外患、あるいは内憂

「……なるほど、事情は分かった。事態は思った以上に緊迫しているようだ」

「ご理解いただけたのなら幸いです。公爵閣下はこの争いが殿下、ひいては公国にまで広がり、連続的に帝国勢力圏に拡大していくことを最も恐れておいでです。ですから、公爵閣下のご親類でもある大公殿下の安全を守るためにあらゆる手を尽くされております」

「ふーむ……」


 言ってることは分からなくはない。帝国は大陸における大覇権国家であり、その勢力圏は広大だ。その中心である帝国本土で何かしらの火種が生まれれば、それこそドミノのように周辺へと波及しかねない。


 更に言えば、帝国勢力圏にない諸国――友好国である諸邦連盟も含めてだが――は軒並み帝国との領土問題か政治的問題を抱えている。帝国が動揺すれば、彼らは喜んで問題の『強制的な』解決に励むだろう。そうなれば、どう好意的に解釈しても平和とは程遠い未来しか待っていない。


 それは俺としてもあまり歓迎できる未来ではないことは容易に想像が付く。


「……帝国軍が公国に対して再進駐を計画しているという話は既にお聞きでしょうか?」

「あぁ、ヘンネフェルト大使より伺っている。帝国から協議の申し出あってこちらはその準備に大わらわだがね」

「それについても、ヴィルヘルム皇子殿下は自派の貴族が率いる部隊を進駐させようと躍起になっておられます」


 ツヴェルスの回答にため息をつきたくなる。いかにこちらに交渉権があるとしても軍を進駐される側が部隊の指定をすることなぞ不可能だろう。


 そんな俺の悩みを察知してかツヴェルスがすぐに言葉を継いだ。


「そこで、公爵領軍務局は帝国軍当局に対し駐留軍のうちのいくらか、もしくは全てを公爵領軍から抽出するように交渉を行なっております」

「……至れり尽くせりだな。従兄上がそこまで公国に入れ込む理由が分からん」

「公爵閣下は大公殿下に期待しておいでです。それに、商館を設置するという話は在外公館を設置するための隠れ蓑とするためだけではありません。公国はヴィターリ半島の付け根にあり、我が領の更なる発展のためにヴィターリ市場を開拓することは重要です。そう言った意味でも、公国との繋がりをより強固なものとし、支援を行うのは重要なことと言えましょう」

「なるほど、しかしそれならば我が国の南――オストヴィターリにも公館を構えるべきではないのか? あちらの方がヴィターリで商業をするには適しているだろう」

「当然それも検討いたしましたが――彼の地は最近治安が悪化しています。特に南部でティレニア軍の挑発行動に対応するために治安部隊が各地から引き抜かれた結果、中部では分離主義者の活動や都市住民による弁務官区政府への抗議活動が活発になっております。そのような状況のオストヴィターリより、殿下の統治下で安定しているチザーレの方が活動に適していると」


 俺は疑問に思い質問したが、ツヴェルスの言葉を聞いてそれもそうかと納得する。外務府のオストヴィターリを担当している職員やこの前会った北部の弁務官からそのような話を聞いた覚えがあった。


 オストヴィターリは中部ヴィターリや東部ヴィターリに存在した中小の君主国を帝国軍が攻め落とした結果成立した植民地国家であり、成立してからかなりの時間が経つが現在でも占領された各国の残党によるテロ行為が散発的に起きている。それが近年とみに増えているらしい。


 それに加えて中部ヴィターリでは今年は不作の可能性が高いとの予測が出ており、その結果食糧不足への不安から都市住民によるデモが発生。我が国も万が一食糧不足になった際は――当然公国の民を犠牲にする飢餓輸出を行わないという条件でだが――支援を行うことをついこの前約束したばかりだ。


 更に不幸なことに――あるいはそういった事情を知ってかもしれないが南ヴィターリに位置するティレニア王国軍が国境で頻繁に軍事演習を行っているため、弁務官区守備隊はそれに備えて各地から国境に部隊を回さざるを得なくなっている。


 そんな危険地帯になりそうな場所に商館を置くのは確かにリスキーな択だろう。


「帝国が不安定化している以上、我が領もそれに備えなければなりません。どうかそれを考慮に入れた上で、我々の提案を御一考していただけると幸いです」

「……まぁ、そういうことであれば無碍にするわけにもいかない。ツヴェルスといったな、しばらくこちらに滞在することは可能であるか?」

「は、可能でございます」

「ではこちらで宿や食事を用意する。貴殿からの提案を如何様に判断するかを可及的速やかにこちらで話し合う。貴殿にはその結果も含めて従兄上に伝えてもらいたい」

「畏まりました」


 ツヴェルスは恭しく頭を下げる。話はこれで終わりだと言うので彼を応接室から退出させ、俺はその後ろ姿を見届けた後に椅子に深々と座ってほおっと大きく息を吐く。


 想像以上に帝位継承争いは本格化しているらしい。以前までは帝位継承争いが泥沼化して内戦――は流石に火事にこちらまで巻き込まれそうになるので避けたいのだが、ともかく帝国がある程度の政治的混乱に陥れば、その隙を突いて自主外交権の確立――具体的に言えば諸邦連盟との友好関係の深化を中心とする将来の完全な主権獲得に向けた計画を進めることが出来ると目論んでいた。


 だが、まさか自分がその当事者になり、更には最有力候補の1人から目の敵にされているとは思わなかった。そうなると話は変わってくる。別に俺は帝位なんていう大それたものは全く求めていないし、大公ですら身に余ってるような現状なんですと帝国に乗り込んで直接説明したいほどなのだが、悲しいかな貴族社会はそういうアピールをすればするほど逆に野心を持ってるけど隠そうとしているのではないかと下種に勘繰られる世界なのである。


 要するに疑われた時点でアウト。そこからは如何に殺されないように策をめぐらすかというジリ貧の勝負を強制されることになる。その観点で言えば、クリスハルト――ロレンス公爵が庇護者としてバックについてくれるというのは非常に心強いことである。但し、それすらも疑う人間からは『帝国の大貴族を取り込むなんてまさに野心の証明ではないか!』などと攻撃の格好の餌食になる可能性すらあるのだが。


 暫定で俺の敵になった第三皇子ことヴィルヘルムは、直接会ったことこそ数年前の物心つくかつかないかという頃に数回という程度だが、どうやら策略を巡らし人を従わせるタイプの人間であるらしいという話をちょいちょい聞く。最有力候補の1人となるだけあって有能ではあるようだが、自派につく貴族を増やすために姦計を用いたり毒殺したりみたいな噂まである。


「はぁーー」


 今日何度目か分からないため息が出てくる。ただでさえラグーナという内憂と、国境で何やら動いてるらしいカルニラ侯国という外患まで抱えているのに、そこにそれらをゆうに超越するほど面倒くさい問題が発生してしまった。


 取り敢えず俺がやるべきことを整理しよう。取り敢えずツヴェルスが言う、『在外商館』と言う名目での公爵領の活動拠点を公国内におくということについては、この後主要な閣僚を呼んで承認すればいい。


 駐留軍に関しては、『公爵領軍が進駐軍への部隊供与を提案している』という情報を何とかアドバンテージに出来ないかを打診してみるしかない。


 俺は応接室を出た後、侍従に対して今日の晩に再び閣僚による会議を行うことを各府に申し渡すよう指示を出し、執務室に戻るのだった。

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