布石
「今日はどうもありがとう」
「いえいえ、こちらこそ殿下とお話させていただき、とても有意義な時間でしたよ。では、今日はこれで」
「ああ。よろしく頼むよ」
「……了解しました。ではまた会う日まで」
「次はこちらから赴こうと思うよ。……いつになるかは分からないが」
会計を済ませて店を出てから、レルテスと別れる。外ではテレノが待っていた。
「……お待ちしておりました、殿下。兄さまとはどのようなお話を」
「半分くらいは世間話だ」
「残り半分は?」
「君と子爵を仲直りさせる方法をね」
冗談めかして俺がそう言うと、テレノが信じられないという顔でこちらを見てきた。
「……本気ですか?」
「冗談さ。でも君が子爵と仲直り――というよりも普通に会話できるくらいには仲良くなってもらわないといけないからね」
「……?」
「こうしてコッソリ抜け出さないと街にもおちおち行けないような俺には情報提供者が必要でね。子爵にその役回りをしてもらうことになったわけ」
「で、そのパイプ役が私というわけですか」
そういうこと、と俺は指を鳴らす。
「というか、何でそんなに仲が悪いんだ。俺も
「……殿下には関係のない話です」
「お、おい待ってくれ」
俺が聞くと、テレノは顔を逸らし、歩く速度を速めた。小走りといってもいい速度に、俺は慌てて追いかけるしかなかった。
――――――――――
「……殿下、このような行為は内乱下にあるような現状を鑑みてお控えいただきたい」
「すまなかった」
テレノと共に宮殿に戻ると、そこには鬼のような形相をしたドミトリー伯ら貴族たちが待ち構えていた。当然こっぴどく叱られ、再発防止という名目で執務室の扉の前には衛兵が2人つくようになってしまった。
「……まぁこうなるわな」
「殿下はこれを予想して兄様に情報提供を持ち掛けた……というわけですか」
「ま、それもあるが……」
万一にも扉の外にいる衛兵に聞こえないように、テレノを手招きし小さな声で告げる。
「宰相閣下を、少し泳がせようと思ってな」
「泳がせるとは一体……」
「文字通りの意味さ。俺が子爵と会っていたことを何らかの方法で知れば、ついでに言えばもし子爵が言っていたように彼が俺の大公就任に反対していたのならば対抗策を打ってくるはず」
「……つまり殿下は、兄様と結託して宰相閣下と政治闘争を行うと、そう言いたいのですか?」
「
テレノの至極真っ当な疑問に、俺は留保をつけて返した。もちろん俺だって内乱の最中に政治闘争を行いたくはない。しかし、国家運営を皇帝陛下から仰せつかった以上――というよりも俺の出自を考えた際に反帝国派はどちらにせよいずれ排除しないといけないのは明白。
鉄は熱いうちに打て、とはよく言ったものである。なるべく早く不安因子を排除しておくのは間違った行動ではないはず。
「……まぁ、挙国一致が出来ればそれが一番なんだが」
「何か言いましたか?」
「いや何も」
コンコン
『大公殿下、シルパス大尉殿が面会したいと所望しておられております』
「通してくれ」
『はっ。かしこまりました』
そんな話をしていると、前線視察から帰ってきたらしいガルベスが部屋に入ってきた。
「殿下、ご無沙汰しておりました。……そちらのお嬢さんとの仲は深まりましたかな?」
「大尉はもう少しユーモアというものを磨いた方が良さそうだと言っておこう。君の向こう数年の職場は戦場だけではないだろうからな」
「おっと、それは忠告痛み入ります」
「……まぁそんな話は置いておいて、成果をまずは聞かせてもらおうじゃないか」
変わらずワンパターンな煽りを入れてから、ガルベスは軍帽を脱ぎ来客用の椅子に収まった。俺はテレノにいったん席を外してくれと頼み、彼女が退出した後に、話を始めた。
「そうですね……まず、殿下に持っていくようにと言われた伝言の内容からお話ししましょうか」
「伝言?誰から渡されたんだ」
「渡されたのは現地の公国軍指揮官ですが、差出人は――恐らく反乱軍の指導者かと」
「……ほう?」
俺はガルベスからその書物を受け取り、
