謀議
ハンスたちが監獄にいるころ、ヘレナスは自室で苦悩していた。ハンスの付き人だというあの大尉から渡された手紙は、正しく反乱軍の指揮を任せたメニアレーゴ領主であるバルンカ男爵の筆跡で書かれていた。
このままでは、ハンスやその部下が、反乱軍と結託しているのが自分であると気づくかもしれない。その懸念は、ハンスが無断で外出し、
公国の跡取りを決める議論の際にヘレナスらを
「……」
「閣下、いかがなさいましたか」
「いや、何でもない」
傍らに控えるのは護衛隊長のコルテド少佐。彼も騎士の位を持っており、爵位持ちではないものの保守派貴族の一角としてヘレナスを支えてきた忠犬というべき人物だ。
コンコン!
「誰だ」
『ドルンテ子爵やフムーリ男爵、貴族の皆様がお越しです』
「通してくれ」
そう言うと、扉が開き数名の貴族が入室してきた。入ってきた顔ぶれは、いずれも保守派として知られる貴族――つまり、宰相派の人物だった。
「宰相閣下、ご機嫌麗しゅう」
「うむ。……どうした?」
「閣下もお察しのことと考えますが……
彼らの中で最も家格が高いドルンテ子爵が口火を切る。正直予想はしていた話だったので、ヘレナスはそこまで驚くこともなく
「……正直、甘く見ていたと言わざるを得ない」
「と、言いますと?」
「帝国から来た右も左も分からぬボンボンなど、すぐに黙らせれると思っていた。しかし実際はどうだ。黙らせるどころか、彼は改革派と自分から接触し、しかも反乱鎮圧のために積極的に動こうとしている」
ヘレナスの言葉に、一同は重い空気に包まれた。あくまでもバロンドゥ子爵ら改革派に評議会で敗れたのは相手のホームで戦ったから、反乱をうまくコントロールすれば保守派が実権を奪う可能性はまだまだある――これが保守派の貴族たちの共通認識だった。
しかし、新大公として赴任してきたハンス親王はただのボンボン皇子ではなかった。それどころか前大公の方針を継承するような素振りを見せ、更に積極的に動く構えを見せている。
「閣下……これは、
「実力行使?」
「そうです。このまま何かが変わるのを待っていたとしても、ジリジリと我々が不利になるだけです。最悪、反乱が鎮圧されてしまえば我々の目論見は全て水泡に帰すことになってしまうでしょう。それならば、公国軍が出払っており、軍事的な優勢が確保できる可能性があるうちに、実力で実権を奪い取ってしまうのです」
「……つまり、男爵は大公に対してクーデターを起こそうと申しているわけか」
ヘレナスがそう言うと、フムーリ男爵は頷く。
「
「しかし、そんなことをすれば帝国が黙っていないぞ!帝国軍に進攻されれば我々の私兵など蟷螂之斧もいいところだ」
「いえ、それに関しては心配に及びません。帝国は現在戦争中であり、我々との国境に位置する南部軍管区の部隊は殆ど国境から出払っています。また、帝国は公国に国境警備を委任しているため国境警備隊もほとんどいません。もちろんクーデターの報が届けば動員を掛けるでしょうが――帝国側の準備が整う前に大公を捕獲することが出来れば、人質を取られた帝国は
「なるほど……」
フムーリ男爵の自信を持った物言いに、感嘆の声が漏れる。
「少佐、どう思う?」
「懸念があるとすれば……評議会軍のことでしょうか。皆様ご存じのことかと思いますが、皆様と同様に評議会を牛耳るバロンドゥ子爵以下の貴族も私兵を持っており、彼らはそれを半ば公然と組織化して一種の軍組織を持っています。評議会はここからやや離れた場所に設置されており、評議会軍もそこに駐屯しているとはいえ――もし私兵を以てメディオルムを掌握するつもりなら、無視できない存在でしょう」
「なるほど……連中をどうにかする手立てを考えないとな……」
コルテドの意見に、ヘレナスは考え込む。
「分かった。その方針で行こう。大公を速やかに捕らえ、帝国の介入が来る前に実権を握り交渉する。決行は出来るだけ早い方がいい、少佐」
「はっ」
「我々の私兵と宰相護衛隊だけで首都を占拠すると仮定した際の作戦を立ててくれ。我々は交渉するための詳細を詰める」
「承知しました。大公に悟られぬよう動きます」
「うむ。それではそういうつもりでいてくれ。くれぐれも全員大公に動きを悟られることがないよう」
「「了解」」
こうして宰相執務室で行われた謀議は、一応の終着を見た。
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