転生したら君主になったので、自国を現代知識で理想郷にします

ペルソナ・ノン・グラータ

公国内乱

赴任

拝啓父上母上。あなたの息子は親不孝にも親よりも先にあの世へ行き―――


 来世では国の運営をしています。


―――――――――


 俺の身の上話をしよう。前世の話はいい。平凡な家庭に生まれ平凡に育ち、就職した会社で起きた事故に巻き込まれた末に早世、という数十文字で語れるような経歴に興味があるやつは多分いない。問題はそこから先だ。


 来世に選ばれた世界でかなり大きな帝国の傍流に当たる家に生まれるという大豪運を発揮したのはいい。そして帝国の属国に当たる小さな公国を継ぐことになった。これもいいか悪いかで言えばいいことだ。しかし――そこから先が大問題だった。


――――――――――


「皇帝陛下、ご機嫌麗しゅう」

「おおハンスよ、よくぞ参った。久しいの」


 俺はある日、皇帝陛下に呼び出された。帝室に生まれたとはいえ支族の次男坊という立場の俺は、物心つかぬガキの頃こそ陛下に可愛がられたそうだが、成長して住まいが陛下の座する宮殿から離れた離宮に変わって以降は、1年に幾度か行われる祝賀行事以外で謁見することがなくなっていた。


 そのせいか、陛下からの命令を伝える勅使が離宮に到着した際には大騒ぎになり、母親に至っては何か不始末をしでかしていないかと使用人に聞き回る有様であった。


「して陛下、此度は如何にして私を……」

「そうじゃったの。朕も暇ではない、手短に用件を伝えるとするかの。……ハンス、そちには帝都を出てもらう」

「……と、言いますと」


 まさかの追放宣言に、心臓が飛び出そうになった。離宮を出る際に母親に対して『全然気にしなくていいってば』と言ったことを後悔し始める。もしかして本当に何かやらかしたのだろうか……


「何、そこまで怯えることもないであろう。実は我が国の友好国で後継者が絶えてしまっての、断絶を防ぐために我々の一族から皇子を寄越してほしいと懇願されたのだ。普段なら斯様な要請は断るのだが……如何せん昔世話になった国での。そこでそなたをそこに送ることを決めたのだ」

「なるほど……承知いたしました」


 ホッと胸を撫で下ろす。が、今度はまた別の不安が頭をもたげてきた。


「しかし陛下……失礼を承知で申し上げます。私は世界を知らぬどころか、未だ帝国から出たことのない未熟の身であります。無論陛下直々の勅命で派遣される以上粗相は許されぬことは理解しておりますが、私にその大任が務まるでしょうか……」


 多分これで『そうか、ではこの話はなしに……』となる可能性は限りなく低い。しかし、あらかじめ予防線を貼っておくことで失敗した時の保険を掛けることは出来るであろう。


「確かにそなたはまだ若い。そう心配するのも無理はないであろう。しかし安心するがよい、朕自ら選んだ家臣をそなたに同行させる。もし何か困難にあったとしても、彼らがそなたを助けてくれるであろう」

「ありがたき幸せ。陛下のご配慮、ありがたく頂戴いたします」

「うむ。そなたは支族の子とはいえ、ゆくゆくは帝国を支える有能な人材になってほしいと朕は願って居る。帝都の、帝国の外の空気を吸って大いに成長するがよい。詳しいことは書面にて使いに持たせ離宮に届けさせる。そなたは身支度をしておくこと」

「はっ。それではこれで失礼いたします」

 

 皇帝陛下の面前から退出してから知ったことだが、俺が行くことになった国・チザーレ公国は大公一家がお家騒動に伴う内紛でほとんど死亡したというとんでも経緯で帝室から後継ぎが送り込まれることになったヤバい国であり、さらに内紛に伴って農民反乱が起きているという高確率で五体満足では済まないであろう貧乏くじを引かされてしまったわけだ。しかし帝政国家において皇帝の命令は絶対というのはもはや常識。そんなわけで――


 俺、ハンス・エリック・フォン・ロレンス=ウェアルスはチザーレ公国への道を馬に乗って進んでいるわけである。


―――――――――


「大尉、あとどれくらいで着くだろうか」

「もうすぐですよ。かれこれ1週間は進んでいますし、そろそろ国境にたどり着いてもおかしくはないでしょう」


 俺の横で馬を走らせながら、質問に答える彼はガルベス・シルパス大尉。皇帝陛下が俺につけてくれた護衛隊の隊長を務める彼は諸々の戦場を駆けた年数は20年を軽く超え、皇帝の親衛隊に名を連ねたこともあるという叩き上げの古強者だ。齢50を越えようかとしているはずだが、その体からは全く衰えの色が見えない。それに加え年相応の思慮深さや長年戦場にいた者特有の勘を買われ、半ば戦地に赴くことになった俺の御付き役として抜擢されたというわけだ。