『公国政府各位に申し上げる。我々"愛国的"義勇軍は憂国の情を以てこの度決起した。我々を攻撃する公国軍に対し直ちに戦闘行動の中止を命令し、以下の要求を受諾した後に政府機能を我々義勇軍に移管せよ。
・新大公として派遣されたハンス・エリック・フォン・ロレンス=ウェアルス親王は大公として不適格である。直ちに帝国に送還せよ
・親帝国的態度を改めよ。我が国は独立国であり帝国は友好国に過ぎない
・前大公時代に大きな損害を被った農民に対する補償を行い、これまでの都市偏重政策を改めること
・沿海特区は廃止せよ。その資金を農村部の発展に回すこと
・貴族評議会は前大公の諮問機関と化していた。これを解体し、大公の権限を抑制するための健全な機関を新たに設立せよ
・バロンドゥ子爵ら『改革派』を称する評議会を牛耳る諸貴族は帝国に媚びへつらう売国奴である。彼らを逮捕せよ
・公国政府はクレア公女を軟禁状態から解放し、新大公に就任させよ
公国政府関係者の賢明な判断を願う 義勇軍総司令部』
その書を見た俺は、しばらくの間呆気に取られて口が開かなかった。どこからどう見てもクレア公女を大公にしようとしていた派閥――要するにドミトリー伯以下の貴族たちが歓迎しそうな内容しか書かれていない。
つまり――答え合わせをするまでもなくあっちから答えが提示されてきたのだ。
「……反乱軍は阿呆なのか?」
「と、言いますと?」
「いや、大尉がいない間に色々あってな。といっても、大半は今日の出来事なんだが」
そうして俺は大尉に、ドミトリー伯の筆跡で書かれたらしき謎のメモや大公就任の際に派閥闘争が起きたことなどを話した。
「……その、子爵殿の推理が裏付けられた形になりますな。しかし……ここまであからさまにボロを出すでしょうか?私は彼と出会ったことがないので何とも言えませんが、逆に彼らが反乱軍とつながっており、宰相閣下らを陥れるために仕組んだ工作の可能性もあります」
「それもそうなんだが、彼らにはそれをするメリットがない――つまり、動機がないんだ」
「それは確かにそうです。で……殿下はこれを見てどうするおつもりですか」
「決まっているだろう。宰相閣下に見せる」
俺は即答した。泳がせる、というレベルの話ではなくなるが、反応を見るにはいい試薬になるだろうことは想像に
「あくまでも殿下は、宰相閣下を疑うわけですね?」
「ま、そういうわけだな。もし彼が反帝国派なら、どちらにせよ帝国から来ている俺たちにとっては厄介極まりない存在なのは間違いないわけだ」
「それはまぁ、そうですね」
「だろ?それと、"頼み事"についての報告をもらいたい」
俺は話題を切り替え、ガルベスに対して出立前に頼んでいたことを聞いた。
「双方ちゃんとやってきましたよ。まず公国軍の将兵に対して、あまり敵を殺し過ぎるなとの通達ですが、『出来るだけのことはやってみる』との回答をいただきましたよ」
「そうか、それは結構」
「しかし殿下、何故
ガルベスが疑問を俺にぶつけてくる。そう、俺が指示した2つの頼み事の一つは反乱軍を殺し過ぎない。要は小康状態を維持することだった。
「……大尉は反乱鎮圧の経験はあるか?」
「小官ですか?……いえ、小官の軍歴はほとんど外国への出征ですな」
「……外敵との戦争なら、それでよいだろうな。しかし此度の戦争の相手は元領民なわけだ」
「そうですね」
「つまり、戦争が終わったとしても彼らと付き合わねばならないわけだ。まさか反乱地域の住民全てを追い出すわけにもいくまい」
俺がそう言うと、ガルベスははっとしたように手を叩いた。
「なるほど。出来れば穏便に済ませることで、内乱鎮圧後の統治をやりやすくするというわけですね」
「理解が早くて助かる。もう一個の方は?」
「それは今からご案内しようと考えていたところです」
「では今すぐ向かおう」
俺とガルベスはテレノと合流した後に衛兵たちに断りを入れ、ついでにドミトリー伯に例の手紙を渡してから、目的の場所に向かった。
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