人物評 連盟編
帝国でクリスハルトが宮廷に赴いているのとほぼ時を同じくして、諸邦連盟の盟主国たるツェスライタニア王国の宮廷では同じようにケルンテン辺境伯ヘンリクが国王であるフランツェ3世に拝謁していた。
「国王陛下、失礼いたします」
「うむ。入れ」
「はっ」
ベルンシュタインは一礼すると、玉座の前に進み出る。そして膝を突き、臣下の礼を取った。フランツェ3世はベルンシュタインを見下ろし、鷹揚に尋ねる。
「待っていたぞ、ベルンシュタイン。チザーレの様子はどうであったか?」
「はっ。これより奏上いたします」
「……申してみよ」
ベルンシュタインは、ハンス大公に対し婚姻による結びつきの強化を持ちかけたが断られたこと、しかし彼自身諸邦連盟との関係強化には前向きな姿勢なことなどを伝えた。
「……ふむ、なるほど。つまり、チザーレは依然帝国の保護国でこそあるが、内心ではその支配下から脱することを望んでいる。そういうことじゃな?ベルンシュタイン」
「はい。その通りでございます」
「チザーレは見かけの国土こそ小さいが、その港湾と最新鋭の兵器で武装した精兵は強国に比するものがあると聞く。もしこれを我が連盟の勢力圏に取り込むことができれば……さすれば、セントレア海への進出もより容易になるであろう」
「仰る通りにございます。国王陛下」
「うむ。……それで、卿から見たハンス大公はどのような人物だったか?」
「はっ。ハンス大公は未だ16歳という若さでありながら思慮深い人物に見えますが、その腹の底はなかなかに黒い人物かと存じます」
「ほう?」
フランツェ3世は片眉を上げる。
「大公就任後、驚くべき速さで内乱を鎮圧したとは聞いていたが…それほどの人物だったか」
「ええ。我が領へとやってくるチザーレの商人や農民は、口々に大公の統治について褒め称えているそうです。具体的な統治については、先に送った報告書に記している通りですが」
「あぁ、あれか。見たが、中々どうして興味深い内容だったな」
「内乱の原因になった農民と商人との格差を抑えるために農民に対して免税を行うなど、斬新な施策を打ち出しておりました。私が出席した式典において、新たな行政機構の長官とされた人物の中には貴族ではない人物も入っており、そういった意味でも革新的な政策を行っていると言えましょう」
「ほぅ……貴族ではない者を抜擢するか。此度の盟主選挙のために我が国でも地方官庁では平民にも門戸を開いていたが、中央の要職にまでその門戸を開くとは大胆な……貴族たちの反発はなかったのかね?」
フランツェ3世が興味深げに尋ねた。確かに、ここ諸邦連盟でも平民に対して官職の解放を行うことに対して保守的な貴族が少なからず存在した。その際は、宮宰であるゴーテンブルク公爵らが『盟主選挙に勝つための方策である』ことを強調したことで何とか説得に成功したという経緯がある。
「確かにありました。しかし、我が国とは違い先の内乱によって大公廃位を狙いクーデターを起こした保守派貴族が軒並み粛清されており、さらには大公に協力的な宰相バロンドゥ伯爵や我が国との繋がりが強い財務卿リーグ伯爵などの有力貴族が他の貴族に圧力を掛けたことで、反対派の貴族を黙らせたようです」
ベルンシュタインはチザーレで聞いた話を思い出しながら答えた。諸邦連盟では、そしてその他の国家では貴族と言えば所領を持つ諸侯が多数派を占めているが、チザーレは港湾などが多く前大公の政策もあって例外的に商人貴族が多い。そして、商人貴族は自らがトップを務める商会を基盤とし物流によって利益を上げる以上、一般的な諸侯よりも遥かに相互の繋がりが強い。
特に伯爵クラスの大貴族の商会は都市一つを商圏とするほどであり、中小貴族は彼らから商品や商業ルートを融通してもらうことが珍しくない。そのため、大貴族の機嫌を損ねてしまうと商売に差し障りが出る。故に、大貴族の発言権が非常に強い。
「かの国には貴族評議会なるものがあると聞く。そこで決めてしまえば、あとは文句を言う余地がない。ということか」
「そのように思われます」
「ふむ……話を聞く限り、チザーレは連盟にとって益となる要素を多く備えているようだな」
「その通りでございます。ですが、大公ご自身が仰っていた通り、我々がチザーレにあからさまに踏み入ろうとすれば、我々の友人が黙っていないでしょう」
ベルンシュタインは視線を落とす。諸邦連盟と帝国は表向きは友好国であり、つい先日講和したばかりの帝国の隣国との戦争にも連盟軍は4万の兵力を派遣するなど
しかし――政治的な面でいえば、両国は必ずしも協調しているとは限らない。保守的な貴族主義を強める帝国と、必要に応じてだが改革を進める諸邦連盟といった風に少しずつ対立の溝が生まれつつあるのだ。さらに両国の国境には、元々諸邦連盟に加盟していたが家中のクーデターによって帝国へと編入されたエガラント辺境伯領を中心とする巨大な係争地帯が存在する。
そんな状況で諸邦連盟とチザーレが接近すれば、帝国は面白くないはずだ。連盟と帝国の関係は、水面下では互いに牽制しつつ、表面上は友好関係にあるという状態である。
「そのようであるな。あからさまな行動は帝国の反発を生むことになりかねん。しかし――経済活動であれば文句は言えまい。ベルンシュタイン、卿が音頭を取り西部の諸侯に対しチザーレとの取引を進めるようにせよ」
「はっ。かしこまりました、陛下」
「うむ、下がってよいぞ」
再び一礼し、ベルンシュタインは退席する。玉座の間から出たところで、彼は小さくため息をつく。
(……我が国も、結局はチザーレと大差ないのだ)
大陸における帝国の覇権は絶対的だ。大陸西部に位置するシャンパーニュ王国や大陸東部一帯を支配するワラシア貴族共和国など、強大な国力を持つ大国は他にも存在するが、それでも帝国には及ばない。大陸中央部において、帝国の影響力を排して独立を保つ国は皆無と言っていい。
諸邦連盟とて、帝国に次ぐ大国とされているが、内情は帝国の軍門に下ることを嫌った諸侯の連合体に過ぎない。恐らくそんな事態は早々ないだろうが、仮に帝国と軍事衝突なんて事態に発展すれば、各諸侯軍の寄せ集めである連盟軍は瞬く間に粉砕されてしまうであろうことは想像に難くない。
そんなことを考えながら、ベルンシュタインは宮殿の外へと出た。
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