反撃準備

「オルメク砦でも『着火』作戦は成功しました。脱出経路の設計がうまくいっておらず守備隊は全滅しましたが、偵察部隊によれば砦に攻撃を仕掛けた大隊は攻防戦とその後の炎上で数百名の死傷者を出し、戦闘能力を喪失したとのことです」

「これで4つ目か。……想定以上の効果です」

「戦闘を先延ばしにして物資を空にすることで砦に敵部隊を引き込み、物資に飛びつかせる……シュヴァーネンフェルト大佐の戦術眼には感服するばかりですな」


 コルテラ川沿いに構築されたチザーレ軍の防御陣地、その奥に位置するチザーレ軍東部司令部。その天幕の中で、ケルンテン辺境伯領軍チザーレ派遣部隊司令官のシュヴァーネンフェルト大佐はチザーレ側の現地指揮官であるタッディア大佐と今後の作戦について話し合っていた。


 チザーレ軍はシュヴァーネンフェルト大佐の助言の下国境の平原を越えた先に点在する城砦に小規模の守備隊を籠らせ、敵軍を引き込んだのちに城砦ごと火災や建造物の崩壊で戦力を漸減する作戦に打って出た。不手際でチザーレ軍部隊が撤退せず徹底抗戦した海岸沿いのオルメク砦では守備隊の壊滅と引き換えに大きな損害をカルニラ軍に負わせた他、撤退に成功した他の城砦でも作戦は成功し、確実にカルニラ軍に出血を強いていた。


「これ以上はカルニラ軍も勘づくでしょうな。進撃も慎重になるかもしれません」

「そうなれば願ったり叶ったりですな。進撃が慎重になればそれだけ物資の消費も増える。第三皇子からどれだけの支援を受けているのかは知りませんが、カルニラ側とて物資を潤沢に供給できるほど豊かではない」

諸邦連盟本国も、国境警備隊を増強して帝国での政情不安を建前に帝国からカルニラに流れる物資を厳しく監視しております。これまで貯め込んだ分はともかく、新たに帝国から供給されることはまずないでしょう」


 シュヴァーネンフェルトはタッディア大佐の言葉に頷いて答える。外交上および内政上の理由から諸邦連盟は公的にチザーレを支援することはないが、上層部の多くはカルニラと戦うチザーレに好意的であった。


 ベルンシュタイン辺境伯を通じて齎された『カルニラが帝国内部の政治勢力とのコネクションを築こうとしている』という情報を受け、諸邦連盟の北部諸侯は国境警備隊への兵員供与を増加し、更にはカルニラへの物資輸出を様々な理由で制限するなど、後方支援を拡充していた。


「貴国の支援には本当に感謝しております。……極めて個人的な話をすると、私の父母も貴国へと避難しております。辺境伯閣下には感謝してもしきれません」

「そう言っていただけると助かります。政治的理由によって大っぴらに言うことは叶いませんが、我が連盟と貴国は志を同じくする同志、助け合いこそが大事です。……さて、今後についてですが」

「既に銃兵隊と奇襲用の歩兵部隊の配備は済んでいます。敵はこの防御陣地に辿り着く前に多くの出血を強いられることになるでしょう。……それでも、恐らく敵は我々よりも大勢でしょうがな」


 コルテラ川沿いに展開するチザーレ=ケルンテン連合軍は5個大隊4000人。それに対して侵攻するカルニラ軍は先鋒部隊3個大隊に後詰めの5個大隊、合計7000人ほどと目されている。国境での緒戦や『着火』作戦によっておおよそ1個大隊強を漸減したとはいえ恐らく5000人以上の部隊が戦闘能力を維持しながらこのコルテラ川の防御陣地へとやってくるであろうというのは、連合軍の中で一致した見方であった。


「それはもう諦めるしかありませんな。いくら神へ祈っても、無から兵士は生み出されませんから」

「そうですな、シュヴァーネンフェルト大佐の仰る通りです。……部下と少し話をしてくるので、申し訳ないが席を外します」

「構いません。それでは後ほど」


 天幕を出るタッディア大佐を見送ってから、シュヴァーネンフェルトは空を見据え、小さなため息を吐き出す。


 開戦からおおよそ1週間が経ったが、ケルンテン辺境伯領軍は未だにカルニラ軍と交戦するに至っていない。チザーレ軍との作戦会議において、ケルンテン辺境伯領軍は『反撃戦力』の中核としての役割――即ち、この河岸陣地において攻勢を防御した後に、攻勢後の疲弊したカルニラ軍を強襲するという役割を負うことになっていた。


 あくまでもシュヴァーネンフェルトは『客将』であり、連合軍の主導権はチザーレ軍が握っている。そのことは彼も十分に理解しており、故に彼の指揮下の部隊にも勝手な行動を取らないように厳命している。


 しかし、思うところがないわけではなかった。彼の祖父はカルニラ反乱で命を落とし、彼自身も6年前の国境紛争において少なくない部下を戦闘で失っている。そしてそれは――彼が率いる部隊の中において、支配的な境遇であった。『カルニラ侯の反乱』は、憎しみという形を成してケルンテン辺境伯領に住まう民の心に刻まれている。


「大佐殿、失礼いたします」

「うん、どうした?」

辺境伯領本国より密書が届いております」

「すぐにこちらに」


 やってきた副官に手招きして、彼が持ってきた密書を受け取る。厳重に封がなされ、紛失した際に備えて辺境伯家の関与が伺えるような痕跡は消されているそれをシュヴァーネンフェルトは開封し、中身を検めた。


「……」


 しばらくそれを読み進めていると、副官が恐る恐るといった様子で口を開く。


「大佐殿。その、中身は」

「何、辺境伯閣下のがチザーレ旅行を楽しまれているというだけの内容だ。カルニラ人の同僚を連れて、ね」

「……!承知いたしました」

「口外無用で頼むよ」


 シュヴァーネンフェルトは副官に対して人差し指を唇に当てる。頷いて天幕を出ていく副官にチザーレ軍の連絡将校を連れてくるよう伝え、彼は再び密書に視線を移した。


「……これで先鋒の指揮官を潰す算段が立った。最初の一撃さえ粉砕すれば、我々は最終的に――かつての復讐を果たすことが出来るだろう」


 天幕の中で、シュヴァーネンフェルトは満足そうに微笑んだ。

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