連盟の野心

「いやぁお若いですな。それでいて摂政も置かず自ら親政をなさっているとか」


 俺は諸国の外交官や貴族からの明らかなゴマすりに対して愛想笑いで答える。貴族という生き物はパーティ会場ではコネづくりをしないと生きていけないらしい。正直、面倒くさい限りだが、これも仕事の内、仕方がない。当たり前だがほとんど年上であり、ちらほらいる貴族の子弟と思われる少年や少女が辛うじて同年代といった具合だ。


「ところで、大公殿下に婚約者はいらっしゃらないのですか?」

「えっ」


 一人の貴族から放たれた言葉に、思わず間抜けな声が出てしまう。考えたくもないが、やはり一国の君主でまだ若くて未婚となると……まぁ男でも結婚戦略の餌食になりそうなものは理解できるが……


「ええと……」

「いや、殿下ももう年頃でしょうから」

「そうですね……」


 どう答えたものかと考える。いないとは言いにくいが、嘘は言えない。そんな俺を見て何を思ったのか、貴族たちが次々に口を開き始める。曰く、殿下ほどの御方であれば引く手数多ですよ! 曰く、お好みの女性はどのようなタイプです?曰く、殿下のお眼鏡に適うような女性がいたら是非とも紹介させていただきますぞ。


 ……いかん、これはまずい流れだ。適当にあしらうにしても、今ここで下手なことを言えば、後々まで尾を引きかねない。困り果てた俺に助け舟が現れた。


「大公殿下、少しよろしいですかな」

「卿は……」

「私はケルンテン辺境伯のヘンリク・シリウス・フォン・ベルンシュタインと申します。以後お見知りおきを、殿下」


 ベルンシュタイン辺境伯家、確か諸邦連盟と公国の国境に領土を持つ大貴族だったはず。公国に最も近い場所に領土を持つ以上、かの家が公国の情勢に関心を持つのは当然といったところか。彼の後ろには深々と帽子をかぶった護衛と思わしき人物も連れ添っている。


 何はともあれ、ナイスタイミングである。そう思った矢先、ベルンシュタイン辺境伯はニヤリと笑って言葉を続ける。あーこれ絶対ろくなこと考えてないわ。この世界で貴族たちと付き合ってきた経験が俺に告げている。


「ここではできぬ話がありましてな。少し庭へ出ませんかな?」

「えぇ……っと」

「なに、大したことではありません。少し内密でお話したいことがあるだけです」

「……分かった」


 結局断りきれず、俺は軽く周りの貴族に断りを入れてから、ベルンシュタイン辺境伯と、そして彼の護衛と共に会場を出た。そのまま庭に出ると、月明かりに照らされた湖が目に入る。庭に出るなり、ベルンシュタイン辺境伯はこちらに向き直った。


「さて、殿下には意中の女性はおられないそうで」

「……」


 助かってなかった件について。この手の話から逃げられないのどうにかしてほしい。ベルンシュタイン辺境伯は俺の沈黙を肯定と受け取ったらしく、言葉を続ける。


「殿下はまだお若い。しかし、大公という立場になったのですから、いずれは妃を迎えなければならぬことは必定であるわけです」

「まぁ、ーそうだな」

「そこで殿下にご提案なのですが……私の娘を娶られてはいかがでしょうか」

「……うん?」


 更に話が妙な方向に飛んでいった気がする。というより、明らかに意図して話を振ってきている。困惑するこちらを他所に、ベルンシュタイン辺境伯はさらに続ける。


「殿下もご存知の通り、我が家は公国との国境を管轄しております。自分で言うのも烏滸がましい話ですが、連盟との繋がりを強めるなら悪い話ではないと思いますぞ」

「ふむ……」


 突飛な話だが、筋は通っている。現在帝国の強い影響下に置かれているこの国において、帝国の影響力を手っ取り早く低減するための方策としてもう一つ、別の選択肢を用意するというのは効果的な手段だ。


 現実世界でもいわゆる大国に挟まれた国家、例えばスイスやタイなどで行われた政策であり、大国Aが不当な要求をしてきた場合は別の大国Bに擦り寄るムーブを見せることでAの行動を修正させ、Bが同じような行動をしてきたときは今度はAに擦り寄ることでBの行動を修正させる……要するによく言えば勢力均衡、悪く言えば風見鶏である。


 あまりにやりすぎるとかつてのポーランドよろしく大国同士が結託して国家が滅亡することもあるので、ご利用は計画的に。


 話を戻して。現在公国は、帝国という1人のプレイヤーによってコントロールされている訳だが、ここに諸邦連盟というもう1人のプレイヤーが加わることで公国の立場は、言ってしまえば哀れな傀儡人形マリオネットから第三のプレイヤーにまで引き上げることが出来る。


