第52話 犬INUいぬワン
「・・・ぁぁぁあああ!!」
音が高く、大きくなってきた(ドップラー効果)。
国王が魔法使い兄弟の捕縛を命じたその日の夜、突然窓を割って王宮の執務室に飛び込んできた兵士が1人。
交渉が決裂するなど夢想もしていないから、派遣したのは中堅どころの、役職にはついていないがそれでも武を生業とする以上、屈強な若い男だった。
男はほぼ精神が壊れかけていて、顔中涙と鼻水でグチャグチャ、あまつさえ失禁していた。
居合わせた宰相が根気よく要領を得ない話を聞き出して、必死でまとめた。
「国王の命令だ!!王宮に!!」
『出頭しろ!!』という前に、
「はい、アウト!!」と軽く言われ、いきなり首根っこをつかんで投げ飛ばされた。
そのまま空の旅を楽しんで今に至る、そうだ。
「宰相。魔法使いの家って?」
「市民街の外れだと聞いています。」
「・・・」
どう考えても数10キロある。
え?投げた?
人間を?
数10キロも?
理解の範囲を超えている。
実のところ、いくら体力チートのリンとは言え、80キロ以上ありそうな物体(笑)を、それほどまでは投げられない。
大体が危ない。着地の時に殺してしまう。
ゆえに、いつもの鑑定魔法の汎用性だ。透明な魔力に乗せて、時速80キロくらいで飛ばしたのだ。契約魔法も併用し、着地も大怪我はしないようにコントロール。
ある意味バファ〇ンくらい優しかったが、高速で、長距離を、生身で飛ばされた兵士が何度死を覚悟したか。そら、精神くらい崩壊する。漏らしたことは秘密にしてあげて欲しい。
何もかもわからないが・・・
国王と宰相に伝わったのは、王都に現れた新しい魔法使い達が一筋縄ではいかない事実。
「くそう!!兵士を1個小隊、いや、1個中隊動員しろ!!必ず奴らを捕まえろ!!」と、国王は叫んだらしいが。
完全なる悪手だった。
さて、翌日。
サンを連れて王都付近の森まで来ている、リンです。
昨夜ついに王宮が動いた。派遣されてきた兵隊は物理的に吹っ飛ばしたが・・・
まあ、そう簡単に諦めないだろう。
周辺が危なくなるから、結界魔法持ちと攻撃特化型、2人組で行動することとした。
本日はアリア、サリアの女兄弟組、リク、リオの男兄弟組で動く。
でも、この人生初体験の王様ってやつは・・・
なんというか、『世の中は俺のものだ』と誤解している感じ。
この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思えば。
藤原道長って、感じ。
ならば、盛者必衰の理ってやつを教えましょう。
わたしが見た限り、この国の王は貧民街を見ないことにしたり、仕事をしていない感じがする。王ってのは、要は総理大臣だったり、そういうものだと思う。天皇だと考えても、国事行為をしたり働いている。総理大臣ならなおさらだ。
働かないお飾りならぶっ飛ばしても問題ない。
一応もう少し現状を把握しようとは思っているが。
目に余るならやってやる。
違いも何もかも乗り越えて、共存してこその社会だと思う。
違いに胡坐をかくのなら許さない。
まあ、熱い話はさておき。
兄弟でたった1人森を知らない、魔力のないサンに外の世界を教えようと思ったわけだが、
「なんかさ、姉御。あいつ、すげえ怒ってない?」
「うん。」
さっきから王鶏に絡まれてます。
結界を張っているので問題はないが、今回遭遇の王鶏はやたら苛立っていて、壊れない、突けないのに、突く、突く。
透明の壁の向こうで荒れ狂っています。
これって結構慌てる、恐怖を感じる事態だと思うんだけど、
「すっげえな、これ。初めて見たわ」と、サンは全く動じない。
結界を信頼してくれているのかもしれないが、それにしても・・・
肝っ玉太いな、この子。
ちょっと呆れる。
それに今回連れてきて分かった。
鑑定しても魔力はない、全く普通の子供のはずのサンだが、体力関係が飛び抜けている。
どうしてこうなったか分からないが、生物が巨大化したり、植物が巨大化したり、生態系がおかしなことになっている今日この頃。
人間にも何某かの影響が出ているのかもしれない。
実際魔力持ちが存在しているし、もしかして同じくらいレアな確率で、体力的に飛び抜ける人間がいるのかも?
