評議会へ

 議会というものは、君主にとっては往々にして面倒臭いものである。それが平民によって結成されたものならいざ知らず、貴族たちによって結成されたものですら、君主の権能を制限し自分たちの裁量の幅を広めようとするものである。


 故に、主に西洋において議会勢力というのは反体制派の巣窟となるものであり、議会勢力に与した貴族によって王権が打倒された例なんてものは枚挙にいとまがない――とは言わないまでも、珍しくもなかった。


 しかし――ここチザーレにおいて、その前提は覆されるようだ。


「お待ちしておりました殿下、ようこそチザーレ貴族評議会へ。我々は殿下を全面的に支持いたしますよ」

「久し振りだな子爵。妹さんとはよろしくやっているかい?」

「それは殿下が一番よく分かっているんじゃないでしょうか」

「ふっ」


 収容所での一件があってから2週間後、俺はレルテスが牛耳っているという評議会を訪れていた。評議会はチザーレの中心地たるメディオルムには位置していない。そこから少し離れた郊外の街、ベラーニに存在している。


 曰く、前大公が保守派が強かったメディオルム――というよりベルンカ宮殿の近くから移転することで権力基盤の保持を図ったからだそうだ。結局メディオルムは前大公の商業重視政策で改革派の基盤となり、宮廷内でも改革派の勢力が伸長し始めたことから再移転も検討されたらしいが……実行される前に例の事件が起きて全てが白紙に、ということらしい。


「どうぞ中へ。案内差し上げましょう」

「分かった。お願いしよう」


 久しぶりの外出――というよりも、ここに来てからである初めて首都以外への外出である。


「しかし、よく宰相閣下が許可しましたね。殿下を僕たちとこれ以上接触させることは、どう考えても彼らが嫌いそうなものですが」

「さぁなんでだろうな?」

「またお忍びですか」

「流石に二度目はやらん」


 実際にはゴリ押し――というよりもガルベスを使って出てきたのだが。ガタイが良くて凄みがある軍人というのは戦場ではなくむしろ平和な宮廷で輝くのかもしれない。


「そういえば、俺があの店で言ったこと、検討してくれたか?」

「あぁ、一応持って帰って話し合いましたよ」


――――――――――


 あの日、宰相たちについて話し合った後、俺は聞きたかったことをレルテスに聞いた。


「そういえば、聞こうと思っていたのだが評議会というのは?」

「あぁ、チザーレこの国の貴族の代表者が集まって殿下の執政をお支えする機関ですよ。元は数代前の大公の専制政治に不満を募らせた貴族が大公の権力を抑え込むために作らせたそうですが、そういう背景もあってか保守派の権力が弱いんですよ」

「あぁ……だから評議会は前大公の権力基盤だったのか」

「そういうことです。ついでに言っておくと、我々評議会は殿下を支持しておりますよ。いくら独立国とはいえ、軍事力が弱小な我が国が生き残るためには帝国の庇護が必要ですから」


 レルテス曰く、評議会というのは一般的な議会とは少し違い、言ってしまえば元老院に近い組織だそうだ。


「つまり、言ってしまえば貴族たちだけの利益を図る機関というわけか」

「え?……あぁ、まぁそうなってしまいますね。それがどうかしましたか」

「いや、反乱鎮圧にこれが使えないかと思ってな」

「はて?反乱は軍が鎮圧している最中ですが……」


 俺の言葉に、レルテスは首をかしげる。


「反乱は何も軍事力ハードパワーでだけ鎮圧するものではない。例えば農民兵たちが前大公の商業偏向政策に対する不満を爆発させて反乱に加わったんだとしたら、逆に農業をある程度は重視する政策を取ることを約束すれば勝手に武器を置いてくれる可能性は排除できない」

「……なるほど。しかし、それと評議会の関係が中々見えてきませんが」

「今は貴族に独占されている国政への参画を、農民にも開放すると発表したらどうだろうか?」


 その言葉を聞き、レルテスは本気で呆れたような顔をする。彼はいちいち表情豊かでなかなか面白い人間の様だ。


「正気ですか殿下?文字すら読めない彼らを国政に参画させると?」

「至って正気だ。これは何に関しても言えることだが――机上だけでは分からないことが多い。実情、つまり最前線で農業を行う彼らにしか分からないことは必ずあるだろう」

「それは分かりますが、そんなことをすれば保守派どころか改革派の貴族からも反感を買うことは必至ですよ」

「反乱軍が勝って首が吊られるよりかはマシな結末だろう」

「しかし……」


 俺が言うと、レルテスは二の句が継げないといった様子で口をつぐんでしまった。


「……流石に急進的過ぎるか」

「間違いなく今の段階でそんなことを言えば、反乱軍が首都に来る前に殿下は暗殺されるでしょうね。……しかし、軍事力ではなく政策提案で反乱を鎮圧するというのは存外正しい選択なのかもしれません」

