公国の夜明け
終戦処理
戦争が終わればやらないといけないことがある。それをまとめて戦後処理というが――内戦後のそれは場合によっては国際紛争のそれよりも面倒臭い可能性すらある。例えば隣の家の人間と殺し合う、親友だった人間を殺す、将来を誓い合った人間が敵になる。昨日の友が今日の敵となる、という言葉がそのまま表出するのが内戦というものなのだ。
「いつの時代も迷惑をこうむるのは哀れな民たち、か」
俺は執務室で溜息を吐いた。目の前には、書類の山。具体的に言えば――その大半が反乱貴族たちから没収した土地に関するものだ。大小さまざまな領地をまとめると、その広さは実に国土の半分近くに上る。笑えない事態だが、内乱が終結した今これは内政のためのカードに変わった。これを今から貴族たちと話し合って、どれだけを彼らへの褒賞に充て、どれだけを農民たちに配分するかを決めなければならない。残り?最低限は国有地にして商人あたりに競売にでもかけさせればいいんじゃない、うん。
予算配分に関しても気に掛けないといけない。内乱で荒廃とまではいかないが被害を被った西部地域への復興予算や保証金も用意しないといけないし、兵士たちにも恩給がいる。国家運営とはお金がかかるものだ、まったく。
「……殿下、少し休まれたほうがよろしいのでは?」
俺の顔色を見たのか、傍らに立つテレノが心配そうに声をかけてきた。それを聞いて壁に掛けられた時計を見ると、もうすぐ日をまたぎそうになっていた。
「ありがとう、でももうちょっとだけ仕事をしてから寝ることにするよ」
「そう、ですか。それにしても、本当にすごい量ですね」
「ああうん……まぁ、そうだな」
確かに、これ全部に目を通すのは骨が折れるな。俺は大きく伸びをして、肩を回す。こき、と音が鳴った。
「……もし眠たいのなら、先に休んでても構わんよ」
「いえ、殿下が執務されているのに私だけが休むわけにはいきません」
真面目だなぁ。デフォルトで現代日本のブラック企業の社員みたいな思考をしている。よく言えば献身的なのだが、まだ若いのにこんな時間まで仕事しなくてもいいのに……と思ってしまう。
一度それとなく彼女にそう伝えたところ、「いえ、自分の社会勉強にもなりますので」と言われてしまった。そう言われては、これ以上何かを言うのも憚られる。俺はペンを手に取り、再び紙に視線を落とした。
――――――――――
「おはようございます、殿下」
翌朝。朝食を取り、身支度を済ませ会議室に向かった俺を出迎えたのは、レルテスやウェディチ伯をはじめとする公国の重臣たちだった。
彼らは俺の姿を認めると、一斉に頭を下げてくる。
「うむ、おはよう。始めようか」
俺がそう言うと、全員が顔を上げた。今日の議題は、戦後処理の最大の論点ともいえる没収した領地の配分である。といっても、どの貴族にどこの領地を、といった話まではしない。この会議に出席しているのは公国でも有力とされるいくつかの貴族のみであり、詳細な分配に関してはそれこそ評議会でやってもらう予定である。
つまり、今回の主要な論点になるのは――
「えー、承知してくれていると思うが、俺は内乱鎮圧の際に農民たちに対して一定の土地分配を約束した。つまり――それだけ
俺は貴族たちを見回しながら言う。
「……特に異存はないようだな。それでは本題に入ろう。今回接収した領地はおおよそ2500
ヤードポンド法死ぬべし、慈悲はない。いや、前世では職業柄ヤーポン法滅んだら困る人間だったけど。
「まず国有地に関してだが――これを実質的に管轄することになる財務府の意見を聞かせてほしい。その後に、貴族と農民の配分を決することにする」
「はっ。国有地はすなわち大公殿下やクレア公女殿下が名目的に所有者となり、実質的には公国政府が管理する土地でございます。そこからの収入は7割が国庫に収まり、残りが大公殿下やクレア公女殿下――というよりもフォルニカ大公家の財産となります。財務府としては、没収領地のうち2割を国有地にすることを提案いたします」
「7割というのは、内乱が起きる前――というよりも、俺が赴任する前の数字という認識で間違ってないな?」
「左様にございます」
「そうか……」
俺は考え込む。資料を読んだところによれば、内乱が起きる前の大公家の人数は遠縁などを除けば20名そこそこ。これが今では俺とクレアの2人だけなので、理論上は公室の維持に必要な必要は10分の1以下に抑えられることになる。
もちろん、食費などの人数に依存する費用だけではなく宮殿など人数に関わらない固定費用もあるので一概にそういうわけではない。しかしそれでも、現状よりも負担はずっと軽くなるはずだ。
……豪勢な生活がしたい気持ちがないわけではないけど、奢侈が過ぎて領民に殺されたり反乱起こされた君主なんて枚挙に暇がないからな。今の生活も十分身に余るほどではあるんだが……君主がある程度贅沢をしないと却って諸外国に『あの国は君主すら貧乏な国なのか』みたいな印象を植え付けてることになりかねない。それは避けたい。戴冠式に国家予算の3割以上の金つぎ込む
話を戻そう。公国の領土が5000ma、要は大体2万㎢。従来の国有地はこのうち5%くらいで、ここからさらに3割を差っ引いた土地からの収入と各貴族領から貢納される税金によって予算が編制され運用されてきた。色々見る限り若干の赤字はあったものの破綻している感じはしなかったので多分それなりにやりくりできていたのだろう。
