復帰、そして展望

 思えば、非常に情けない話だ。君主たるもの、自らの体調管理もできなければお話にならないといってもいい。


 西部視察から戻って、色々思考を巡らせた末に倒れた。そして今もなお、ベッドの上で寝込んでいるという体たらくである。終戦処理から始まり、諸官庁の設立に、その発足式典での外交にと休む間もなく働いていたツケが回ってきた。


 侍医曰く疲れからくる発熱とのことだ。確かに過労は自覚していたが、ここまで酷いとは自分でも思っていなかった。……前世で培った社畜根性というのは、全くもって恐ろしいものだ。疲れが疲れとして自覚できないレベルにまで達すると、人間こうなるのだなと思った。


 しかしまぁ、ぶっ倒れてゆっくりと休む機会を得たことによって、色々といいこともあった。クレアとゆっくり話をする機会ができ、彼女の口から――それが本心かどうかは一旦置いておいて――自分がやっていることが単なる独り善がりの自己満足ではないということが聞けたことは、自分のメンタルにかなりプラスになったと思う。


 そういえば、初めて彼女と会った時に比べて、だいぶ印象が変わったように思う。以前はどこかぎこちなく、距離感があったのだが、今は随分と打ち解けたような感じだ。


 それともう一つ、よかったことがある。それは――


「殿下、病み上がりで申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか」

「ん?あぁ、構わん」


 体調はすっかり良くなっているが、(主にクレアによって)しばらく静養するように言われているので、ベッドの上で寛いでいると、ノックと共にレルテスが現れた。手には、薄い紙束を持っているようだ。彼は、軽く一礼して入室してきた後、手にしていたものを俺に差し出す形で差し出した。


「殿下にどうしても決裁していただかないといけない書類です。静養中に申し訳ありません」

「いや、ちょうど暇していたところだから構わんよ。……しかし、少ないな」

「殿下の御指示通り各書類を宰相府の方で見直して、府庁レベルの決裁で済むものをすべて各長官の権限で決済するようにしました。しかし、流石に全ての書類を府庁レベルで決済するのは難しく……」

「いや、それで構わない。十分な成果だと言えるだろう」


 俺は書類を受け取り、改めてその薄さにある意味感動を覚えながらも、ざっと目を通していく。量が少なくなったのもあるが、俺のもとに来る前に各府庁の官僚が一度チェックしているせいか、独特の言い回しが入ってはいるものの非常に簡略で分かりやすくなっている。


 戴冠式の日に見た書類の束が嘘のような光景だ。これなら俺の業務量も大幅に減るし、より効率的な政治運営ができるだろう。俺が書類をパラ見しながらそんなことを考えていると、レルテスが口を開いた。


「殿下……それと財務府から一つ、伝言を預かっております」

「ん?」

「税収の件です。農民への免税と、行政改革に伴う諸費用の増額に伴い、国家予算は逼迫しています」

「…………」


 すっかり忘れていた。内戦後の緊急措置としての免税に、兵士への恩給にと支出が増えた上に、行政改革に伴う人件費の増額まで発生した。今年は例年に比べ、圧倒的に税収が少ないことは覚悟していたが、やはり予想以上の減り具合だった。


「そうか……そうだよな」

「今すぐに、とは言いませんが、早急に手を打つべきかと思います」

「うむ……分かってはいたが、これは厳しいな」

「はい……。増税も視野に入れるべきかもしれませんね」


 その言葉に、思わず眉間にシワを寄せてしまう。増税、というよりも税率を戻さなければいけないことは不可避であることは俺にもわかる。内戦直後だからある程度許容されているとはいえ、過度な農民偏重策は却って商人の反発を生むことになる。


 反発を回避しつつ、税率を戻す『秘策』はすでに用意されているが、これは扱いを間違えれば致命的な結果を招く可能性がある。


「……その件に関してだが、政務に復帰次第、バルトリーニ長官と面会させてくれるように手配してくれ」

「分かりました。では失礼いたします」


 レルテスはそう言うと、退出していった。俺はその背中を見届けると、再び渡された書類に視線を落とした。


――――――――――


 それから数日後。俺は政務に復帰した。病み上がりということで当初予定していた地方都市への視察などは見送ることにした。


「殿下、失礼します。バルトリーニ長官がお越しです」

「ああ、通してくれ」

「はっ、かしこまりました」


 執務室で政治論の本を読んでいると、ノックとともにテレノの声が聞こえた。俺が返事をすると扉が開かれ、バルトリーニが姿を現す。バルトリーニは俺の姿を認めると、恭しく頭を下げる。


「大公殿下、ご機嫌麗しゅう……」

「堅苦しい挨拶はいらんよ。それより、寝込んでいたときはすまなかったな」

「いえ、滅相もありません。お体は大事になさってください。殿下あってのこの国ですから……」

「その忠言は心に留めておこう」


 バルトリーニの言葉に苦笑する。そうこうしていると、テレノが茶を運んできた。彼女テキパキとした動作で俺たちの前にカップを置き、一礼してから部屋を出ていった。


 俺はバルトリーニにも茶を勧め、自分もカップを持ち上げながら口を開く。チザーレ特有の柑橘系の強い香りがお気に入りだった。俺は一口飲んで喉を潤すと、早速本題に入ることにした。


「さて、バルトリーニ長官。早速だが、本題に入ろう」

「はい、なんなりと」

「少し前にこの話はしたが……」


 俺は少しだけ間を置くと、改めて話を切り出した。


「近々、軍と農商務府合同で、あの伏魔殿――ラグーナ港湾都市に対する調査隊を送りたいと考えている」

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