「そういうことだ。議席云々の件はともかく、一旦考えてみてくれないか?」

「……分かりました。持って帰ってみましょう」


――――――――――


「評議会において平民に議席を与えるという案に関しては、やはり反対意見が多かったです」

「そりゃそうか」

「しかし、平民を政治意思決定の場に入れるという点においては、少なからず肯定する意見が出ていました」

「ほう?」


 俺とレルテスは、評議会の議事堂だという建物の中を歩きながら話していた。宮殿とは様式がかなり違うようで、恐らく最近に建てられた建物なのであろうことが分かる。


「我々は今回の反乱が宰相の策謀だと推定していますが、それでもこれだけの貴族――いえ、その支配下にいる農民たちが同調して武器を取ったということは、それすなわち前大公、ひいてはそれを支えていた我々評議会の政治が半ば独善的に陥っていたという証拠ですから」

「しかし自らの領域である評議会は侵されたくはない、と」

「貴族とはそういうものです殿下、どうかご寛恕を」

「いやいや構わんよ。むしろ政治の舞台に入れるだけならという意見が出てきただけでも俺的には大収穫だと言ってもいい」

「そういっていただければありがたい限りです」


 そんな話をしながら廊下を歩いていると、前から人がやってくるのが見えた。評議会の人間だろうか?


 その人物はこちらに気が付くと、ピシッと姿勢を正して敬礼した。それを見たレルテスが、彼に声を掛ける。


「お疲れ様」

「子爵殿、ご機嫌麗しゅう。……そちらの方は?」

「あぁ、こちらがハンス大公殿下、僕の客人さ」


 それを聞いた男性は、さっと表情を青ざめさせ、慌ててこちらに向き直った。


「大公殿下であらせられましたか、ご無礼をいたし申し訳ありませんでした!」

「いや、気にしなくてもよい」


 俺がそう言うと、彼はホッとした表情を浮かべた後に去っていった。その後ろ姿を見ながら、俺はレルテスに尋ねる。


「……子爵、彼は?」

「彼はの隊長です」

「評議会警備隊?」


 疑問に思ったことを聞いたらさらに疑問が積み重なった。


「体よく言えば、僕ら評議会の人間を警護するために作られた警察のようなもの。ぶっちゃけた話をすると――評議会に所属している貴族の私兵を寄せ集めて作った公国軍に属さない軍事組織、ってところですかね」

「……要するに私的に作った軍隊というわけか」

「いえいえ、一応政府公認なんで安心してください。宰相以下保守派にはめっちゃ不評、というより何回も解散しろしろ言われてますが」


 レルテスは飄々ひょうひょうと言う。……いつぞやかに軍司令官代理の中佐が言ってた『国の所有ではない兵力』ってこれのことかよ。


「……彼らが反乱を起こす可能性は」

「まぁないでしょう。彼らは僕たち改革派貴族の兵隊が大半を占めてますし、改革派のかなりの人間は商業で財を成したいわゆる商人貴族というやつです。殿下を裏切る理由がありませんよ」

「それは良かった。ということは、彼らはこちらが使える手駒になると?」

「そういうことです」


 公国軍は宮殿警備隊を残してそのほとんどが前線に送られている。そして宮殿警備隊は多分保守派に属しているだろうという話をガルベスから聞いた。つまり――この評議会警備隊とやらが、今俺の味方をしてくれる可能性がある唯一の戦力というわけだ。


 と、なると――


「宰相は嫌がるだろうな」

「と、申しますと?」

「子爵の推理が正しければ、内乱を起こしたのは宰相。とすれば目的は多分、首都に軍事的な空白を作り出すため。そんな理想的な状況を邪魔する可能性があるとなれば、誰もが排除をしたくなるのは当然だ」

「しかし評議会警備隊の指揮権は評議会が握っていますからね。勿論最終的な決定権は殿下にありますが」


 レルテスが口を添える。儀礼上、『公国の軍事組織は全てこの指揮権を大公に委ねるものとする』ということになっている。尤も、軍事的才覚を持った君主なんてものは稀なのでそれを代行するために公国軍総司令部やそれを補佐する軍事統括庁なる組織が存在しているのだが。


「おっと、そんな話をしていたら着きましたね。ここが議場です、どうぞ中へ」


 話をいったん中断し、俺はレルテスの案内に従い、議場の中に入っていった。

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