しかしこれからは話が変わる。今回の内乱でかかった戦費や兵士への俸給支払い、さらには反乱地域の復興予算に税金の減免措置などを考えると、もう赤字どころの話ではない。出来れば農民へと多く土地を配ってやりたいが……国家が破綻しては元も子もない。ある程度は仕方ないか。
「……没収領地の配分とは少し話がズレるが。公室財産の削減を考えている」
「それは……またどうしてですか? 今までのやり方で問題はなかったように思うのですが」
「公女殿下の了承を得る必要があるが……先の事件で大公家はその数を大きく減らした。少し財務資料を拝見したが、俺と公女殿下の二人を養うだけならあれほどの予算は必要ない。むしろ無駄な出費と言える、削れるところは削りたいと俺は思っている」
「そうですか……。確かに、今後の財政状況を鑑みるにそれも止むを得ませんね」
「そういうことだ」
「承知しました。それでは、国有地に関してはこの案でよろしいでしょうか」
「ああ、それでいい。もしかしたら少し変更はするかもしれないが」
俺は小さく首肯した。
「次に、貴族と農民の配分だが。これについて意見を募りたい。投降した反乱兵はおおよそ1800人。彼らにどれほどの領地を与えるかが問題だ」
「既に評議会である程度は議論いたしました。結論から申し上げますと――我々評議会に所属する貴族は、没収した土地の3割ほどを要求いたします」
「……随分と少ないな」
俺は思わず眉根を寄せた。俺の率直な感想に、レルテスが苦笑する。
「もともと私ども改革派の貴族は、商業を基盤とする商人貴族が大半です。勿論我々とて土地を全く必要としないわけではございませんが……そこまで領地に執着があるわけでもありません」
「ふむ。それでは農民への配分は残りの5割、4000ミーレアクーレか。少し多すぎるな」
思った以上に貴族たちが領土にこだわらないことがわかった。これは嬉しい誤算だが、あまりに与える領土が多いと却って生産性が下がりそうな気がしないでもない。
「殿下、私より一つご提案がございます」
「ウェディチ伯爵か。申してみよ」
「反乱に参加したものの、主導的な役割を果たさなかった貴族にも領地を再配分する、というのはいかがでしょう。もちろん私兵などは取り上げた上で、ですが」
「……ほう」
俺はに目を細めた。なるほどいい案だ。そうすればかつての政敵であった彼らが支持に回る可能性にも期待できる。
「悪くない案だな。その線も考慮に入れよう」
「ありがとうございます」
「他に何か意見のあるものはいるか?」
それ以上特に意見が出ることはなかったので、さっさと次の議題へと進む。
「では次にドミトリー元宰相ら反乱貴族の処遇についてだ。まず俺の考えを話しておこう、原則として彼らを処刑することはしない。無論、反乱を主導したものについては相応の処罰は下すつもりではあるが」
「殿下は以前、辺境への流刑か政治犯収容所への収監……と仰っておりましたね」
「そうだ。その土地についてはあたりがついてる。我が国の沖合に位置するホーマス島、そこに首謀者の貴族十数名と彼らの側近たちを送ろうと思っている。彼らにはそこで開墾してもらう」
ホーマス島は、大陸から少し離れて存在する小さな島で、交易の際に使われる航路からも外れている。流刑にはうってつけの場所だろう。内乱終結の少し前には銀鉱山が見つかったらしいので、その採掘もついでに任せよう。
「しかし――ドミトリー元宰相や彼の側近に関しては話が別だ。流石に彼を流刑で済ませることは出来ない。そこで、意見を募りたい」
「殿下、恐れながら発言をお許しください」
「許可する。発言せよ」
「はっ。ドミトリー元宰相は、先日の内乱を仕組んだ張本人。しかも、彼は殿下に対して謀反を起こすと同時に、公女殿下の身柄を拘束しました。到底許されることではありません。いかに殿下が慈悲深いとはいえ、ここで彼を処刑せねば民に示しが付きますまい」
俺はその言葉に、内心深く同意した。しかし、あまり散らさなくてもよい命を散らしたくはないのだ。たとえそれが政敵だったとしても。
「確かにそれは一理どころか百理ある意見だ」
「僭越ながら殿下、私も彼には死罪を申し付けるべきかと」
「そうですね、やはりここは死罪を……」
「やはりそうか……誰も殺さぬ、というのは甘いか」
俺は小さくため息をついた。現代の庶民の価値観では、この絶対王政の時代は生き抜けないのだ。むしろ彼一人を吊るだけで済ませてもいいと言うあたり彼らは多分まだ優しい方だと考えるべきだ。
「……了解した。ただし、あくまでも正式な手続きに則ってもらう。具体的に言えば、公室裁判所においてドミトリー元宰相ら反乱貴族を裁き、その判決を以て処分を行っていただきたい」
「承知いたしました。即座に準備を整えさせます」
この国は小国にしては珍しく司法制度がーー貴族が陪審員を独占するという前時代的なものとはいえーー一応は存在する。
「今回の議題は以上である。何か質問はあるか?」
俺は議場を見渡したが、特に手を挙げる者はいなかった。
「それではこれにて散会とする。早朝よりご苦労であった」
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