迎撃準備

「此度はお招きいただきありがとうございます、将軍閣下」

「いえ、こちらこそわざわざご足労いただきありがとうございます。公国軍を代表してお礼を申し上げます、シュヴァーネンフェルト大佐殿」


 公国軍総司令部において、クルリアスは部下たちと共に隣国からの訪客であるシュヴァーネンフェルト大佐を迎えた。そして、彼に連れ添って総司令部へと戻っていた副官のヴィットーリ少佐からメモを受け取る。


 クルリアスはそれを暫し眺めた後、顔を上げてシュヴァーネンフェルト大佐の方へと向き直った。席を勧めると、彼は『いえ、立ったままで結構』と答えたので、そのまま話を始める。


「まず、我が軍の基本戦略は、致命的な損害を受けないよう機動的に撤退しつつ、地の利を生かし逆襲が可能な地点へと敵軍を誘い込む、というものです」

「なるほど。絶対的に兵員数で劣る以上、会戦は避けなければならないと」

「その通りです。既に東部にはいくつか反撃のための拠点を設けております。大佐、いえケルンテン辺境伯殿からの援軍は我々としても歓迎する所でありますが、この基本戦略については、ご理解の上、ぜひともご協力いただきたい」

「勿論です。我々はあくまでも公国軍と協力するために派遣されたのですから」


 その答えに、クルリアスは内心でほっと胸を撫でおろす。恐らくはそんなことは言い出さないだろうという予想はついていたが――辺境伯領軍が独自判断で動くと言い出せば指揮系統が乱れ、作戦の遂行に甚大な支障をきたす恐れがあったからだ。また、公国軍の6割もの援軍を受け入れるからにはある程度作戦計画を変更しなければならないが、それについても心配はなさそうだ。


 その後はより具体的な作戦に話題は移り、クルリアスが説明し、それを聞いてシュヴァーネンフェルト大佐が時折意見や質問を差し挟むという形で議論を進めていく。


「銃兵隊をカルニラ軍が通行するであろう街道の脇や崖の上に配備し、行軍中に攻撃を加えるというのはどうでしょうか」

「なるほど。我が軍は銃兵隊の割合が多い、会戦を避ける以上彼らを伏兵として配するのは理に適っていますな」

「ええ、そして混乱を誘発させたところに中隊規模の奇襲部隊を脇から攻撃させることで過度な警戒を誘発させて行軍中に体力を消耗させ、逆襲地点での攻撃でより戦果を拡大させることが出来るでしょう」


 喧々諤々の議論が交わされ、互いに意見を出し合い作戦計画が煮詰まっていく。帝国の保護国である以上、チザーレ軍には外国軍との共同作戦という経験が殆どなかった。しかし、諸邦連盟との結びつきを強めようとするハンス大公やベルンシュタイン辺境伯らの思惑通りに事が進めば、今後このような機会は増えるだろう。


「……カルニラ軍の先鋒は恐らく、現カルニラ侯マイナルドの息子が率いる部隊であると思われます。詳細は不明なれど、彼は軍部の中でも相当に影響力を持っており、しかも後継者と目されていると我々は考えております」

「つまり、そのカルニラ侯の息子とやらが率いる部隊を壊滅させることが出来れば――」

「えぇ、カルニラ軍全体の士気に大きな影響を及ぼすことが出来るでしょう」


 シュヴァーネンフェルト大佐の言葉に、クルリアスは頷く。士気、というのは目に見えないが極めて重大な要素である。一般に同じ人数の兵隊を揃えて干戈を交えた場合、防御側が優位になると言われているが、それは事前に防御側は陣地を整えることが可能であり、また多くの場合補給拠点などが盤石であるという要因が大きい。しかしそれと同じかそれ以上に、兵隊の『士気』が関わってくると言われている。


 祖国を守る兵士の方が、敵国を侵略する兵士よりも士気が高いのは自明であろう。多くの場合、防衛する側は、自らが撤退した先に自分が守るべき民がいることを、そして同胞がいることを理解している。それが兵士の心を支え、士気の維持に大いに寄与するのだ。逆に攻撃する側は進めば進むほど敵地へと踏み込んでいくことになるため、士気を維持し続けることは至難の業である。


 そして士気を維持するという難儀な問題に対して、侵攻軍が取る手段は大体決まっている。兵隊に対して物資の略奪や婦女子への暴行を許可するのである。しかしそれを許可すると今度は規律が緩み、作戦行動そのものの遂行能力が低下する。


 つまり、防御側からすればいかに攻撃側の兵隊の士気を下げるかということに腐心することになるわけだが、その最も分かりやすい方法の一つが、指揮官などを討つことである。リーダーによって統率される集団は、リーダーを失えばたちどころに瓦解する。そして――そのリーダーが、機能的に統率を取るだけでなく象徴的なリーダーならば、より効果は大きいだろう。


 その点において、君主の後継者という属性を持つ軍指揮官は格好の標的になる。


「しかし、流石に最前線へと送り込むのはカルニラ侯としても望むところではないのではないでしょうか。彼の国は我が国との戦争を楽勝であると考えているやもしれませぬが、それでも最も危険な場所へと後継者を送り出すほど愚かではないように思われます」

「その可能性も確かにありますな。しかし、どちらにせよ敵の先鋒部隊を叩き、出鼻を挫くというのは戦術的にも十分意味のあることでしょう」

「それは仰る通りです。うまいこと敵を釣り出すことが出来るようにせねばなりませぬな」


 その後も、総司令部ではより具体的な作戦案について日を跨ぐほどの激論が交わされ、最終的な作戦案が策定される。それに従ってチザーレ軍、そしてケルンテン辺境伯領軍部隊は配置され、司令部要員の一部を東部に設置された臨時司令部へと異動させるなど、チザーレ軍は着々とカルニラ軍を迎撃するための準備を整えるのであった。

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