交渉、そして譲歩

「宰相閣下、ご機嫌麗しゅう」

「大公殿下、不用意な外出は……」

「閣下、お久しぶりです。一つ、お届け物をさせていただこうかと思いまして」


 執務室から出た俺を咎めようとしたドミトリー伯は、後ろから現れたガルベスに気圧されたように押し黙ってしまった。そんなことを気にも留めず、ガルベスは例の手紙を彼へと手渡す。


「これは?」

「最前線からお持ちした閣下への贈り物でございます。では小官は大公殿下を案内させていただきますので、これで」

「ま、待っ――」


 ドミトリー伯は俺たちを止めようとしたが、手紙の内容を見た途端に顔を青ざめ、それどころではない様子になっていた。それを尻目に、俺たちはそそくさと宮殿を出た。


――――――――――


「……なんとも気味が悪い建物だな」

「まぁ、監獄なんてそんなものでしょう。特にとくれば、怨念も相当でしょうし」

「ここは元々大公家の支族の居城でしたが、今では使用されておらず、監獄として再利用したそうです」


 俺、ガルベス、テレノの3人にガルベスが前線から連れ帰った数名の帝国兵を併せた一行は宮殿から徒歩数分ほどの場所に位置する政治犯収容所――『メディオルム離宮監獄』に来ていた。


 使われなくなった宮殿を収容所に改修するというのは前世でも聞いた話ロンドン塔だが……こちらはろくに手入れがされてないらしく、全体的におどろおどろしい雰囲気を放っていた。


「ご苦労様です、大尉殿」

「うん、お疲れ様。先ほど連れてきた捕虜は?」

「特別房に収監しております。今からご案内します」


 警備隊員の案内で俺たちは監獄の中を進んだ。相変わらず薄気味が悪い風景が広がる建物の中を歩くこと数分、目的の場所に辿り着いた。


「こちらです。……しかし殿下、本気ですか?」

「あぁ、至って本気だとも」

「分かりました、それでは扉を開けます」


 警備隊員が扉を開けると、目の前にいくつかのおりとそこに収監されたであろう囚人の姿が見えた。


「すまないが、君たちも席を外してくれないか」

「はっ、了解しました。すぐに駆け付けれるように待機しておきます」

「うん、ありがとう。さて……」


 警備隊員に続いて護衛の帝国兵も退出し、この場には俺たち3人と囚人だけになった。


「初めまして農民諸君」

「あ、あんたは誰だ!!」

「口の利き方を弁えろ、囚人。この方は大公殿下であらせられるぞ」


 ガルベスが凄むように言うと、囚人は驚きの顔を一瞬見せた後に、すぐに怪訝そうな表情を見せた。


「……帝国から来たボンボン風情が、俺たちに何の用だ。庶民の無様な面でも見て、気晴らしってか?」

「まさか、俺もそんな趣味の悪いことは考えない。今日は、取引をしようと思ってね」

「は?」

「殿下!?」


 俺がそう言うと、囚人だけではなく後ろに控えていたガルベスも素っ頓狂な声を出した。そういえば何をしに行くかまでは伝えてなかったなと考えつつ、呆気に取られる囚人に対し話を続けた。


「そこまで驚くことか?俺は統治者として領民の意見を聞くという当たり前の職務を行おうとしているだけだ。その一環として、取引をしたいと考えている」

「……あんた頭イカれてるんじゃねぇのか?ガキのくせに大公なんて重責負うから――」

「至って正気だ」


 この台詞今日だけで何回言うのだろうか……と思いながら俺は真顔で反駁はんばくした。


「先に言っておくと君たちに不利な取引じゃない。前大公は軍を使って土地を奪い取ったりかなり無茶なことをやったらしいが……俺は力づくで何かをするのはあまり好きじゃないタチでね」