 護衛は小銃で武装した竜騎兵ドラグーンが50騎と随伴の歩兵が100人ほど。そこまで大きくもない国の君主の護衛としてはやや過剰にも思えるが、大尉曰く『帝国から公国に送る援軍という意味も込めての護衛の人数』ということらしい。


「……見えましたね。国境です」

「え?」


 前世では国境という概念がない日本から出たことがなく、ここでも国の外に出たことがない俺は、国境を越えるという経験が初めてだった。なので、大尉の言葉の真意を測りかねた。国境って見えるの?


「……そういえば殿は国から出たことがなかったのでしたね。あそこに少し大きな小屋が見えるのが分かりますか?」

「それは分かる」

「そこに何人か兵士がいるのは?」

「うーん……あ、確かに銃を持った人間がいるのが見えるな」


 目を凝らすと、確かに軍服とおぼしき服装に身を包んだ人間が数人、小屋の周りにいるのが見える。


「あれが国境の検問です。中にいるのはおそらく公国軍の兵士でしょう」

「検問?公国はわが国の属国と聞いたが」


 不思議に思ってガルベスに聞いた。敵国や非友好国ならともかく友好国、まして宗主国との間に検問を置く必要があるのだろうか?


「小官はそういった政治の話の専門家ではないことをご寛恕かんじょ頂いた上で聞いていただけるとありがたいのですが、恐らくは犯罪者の逃亡を防ぐための措置かと思われます。また、普通の国境では国境を挟んで対峙する2ヶ国がともに国境警備隊を配備して互いの国民が亡命しないか監視したり、偶発的な軍事進攻を抑止しています。しかし、帝国と公国は宗主国と属国……というよりも保護国の関係にあり、その関係を反映してか国境には公国の国境検問しかありません。要するに国境警備の任務を公国に負わせているわけですな」

「なるほど、そういうことか。よく分かった」


 説明を受けているうちに、隊列は検問に到着した。


「現在この国境は封鎖されている!皇帝陛下の許可を得た者しか通行は出来ないと知らぬのか!」


 隊列を見た警備兵の隊長らしき人物がこちらをキッと見据えながら言い放つ。連絡が行き届いていないのか……と思っていると、ガルベスが懐から書類を出し、すごみながら反駁はんばくした。


「このお方は皇帝陛下から直々にこのチザーレ公国を統治せよとの命を受けたハンス・エリック・フォン・ロレンス=ウェアルス親王しんのう殿下であられる!陛下からの勅書もこちらにある。もし疑うのならば隅から隅まで調べればよいだろう」


 その口上を聞き、隊長ばかりか周りにいた警備兵たちの表情が一気に変わった。慌てたように全員が敬礼をし、しばらくしてから隊長が口を開いた。


「新たな大公殿下であられましたか、無礼を働き、申し訳ありません!」

「いやいや、名乗らなかったこちらにも不手際があった。すまないね」

「いえいえそんな……滅相もないことです……」


 すっかり恐縮してしまった警備兵たちをしり目に、隊列はついにチザーレ国内へと歩みを進めるのだった。


「大尉、ここから公都までどれくらいかかるだろうか?」

「その質問、先ほどもされておりましたね殿下……陛下から賜った地図があるではないですか」

「すまんが俺は地図を読むのはさっぱりでね。いつまでたっても読める気がしない」


 しっかりしてくださいよ、とガルベスに言われるが、俺は困った顔を返すしかない。これは俺の頭が弱いとかそういう話ではなく、中途半端に前世の知識が頭に入っているせいで、度量衡どりょうこうが未だにややこしいと感じてしまうのだ。あっちではメートルだのグラムだのといった単位に慣れ親しんできた身としては、そうでない単位で書かれた地図や重さの表示は頭に入ってくるのに時間がかかる。


「うーむ、かなり急いでもあと1日はかかりそうですな。しかし帝国内ならいくらでも宿がありましたが、ここチザーレに150人もの人数を泊めれるような大きな宿があるのかは怪しいところというしか」

「……野宿するわけにもいかないし、強行軍になる可能性が高そうだな」


 その会話を聞いていた護衛の兵士たちが『ええ……』と声を上げる。しかし、ガルベスが彼らを睨みつけようとすると、すぐに神妙な面持ちへと戻った。


 結局、歩兵隊が全速力で走ったりガルベスが適切なルート選択をしたりしたことが功を奏してか――1日足らずで俺たちはチザーレ公都・メディオルムにたどりつくことが出来た。

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