先制反撃

 そこは長方形の部屋だった。壁際にずらりと議席が並ぶのが見える。正面の壁には大きな窓が並んでおり、そこから差し込む光が部屋の床を照らしていた。席数は数十席はあるだろうか。しかし、その議席はかなりの空席が散見されていた。


「これは……どういうことだ?」


 評議会は改革派の基盤と聞いていたのだが。俺の言わんするところに気づいたのか、レルテスがフォローを入れてくれた。


「殿下、現在この場にいない貴族の全員が反乱軍に参加したり下野しているわけではありません。半数程度といったところでしょうか」

「半数?」

「えぇ、そうです。残り半数のうち半分は保守派との融和を唱える穏健改革派、残りのもう半分が保守派。そしてここにいるのが――殿下を支持し保守派を反乱の黒幕と疑っている――いわゆる急進派、というやつでしょうか」


 その言葉を聞いて、俺は思わず頭を抱えたくなった。改革派の中でも温度差があるのか……


「初めまして、大公殿下。ウェディチ伯爵家当代当主、評議会議長のハルゼン・ウェディチと申します。此度はわざわざご足労いただき、誠に感謝いたします」

「初めまして伯爵、こちらこそこれからよろしく」


 レルテスとは真反対の、いかにも温和なお爺ちゃんといった風貌の老貴族が握手を求めてくる。俺はそれに応じ、互いに握手を交わした。そして、俺は改めて部屋を見渡す。空席が多いとはいえ、そこには確かに公国の貴族たちの姿があった。


「それでは早速本題に入りましょう。殿下はどうして我々に会いたいと?またどのような御用件で?」

「単刀直入に言おう、宰相の動きが最近不穏になっている。近々動くはずだ」

「動く、とは?」

「クーデターだ」


 俺の言葉に、その場に居た全員に緊張が走る。レルテスは眉を顰めながらも、更に質問を重ねてきた。


「具体的には?」

「首都――というよりも宮殿の占拠、だろうな」


 俺の発言に重ねて驚きの声を上げる議員達。


「何故それが分かるのですかな?」

「まず、宰相が複数の貴族を集めて何やら談合しているという情報が入った。そしてもう一つ、ガルベス――いや、シルパス大尉からの情報だ」

「シルパス大尉というと、殿下の副官の方ですか」

「あぁ、彼が公国軍司令部を訪れた際に宰相護衛隊の兵士が宮殿の図面を前に会議をしていたそうだ」

「……!」


 レルテスの眉間の皺は、さらに深くなった。


「なるほど……それで、どのように対処をされるおつもりで?」

「クーデターの目的は恐らく――彼らの悲願、クレア公女を大公位に付けることだろう。そうなれば俺は邪魔になる。かといって俺を殺すようなことをすれば帝国がキレて動員を掛けるのは間違いない」

「なるほど」

「だから、敢えてクーデターを起こさせ、そして――俺を拘束させる」

「は?殿下――何を申されるのですか!?」


 ウェディチ伯が素っ頓狂な声で俺を詰る。それと同時に、周りの貴族たちからも「そうです殿下!」や「お考え直し下さい」などの声が上がる。俺は手で押さえるようにジェスチャーをしてから、ゆっくりと告げた。


「正直な話をしよう。もちろん君たち改革派は公国のためを思って保守派と政治闘争を行っている、それは承知している。しかし――心中では、政敵を蹴落とすために改革派に身を置いているというのもあるだろう?」

「それは……」


 俺をたしなめる雰囲気であった議会の空気が一転して気まずくなる。


「別にそれを責めているわけじゃぁない。それは正しい考え方だ。帝国でもそういった話はそこら辺に転がっていた。俺が言いたいのは――クーデターという明確な反逆行為を起こさせれば、当然それに関与した貴族は全員クビを刎ねることが出来る、ということだ」

「殿下……」

「俺を餌にして、宰相以下の保守派に行動に出させ、反乱鎮圧ついでに一網打尽にする、というわけだ。そうすれば君たちにとっても政敵が一掃されて満足、俺は統治を妨げる不平因子をまとめて排除できて大満足、というわけだ」

「……」

「どうだね、悪くないだろう?」


 そう言って俺はふっと笑う。しかし、その場の雰囲気は先程までとは違っていた。皆一様に俯き、何かを考え込んでいるようだった。沈黙を破ったのは、ウェディチ伯爵。彼はしばらく目を瞑った後、ゆっくりと口を開いた。


「殿下のおっしゃることは分かりました。しかし、その策には一つだけ穴があるように思います」

「ほう?」

「仮に殿下が仰るような事態になったとして、どうやってその後鎮圧するのですか。公国軍は殆ど全部隊が前線にいますし、宰相護衛隊は公国軍の中でも精鋭が集まっていることで知られます、とてもですが――」


 そこまで言ったところで、今度は別の貴族が手を挙げる。


「僭越ながら私も反対致します。殿下を幽閉したとなれば帝国の介入を招くことは必至、そうなれば我々は終わりでしょう」

「その通り、帝国を刺激して良いことなど何もありませんぞ」

「……」


 再び訪れる静寂。そんな時、一人の貴族が恐る恐るといった様子で発言を始めた。


「私は、殿下のご意見に賛成します」

「なんですって!?」


 ざわめく議会内。他の議員が、彼に詰め寄る。


「貴殿!自分が言っていることが分かっているのか!?」

「分かっておりますとも。しかし我々には公国軍に頼らずとも、宰相護衛隊に対抗することが出来る戦力を持っているではありませんか!」


 彼の言葉に、議会は一瞬の沈黙の後、どよめきが起こる。しばらくして、レルテスが口を開いた。


「……評議会警備隊。それを使って殿下は保守派に対抗すると、そう仰りたいのですね」

「そういうことだ。しかし、それでは80点といったところだな」

「……と言いますと?」


 俺の返答に、レルテスだけではなく俺の提案に賛意を示した貴族までも首をかしげる。


「とある昔、ある国の将軍は敵国の首都を包囲したときにこんな言葉を言ったそうだ。『市街地を包囲する4つの軍団だけが我々の兵力ではない。市街の中から、我々に呼応して攻撃を始める第5の軍団が姿を現すだろう』……と」

「まさか――」


 俺の言葉に、ウェディチ伯爵がハッとした表情を浮かべる。他の貴族たちも同様に理解したようだ。


「殿下……まさかとは思いますが――その市街の中にいる軍団というのは」

「あぁ、市民たちだよ。メディオルムの市民の大半を占める商人たちは保守派を嫌っている。そして、帝国に恩義を感じている。保守派がそんな帝国に敵対するために決起したとすれば、彼らは必ず立ち上がるはずだ」


 俺はニヤリと笑ってみせる。ソ連崩壊時に共産党を維持しようとした保守派による武力クーデターは、民主派に与した市民による抵抗で挫折した。それを、俺は再現して見せる。


「俺たちはクーデターを成功させた後に失敗させ、保守派を壊滅させる」

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