有効活用

「市民の志願兵、ですか。道理で軍務府の前も騒がしかったわけですな」

「うむ。卿の意見を聞きたい」


 宮殿応接室にてボルジア伯を迎え、俺はかいつまんで事情を説明した。どうやら市民の集団は軍務府の方にも押しかけているらしい。


「確かに今の公国軍には余裕がありませんからな。兵力は喉から手が出るほど欲しいところですが、それを民兵隊にしてしまっては大公殿下の仰っていたこともごもっとも。熱意には申し訳ないが、彼らを正式な公国軍として編成することは難しいでしょう」

「やはり、卿も同じ意見か……しかし、そうなるとどうしたものか」

「やり場を失った熱を持った市民ほど、御し難く危険なものはありませんからな」

「うむ……」


 ボルジア伯の言葉に、俺は頷いた。一番不味いのは、やけくそになった市民が暴走して事件を起こし出すことだ。治安要員も不足している状況で、暴力沙汰でも起こされたらたまったものではない。


 しかし彼らを戦場で有効に活かす手立てはなく、だからといって彼らを放置しておくわけにもいかず、完全に手詰まりであった。何か良い策はないものかと考え込んでいると、応接室にノック音が響いた。


『お話し中失礼します。農商務府のエピファーニ出先機関から危急の用と記された書が届いています』

「すぐにこちらに」


 侍従のその言葉に、俺はすぐに立ち上がり、資料を受け取った。エピファーニからの資料ということで、おおよその内容は何となく察せた。ボルジア伯に一言断りを入れ、俺は資料に目を通す。


「……軍務卿。市民兵が『有効活用』できる場所が見つかったぞ」

「ほう?」


 俺の言葉に、ボルジア伯が興味深そうにこちらに視線を向けた。俺は彼に対して資料を手渡す。しばらく資料に目を通していたボルジア伯は、やがて小さく頷いた。


「……なるほど。確かに、戦場に送り込むよりはよっぽどいい選択になり得るでしょうな。しかし、これでは先の内乱と同様、公国の民を殺し合わせることになりかねませんぞ」

「そういうことになるな。しかし、彼らとて公国の敵だ。擁護するべき理由があった先の農民反乱軍と、密かに傭兵を雇い入れ、こうして公然と反旗を翻した彼らとを同列に扱うことはできまい」


 資料――ラグーナの統領政府が、公国に対して反乱を宣言したという内容が記されたそれを見ながら、俺とボルジア伯は言葉を交わす。


 既に軍務府によって各貴族の私兵部隊が徴集され、ラグーナ周辺地域へ配備され始めていたが、資料を読む限りラグーナ反乱軍は想定されている以上の兵力を招集している様子であった。エピファーニで秘密裏に結成されている反統領派の商人らによる義勇軍と私兵部隊だけで鎮圧するのは困難であると言わざるを得ない。


「……確かに、理屈は通りますが。脱税を働き、暴利をむさぼる悪徳商人は民にとっても有害でしょうし、そういった勢力を相手するのであれば、民兵であろうとある程度戦意は維持できるでしょうな」

「そうだ。そして、戦場において戦意を維持するために最も有効な手段は、物資の略奪だ。ラグーナには、がある」


 非常に気は進まないが、一切物資を略奪せずに士気を保ち続ける軍隊というのは、この時代においてはチート能力者の集いにも等しい。部隊指揮官の監督下において、略奪を行うというだけでも、軍隊としてはかなり上出来の部類に入るだろう。


 その点において――汚職役人や商人によって不正に蓄積されたものというのは、格好の略奪の的だ。江戸時代の打ちこわしを想像すれば分かりやすいだろうか。商人たちの倉庫から、財産をごっそりと奪い去るのは、一般市民にとって実にカタルシスを感じる行動なのだ。


 物資の供給がなされ、明らかな指揮官によって統制されている限りにおいて、民兵隊が持つ本質的な残虐性は抑制される。そして、カルニラ軍との前線と比しても、ラグーナ反乱軍との交戦は戦闘の強度が低いことは予想される。


 当然、不法に取得したとしても、汚職商人には慣習的に財産権が保障されている。しかし、この時代の国家政府には恐ろしいことに緊急事態における国民の財産権制限が認められている。


「善良な市民が、抵抗を排するために若干武装して“徴税隊”を結成し、彼らの財産を戦争に供するために接収する。そういう筋書きにすれば、問題がないと」

「そこまでは言ってないさ。当然、市民の財産権は最大限守られなければならない。しかし、我々が守るべき市民に『私的な理由によって国家へと反逆した、汚職犯ども』が含まれるか、という話だ」


 近代市民国家ならばいざ知らず、この時代は『住民=国家が統治し、外敵から防護する義務を負う国民』という等式は成立しない。税金を納め、あるいは兵役を負担し、とにかく国家のために何らかの貢献をしたもの──もっと言えば、国家に害をなさないものというのが絶対条件となる。


「大公殿下……承知いたしました。司令部に残留している将校団に民兵隊組織の準備をさせます。既に私兵部隊は配備されています、彼らの後詰めとして、至急作戦計画をさせます」

「あぁ、よろしく頼むぞ」

「それでは私はこれにて失礼します」


 退室するボルジア伯を見送ると、俺は農商務府からの資料を再び手に取り、再び目を通した。


『ラグーナ統領府と同港湾独立商業組合が、雇い入れた傭兵と港湾守備隊の一部を率いて決起。内通者からの報告によればカルニラ軍別働隊がラグーナに上陸する可能性もあるとのこと』


 そこまで読んだところで、俺はこの戦争が始まって以来何度目か分からないため息を吐き出す。ここに至って、ヴィルヘルム・カルニラ・ラグーナの三者が手を携えていることは確定事項となった。


「……反乱は、不変の法則に従って、絶対に叩き潰されなければならない」


 もう一度大きく息を吐き、俺は執務室へと重い足を向けた。

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