統領執務室

 ラグーナ統領官邸、ガリーニ局長ら公国政府査察部隊が去った後の執務室に、一人の男が訪れた。


「……会長殿」

「公国の"査察部隊"とやらが組合の本部にやってきた。あの小僧、腹の分からぬ奴だとは思って居ったが、まさか命知らずの大バカ者だったとは驚いたな」


 来訪者、港湾独立商業組合のファルツォーネ会長は我が物顔でソファに座り込むと、些かの苛立ちを込めた声色で部屋の主であるダルクスへ語り掛ける。


 仮にも自国の君主を『小僧』呼ばわりし、立場に自らより身分は上であるはずの統領ドージェの部屋において自室同然に振る舞うその様子に、いつものことではあるがダルクスは僅かに眉をひそめる。しかしすぐに平静を装って言葉を返した。


「それで、どうなさるおつもりですか?」

「いつも通り我々の利権に干渉するつもりなら始末する……と言いたいところじゃが、今回は相手が相手だからの」

「会長殿と言えど、流石に大公が相手となると……」


 不敵な笑みを浮かべて語るファルツォーネに、恐る恐るといった体でダルクスは声を掛ける。彼とて、自らの君主に対し叛逆するような真似は望むべくもない。だが――眼前の老人はそう考えなかったようだ。


「少々回りくどい手を取らざるを得ん。大公殺しを二……いや、そんな汚名を着て余生を過ごすのは敵わんからの」

「……本気で仰っているのですか」

「儂はいつでも本気じゃ。儂の邪魔をするものは例え大公であろうと容赦はせん。我らがラグーナに土足で足を突っ込んだことを後悔させてやらねばならねば。我々は既に一度警告してやったのだ。それにも関わらず未だに理解しないからには、我々自らが動くしかあるまいよ」


 大公殺害を仄めかす言葉に、思わず絶句するダルクス。しかし、彼は異を唱えられない。もしここでファルツォーネに異を唱えようものならば、物言わぬ遺体になるのは自分なのだから。結局、彼のその沈黙は肯定の意味として受け止められた。


「……ダルクス。明日、カルニラ領事を呼び出すことは出来るかの?」

「カルニラ領事、ですか。ええ、先方の予定がなければ可能ですが」

「それは好都合。彼らにやってもらわなければならんことがある」


 ファルツォーネはニヤリと口角を上げる。質問の意図をつかめないダルクスは内心困惑していた。カルニラ侯国は公国の東隣に位置する国家であり、ある事情からラグーナにとっては非常に大切なとなっている。しかし、このタイミングでその隣国の外交官に触れたところで一体何があるというのか。


 困惑するダルクスに対し、ファルツォーネはさらに語り掛けた。


「……時にダルクス。お主、一国の宰相になりたいと思ったことはないかね?」

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