 自主外交とは程遠いとはいえ、選択する権利がもらえるだけで大きな前進だと言えよう。ベルンシュタイン辺境伯の申し出は、その一歩を踏み出すきっかけとしては確かに魅力的なものだ。公国の商人の中には諸邦連盟との取引を主体とするものも少なくない。レルテスから聞いた話によると財務卿のリーグ伯も諸邦連盟との取引にシフトしてきているらしいし、諸邦連盟と良好な関係を築くことは決してマイナスにはならないだろう。


 だが――


「卿の提案は興味深いが、残念ながら受けかねる」

「ほう……理由をお伺いしても?」

「まず第一に、諸邦連盟との関係は個人的には欲しい。それは疑いようもないことだが、残念なことに我が国は帝国の保護国である。現状、帝国の意向を無視することは出来ない」

「なるほど」

「貴国と帝国が友好国なのは承知しているが、確か――国境地帯をめぐって少なからぬ争いがあったはずだ。そのような状況下で諸邦連盟が土足で自分の勢力圏に踏み込もうとしていると知ったら、帝国はいい感想を抱かないだろう」


 帝国は今でこそ俺の内政を黙認しているが、外交において帝国の意向に反するような行動を取れば、何らかの形で介入してくるであろうことは想像に難くない。


 そうなれば今までの努力、そしてこれからの努力が全部パーだ。それでは意味がない。諸邦連盟とは良好な関係を築けるに越したことはないが、それが帝国の介入を許す免罪符にしてはならないのだ、


 なんで一国の君主なのにこんな苦悩しながら外交しないといけないのか。いっそ帝国が内戦でもしてくれれば楽なんだが。皇位継承争いがこじれて内乱とか……普通にありえそうだなこのシナリオ。


 ベルンシュタイン辺境伯は少し考え込む素振りを見せた後、口を開いた。


「ふむ……確かに仰ることも一理ありますな。他にも理由が?」

「……まぁ、これは一つ目と比べるとかなり小さいものだがな。そもそも――おr……私は卿のご息女に会ったことがない。卿にはとても失礼なことを言ってしまうかもしれないが――私は見ず知らずの女性をいきなり妻に迎えるような度胸はないよ」


 俺がそう言うと、ベルンシュタイン辺境伯は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、はっはっはと声を立てて笑った。


「……?」


 困惑する俺を横目に、ベルンシュタイン辺境伯は笑いを収めて言葉を続ける。いたずらに成功した子供のような顔をしながら。


「いやこれは失礼いたしました。――リリー、帽子を脱ぎなさい」

「承知しました、父上」


 ベルンシュタイン辺境伯の言葉を聞き、彼の護衛――いや、俺が人物が動いた。その人物は帽子を取り、ゆっくりと顔を上げる。


 現れたのは、まだ少し、あどけなさが残るものの凛とした十分に美少女と言って差し支えのない容貌だった。闇夜によく馴染んでいる藍色の髪と翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳が印象的だ。


「ご紹介が遅れましたな。こちらは私の娘、リリーです。さぁ、ご挨拶を」


 ベルンシュタイン辺境伯がそう促すと、少女はこちらを見据え、スカートをつまんで優雅な所作でお辞儀をした。


「初めまして大公殿下。リリー・シルヴィア・フォン・ベルンシュタインと申します。お会いできて光栄です」

「……えっと、辺境伯。これはどういう?」

「いえ、こういう場で娘を口説こうとする不埒な輩がいましてな。表向きは私の護衛として、顔が見えないように帯同させているのですが……いやはや、すっかりそれが当たり前になっておりましたので、うっかりしておりました」


 はっはっはと笑うベルンシュタイン辺境伯。まぁ言わんとすることは分からんでもない。ナンパされないように男装させるみたいな文化がある国もあったらしいし。


「あぁなるほど……納得した」

「ははは! ご理解いただけて何よりです。して、どうですかな?」

「……私は初対面の女性の評価を本人を前にしてする趣味はないし、度胸もないもんでね。残念ながら辺境伯、この話に関して私は少なくともまだ首を振れそうにない。ただ、個人的には卿とはぜひ仲良くしたいと思っている。それだけは言っておこう」


 俺は肩をすくめながら答える。するとベルンシュタイン辺境伯は頷き、口を開いた。


「そうですか。いや、チザーレの若い君主がどれほどのものかと思いましたが、十分に見るべきところはあるようですね。この件についてはおいおい、もっと時間が取れる時に改めて伺うことにしましょう」

「そうしてもらうとありがたい。まだまだやらなければならないことが山積みなのでな」

「分かりました。では戻りましょうか。あまり長居してもいいことはありませんからな」

「ああ、そうだな」


 俺とベルンシュタイン辺境伯は互いに握手を交わし、その場を離れた。

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