西部視察
新体制発足の式典はつつがなく終了した。俺にとっては初めての本格的な外交の場だったが、なんとか乗り切ることができた。途中クレアがクリスハルトに連行され何やら話をしていたようだが、大したことではないだろう。多分、恐らく、きっと。それに加えてベルンシュタイン辺境伯と――その背後にいるであろう諸邦連盟の野心も垣間見えたし、まぁ収穫の多い一日だったと言えるだろう。……心労が多かった一日とも言えるが。
「ここらはまだ戦闘が少なかったのですが、ここから北に行った地域はひどいありさまで……」
「ふむ。分かった、そっちに向かってくれ」
「承知しました」
俺のそばに控えるのは農商務府の役人である。道中、彼から反乱で農業生産にどれくらいの被害を被り、現在どの程度復興が進んでいるのかを聞いている。ちなみに、今回同行しているのは護衛の兵士なども併せて大体15名ほど。
戦争で荒廃したとは思えないのどかな風景の中を馬車に揺られながら移動するのは、普段は宮殿の執務室か、あるいは会議室かで働き詰めの俺にとっては案外いい気分転換になっていた。それに、大公護衛隊の兵士たちも宮殿にずっと詰めさせておくといつ良からぬことを企みだすか分からないから、こういった形で定期的に連れ回すのもいいかもしれない。
ローマ帝国の近衛軍団と、アフリカの大統領警備隊は、統治者の一番のリスクは統治者の側近にあるということを教えてくれる。
そんなことを考えているうちにも、馬車は進む。前にラグーナに行った後に出した要望が通ったのか、今回の馬車はちゃんとサスペンションがついてて快適な乗り心地だった。しばらく進んだところで、風景が少し変わり始める。やがて見えてきたのは、やせた大地だった。
「これは……」
「農地だった場所で戦闘が行われた結果、豊かだった土壌が剝がれ、さらに内乱直後にこの地域を豪雨が襲ったことでやせた土地になってしまったようです」
役人の説明を聞きながら、俺は目を細めて周囲を観察する。確かに見渡す限り荒れ果てた土地が広がっている。かつて農民たちがせっせと耕していた肥沃な土の面影はない。政治的に内乱で負った傷がいえたとしても、国土が元の状態に戻るには長い年月がかかるだろう。
しかし、そんな大地だとしても――そこには人が住まうのだ。俺は小さくため息をつき、再び前を見た。
「ここから少し進めばこの辺りで一番大きな村があります」
「分かった。そこに向かってくれ」
――――――――――
ここは内乱前は保守派の男爵の領地であった、内乱の被害が大きかった公国西北部の地域では一番大きな村。内乱後の大公による勅令で自作農として
「村長、ダメです。南の農地はまだ土壌が……」
「……そうか」
「税金が軽くなっても、これじゃあ食っていけませんよ。新しいお上は何を考えてるんでしょうねぇ」
村の若者からそう言われ、村長は眉間に深いしわを刻む。目の前に広がるのは、今にも枯れそうな痩せこけた畑だった。新大公就任から間もなく、チザーレ公国では大規模な減税が実施された。
特に戦災を受けた西部地域に関しては、ほとんど免税と言って差し支えないほどの税の減免があった。さらに、内乱で反乱軍に加担した農民兵も、自主的に投降したものは武装解除の上しばらく拘留されたのちに釈放され、故郷に帰ってくることができた。この村でも、血気に逸って反乱に加わった若い農民たちがどうなるか心配していたのだが、幸いなことに戦死したもの以外全員が帰ってきた。
とはいえ、彼らの生活は決して楽ではなかった。これまでより税はマシになったとはいえ、そもそも耕す農地が消えてしまったため、農作物の生産量が激減したからだ。その上、新しく開墾できるような土地はもう残っていない。それはこの村だけではなく、内乱の被害を多く受けた地域ではどこも同じ状況にあった。
さらに、これまで貴族の領地として彼らが決めた作物の納入システムなどに従っていたため、いきなりそれを壊された上で『今からここは君たち自身の土地だから、作物の納入とかいろいろ自分で全部こなしてね』と言われ、困惑するしかなかった農民も多かった。
村長をはじめとした村の有力者が見よう見まねで新たなシステムの構築を図ってはいるが、ノウハウがないからどうすればいいのかもわからない。そういった状況であった。
大公率いる改革派政権は、前大公のスタンスを継承しつつ、商人偏重を是正し、農民と商人の地位向上を目指している。しかし、実情はそう甘くはなかった。
「なんとか近隣の村々と連携して、自給体制だけは維持したいものだが……」
「そうですね。もうすぐ雨季になりますし、このままだと……」
今は5月。チザーレは大陸の南部に位置しており、温暖な気候で知られる。さらに南に突き出したヴィターリ半島の付け根にあり、北には山脈、南には海を擁する関係で6月から8月にかけては雨が多く降る雨季がやってくる。それまでになんとかしなければ、冬を越せずに飢え死にする村人が出るかもしれない。
村長らがどうしたものかと悩んでいると、彼らがいる広場に1人の村人が切羽詰まった様子で駆け込んできた。
「村長、大変だ!」
「なんだ、またお役人が来たのか?税徴収の時期はもう少し先だが……」
「違う違う!お役人なんてものじゃない」
「なら何だってんだ?」
「殿下が……」
「殿下?」
その単語に村長は眉をひそめる。すると、村人は興奮を隠せない様子で来訪者の名前を告げるのだった。
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