそんなこと言えるほど年取ってないでしょう……」
さっき言ってることと矛盾してる気もするが。
「あの、こちらの方は……?」
「あぁ、こちらはレゲンスバーグ公爵家のクリスハルト・ベネディクト・フォン・ロレンス公。俺の従兄だ」
疑問符を浮かべた様子のクレアに対し、俺は簡潔に紹介する。紹介されたクリスハルトは、クレアに対して一礼した。
「お初にお目にかかります、公女殿下。ご紹介に預かりました、クリスハルト・ベネディクト・フォン・ロレンスと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ初めまして。クレア・フォルニカと申します。どうぞよろしくお願いします、ロレンス公」
丁寧に自己紹介したクリスハルトに、クレアが笑顔で応えた。
「しかし、噂には聞いていたが実際に目にすると本当に別嬪さんだ。……なぁハンス、大公位変わってくれないか?」
「仮にも帝国の大貴族が、公式の場でそんなことを言わないでください」
冗談とはいえとはいえ、帝国の人間も多くいる場所でその発言は不味い。言われたクレアもクレアで、どういう反応をすればいいのか分からず困り果てている様子だ。
「ま、冗談だよ、半分くらい」
「半分は本気なんですか……」
治めといて言うのはアレかもしれないけどぶっちゃけ統治者としてのうまみはほとんどないに等しいんだよな、今のこの国。政治・軍制・外交全方面で改革が必要だし汚職が蔓延ってる(可能性が高い)場所はあるし農民と商人との対立はマシになったとはいえ存在するしそもそも大国に囲まれてる。
「まぁでもせっかく来たんだ、ゆっくりさせてもらうよ」
「えぇ、楽しんでいってください、従兄上。それと……あまり火遊びはしないでくださいよ。一応ここは帝国ではないので、何かあった時の責任は自分でとってもらわないと」
「言われなくても分かってるよ」
「……」
帝都にいたころから女性遍歴が激しいことで有名だったので念のため釘を刺しておく。案の定というべきか、分かっているのかいないのかよく分からない返答をされた。大丈夫かな……。
そんなことを考えていると、クリスハイトがポンっと手を叩く。
「そうだ。ハンス、少し公女殿下とお話がしたい。大丈夫か?」
「……だそうですが、殿下」
「え、私は大丈夫ですが……」
「わかりました、念のために言っておきますが、変な気は起こさないでくださいよ」
「分かってるさ」
そう言うと、クリスハルトはクレアを連れて俺と別れた。……まぁ流石に何もしないだろうと考えつつ、俺は広間を歩き、この晩餐会の中で最も目立っているであろう人物――農商務卿、バルトリーニ博士の下へと向かった。
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