公女殿下と公爵閣下
「無茶を言ってすまなかったね。いや、楽にしてくれ」
ハンスが各国の外交官を出迎えている頃、クレアはハンスの従兄と名乗る青年・ロレンス公と歓談をしていた。彼の親族、それも10歳上と言うことで、最初は若干委縮気味になっていたものの、その穏やかな性格と話しやすい雰囲気に徐々に慣れ始めていた。
「愚従弟が常々迷惑をかけて申し訳ないね。いや、帝国にいたときはこれといって出来の良いわけでもない、普通のお坊ちゃんって感じだったのだが、話を聞く限り別人になったようだ。やはりいい女性に会うと、男はいいところを魅せようと努力するものなんだねぇ」
「いえ、そんなことは……」
しかし、彼がおくびもせずにこちらが顔から火が出るかと思うようなセリフを時折口にするのには一向に慣れない。
「まぁ、つまらない話はここまでにして、本題に入ろうか」
「はぁ……」
正直訳も分からないまま呼び出されてしまったクレアは、正直困惑していた。帝国の高級貴族で、ハンスの親族であるということから、てっきり彼女を口説きに来たのかと思っていたが、ロレンス公の真剣な顔を見る限り、どうやらそういった話ではないらしいが……
「単刀直入に聞こう。君は――ハンスをどう思っている?」
「……え?」
ロレンス公から発せられた言葉に、思わず聞き返してしまう。ハンスのことをどう思ってるか……それはどういう意味で聞かれているのだろうか?
「その……すみません公爵閣下、それが一体どのような意味で聞かれた質問なのかわからなくてですね……できればもう少し具体的にお願いできますでしょうか」
「ああ、すまないね」
慌てて言うと、彼は苦笑して謝罪してきた。
「あぁいや、別に僕は他人がどういう人間関係を持っていようがあまり興味がないんだ。僕が聞きたいのは、公人としてのあいつの評価だ。生憎僕は帝国時代のことしか知らなくてね。僕も含めて帝国の人間はみんな彼の変貌ぶりに驚いているんだ。だから君の意見が聞いてみたい」
「そうですか……」
クレアはふむと顎に手を当てる。とはいえ、彼女は内乱が終わる直前まで半ば幽閉されており、ほとんど外界の情報に触れていなかった身。ハンスの人柄について語れと言われても、知っている情報はそう多くはない。
「そう、ですね。私は逆に帝国時代のハンスさ……大公殿下を存じ上げませんが、とても私と同じ年とは言えないほど精力的で、思慮深く、それでいて聡明な方だとお見受けしています。……ですが」
クレアはそこでいったん言葉を切り、思考する。確かに彼は聡い。父の影響で――男性至上主義が蔓延る時代としては異質と言える恵 まれた環境に置かれ――よく本を読み、学ぶことが好きだった彼女から見ても、彼の知識量は常軌を逸していたように思う。
だが、それと同時に――
「私がこんなことを言う資格はないのかもしれませんが――殿下は少し、性急すぎるというか……己が信ずる道を真っすぐ見つめすぎるような、そして自分の身を顧みなさすぎるような、そんな感じがします」
クレアは言う。彼は、内乱を鎮圧するために、自ら囮になって保守派を引き寄せるという荒業にも出た。国を想っての行動だろうし、それは称賛されるべきなのだろうが……あくまでも国家を背負って立つ存在である彼が、そのような危険な道を歩くことはないのではないか、と思ってしまうのだ。そんな気持ちを込めたクレアの言葉を聞いて、ロレンス公が驚いた様子を見せる。
「……これは驚いたな。僕もちょうど、全く同じことを考えていたところだ。確か……バロンドゥ伯爵だったかな?彼に頼んで少しこの国で行われている施策を見せてもらったが、確かに民を落ち着けるための施策が多いことは分かるし、この国の特質である農民と商人の対立を緩和しようとしていることはよく読み取れた。我々も参考にするべき態度だろう。しかし……些か、理想主義に過ぎる」
「はい、宰相閣下もそれは仰られていました。殿下はまだ若い、と」
「そう、若い。このまま大成すれば大した名君になるかもしれないが……しかしあのやり方ではいずれ足元を掬われることになるだろうと、僕は考えている」
「……はい」
「そこで、だ。僕としては、彼を止める、というと少しおかしな表現になるが……まぁなんだ、その、独走を防ぐ人間が周りに必要だと思っていてね」
そういうとロレンス公はチラッとこちらを見る。ロレンス公の言いたいことがなんとなく分かってきた。要するに、ハンスに出来るだけ近く、なおかつ彼の暴走を諫められるだけの権力を持つ人物が必要なのであろう。つまり、その役を自分に任せたいということだ。
尤も――今のクレアに大した政治的な権力もへったくれもないのだが。それは彼女自身が望まなかったからでもあり、そして自分の意志ではなかったとはいえ保守派の神輿として担ぎ上げられていたことを警戒した改革派の諸貴族の意向が挟まったからでもある。
「失礼ながら、それは……私に彼を諌めろということでしょうか?」
「諫めろ、とまではいかないけどね。君は多分、ハンスと同じくらい聡い。政治的な話はあまり好きではないかもしれないけど、彼の傍で彼の足りないところを補ってくれると、僕としては嬉しい」
ロレンス公が微笑を浮かべてこちらを見てくる。彼はどうやら冗談や揶揄ではなく本気で言っているらしい。
「……分かりました。公爵閣下のご期待に沿えるかはわかりませんが、努力いたします」
「感謝する。愚従弟が迷惑をかけることも多いかもしれないが、よろしく頼むよ。……あまり長くしゃべっていると、よからぬ疑いをかけられるから、そろそろ行くことにしよう。わざわざ来てもらって済まなかったね」
ロレンス公が立ち上り、扉の方へ向かう。クレアもそれに追従する形で立ち上がり、会場へと戻った。
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