試みに数時間空手と柔道を教えてみたが(はい、わたしは有段者です)、身体強化を切った状態でいきなり並ばれた。
サン君、君ちょっと強過ぎない?
洒落にならないと思いつつ現実逃避していたが、さっきから王鶏がしつこいし・・・
まあ、仕方ないか。
「サン。」
「ん?」
「目の前でやるのは初めてだし。ま、君に対してじゃないから、ビビんな。」
「は?」
理解出来ていないサンの前で、いきなり殺気を立ち昇らせる。王鶏に対し、どちらが上かはっきりさせる行為だ。
いい加減にしないと許さないと言外に伝えると、
「!!」
急に気を付けするような、飛び上がるような動きの後、王鶏は逃げて行った。
ふうっ、やれやれ。
大丈夫かなと、振り返ると、
「うわぁ、すっげえ、姉御!!マジ怖い!!ちびりそう!!」とか言いながら、サンは全く臆していない。
うん、この子もすごい。
「でも、なんであんなに気が立ってたんだ?」
結界を広げる(索敵だ)。
200メートルほど離れた場所に、2メートルくらいの生物を見つけた。
この巨獣の森ではかなり小型といえるそれは、まったく動かない。
息はあるようだが・・・
ん?
王狼?
幼体?
「サン、こっち。」
「ん?」
行ってみると、この森だと真面目に感覚が狂う、小さいような大きいような、でも世界最大の犬と言われたグレート・デーンより既に大きい、真黒な狼が傷だらけで横たわっていた。
「ああ、あの鶏、こいつと喧嘩してたのか」と、サンが言った。
おそらく間違いないだろう。
王鶏と王狼の子供で戦いになり、勝った勢いで興奮状態の王鶏はそのままわたし達を襲ってきた、と。
王狼の子は・・・
ああ、面倒くさい、ワンコでいいや。
ワンコはちらりと目を開けた。わたしとサンを何度も見て、やがて疲れたように目を閉じた。
命の火が消えかかっている。
だからギャラリーの1人や2人どうでも良かったのか、とは言え悪感情も伝わらない。
捨てておきたくないと思った。
「サン、帰ろう。」
ワンコを抱き上げながらわたしが言うと、
「わかった。急ごう」と、少年も言う。
「じゃ、背中乗って。」
「う、それは・・・」
「でも、時間がかかると間に合わなくなる。」
促すと、諦めた。
サンを背に、ワンコを抱いて、家に急ぐ。
この頃は完璧に体の制御が出来ている。
王都の壁も飛び越える。
真っ赤に染まる、夕日がきれいだ。
「うわーっ!!すっげえ!!」と、喜んでいるサン。
いやぁ、マジいい性格している。
掘り出しもんだよ、この子。
家に帰りつくと、
「うわっ!?」
「なに拾ってきたの、リン!?」
「すっごい!!」
「大きな犬だぁ!!」と、口々に言って兄弟が出てくる。
「ごめん、この子ボロボロなんだ。治してやってくれる?」
「いいよ。」
アリアが回復魔法を放つ。
虫の息だったはずが急に楽になって、ワンコが目をキョロキョロさせる。
「家族になるかい?」
わかるはずがないが一応聞くと、ワンコは目をまん丸くし、そのあとピシッとお座りの体制になった。
了承と判断。
「リオ。サリア。なんか食べ物ある?」
「牛乳あるよ!!」
「パンもある!!持ってくる!!」
年少2人に王狼の食事の用意は任せ、
「今日は?」
「何もなかったよ。」
「僕もです」と、1日の確認。
「じゃ、この子の名前はタロにする。」
タロウじゃない、タロだ(謎のこだわり)。
サンの仕事にタロの世話が増えたこと、あと、この軽く数人乗れそうな巨大犬のお陰で、王都の移動の問題が片付いたこと。
これは完全な棚ぼただった。
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