「……」

「無言は肯定ととってもいいのかい?」


 そう言うと、囚人は頷いた。


「よし、じゃあまずは君の話を聞かせてくれ。君の名前、誰に言われて反乱に参加したのか、そして――

「…名前はヘーレ。土地は持っていない、所謂水飲みってやつだ。俺の雇用主は『男爵殿のご命令だ』、としか言ってなかった」

「なるほど……分かった。じゃあ、取引の条件を伝えよう。まずこちらから提示する君にやってほしいことは一つだけだ。今から言う言伝ことづてを反乱軍――というよりも君と同じ立場であろう反乱に参加している農民たちに伝えること」

「……それだけか?」

「あぁ、それだけさ。何てことはないだろう?その見返り――これが伝えてもらう内容だが――は、反乱軍から離脱し公国軍に協力した農民兵に対する反乱終息時の一定以上の面積の土地の授与と、向こう2年間の税率の減免だ」


 俺が淡々と条件を告げると、全員が絶句するのが雰囲気で分かった。


「……何度も聞くが、あんた正気か?」

「何度も言っているが、いかにも正気だ。どうだい、条件を呑んでくれる気になったか?」

「信じられねぇ……どうせ嘘をついて、約束を反故にする算段だろ!」

「何を言っているんだ。免税はともかく、土地の授与についてはもう当てはある」

「はぁ?」

「殿下、僭越せんえつながら小官もそれは無茶な提案だと……」


 囚人、いやヘーレだけではなくガルベスも俺の提案には無理があると忠告してきた。


「反乱が終わった後に、反乱に参加した貴族――いや領主連中を吊ってしまえば土地が空くだろう?」

「はぁ……?」

「なっ……本気ですか?」

「そうだ。俺は反乱に参加した貴族どもの土地を奪って、君たちに分け与えると言っているわけだよ。――もちろん、そっくりそのまま、とはいかないだろうが」

「……その言葉、信用していいんだな?」


 俺の言葉を聞いたヘーレが、口を開いた。俺は全力で頷く。


「あぁ、信用してくれて構わないよ」

「分かった。その取引を受けよう。ただし、もしあんたが約束を反故にしたら、その時は俺たちが自分たちで立ち上がるだろう」

「元よりそれは織り込み済みさ。勿論、君が反乱軍に戻る際には、処刑されたりしないように、このシルパス大尉が全力で偽装してくれるだろう。頼んだよ?」

「……殿下がそうおっしゃるなら」

「そういうわけだ。遠くないうちに君は護送される。そのつもりで」


 俺はそういうと、2人を連れて特別房を出た。


――――――――――


「……殿下、私から質問申し上げてもいいでしょうか」

「構わん」


 宮殿へと戻る途中、テレノが聞いてきた。


「土地の分配に関してはともかく、免税の財源は如何なさるのでしょうか……?」

「……執務中に少し、公国の財政についての書を読んでな。そこであることに気付いたんだ」

「あること?」

 

 テレノが首を傾げる。


「商業に対する出費がかなり多額なのは勿論なんだが……大公家その者に対する予算も1割以上と明らかに多かったんだ」

「……こうなる前の大公家はかなりの人数がおられましたし、その使用人やその他の費用もかかってましたからね」

「そう。で、こう言ってはなんだがーー国家予算を圧迫していた大公家はもうクレア公女しか残っていない。俺が加わったとはいえ、この費用を削ることができることは大きい」

「つまり……殿下はその大公家の予算を削った分を税率の減免で空いた分に充てがうつもりだと?」


 ガルベスが横から口を出してくる。俺はそれに頷いた。


「半分当たり、といったことかな。ただ、この国が商業を重視して商人が増えているとはいえ、それでも国民の大半は農民だ。不公平がないように免税を行うとなれば、それだけではまだ埋めきれない」

「ではどうするのですか?」

「ここからはまだ秘密だ。反乱が終わった後に、貴族連中とり合わせしないといけない可能性もあるからな」

「はぁ……」

「ま、期待しといてくれ」


 テレノとガルベスは怪訝そうな目をなお俺に向けていたが、俺はそれを介さず歩みを進めた。

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