第41話 直せないなら身をもって知れ
8階の部屋に入った時から気付いていた。
ズルタン商会会頭、カイル・ズルタンには魔力がある。
多分本人も気付いていない。ピンポン玉程度の青の魔力。彼自身が虐待しこき使った、水の魔力持ち『水道』達と同程度だ。
以前ユタさんに、
『魔力持ちは魔力持ちに敏感だ』と聞いている。
同族嫌悪だ。
歴史上の虐殺者みたいだなと思ったが、彼と比べるには小物も小物。
けれどもし、立場が揃ってしまえば?
万一彼が王様ならば、歴史で習った虐殺が始まる。
決して笑えない勘違いは、その身をもって知ってもらおう。
「じゃ、あんたが魔力持ち達にしたことを、体感させてあげるよ。」
自分に魔力があることを知らないカイルは、
「何を?」と怯える。
そりゃ、殴ったり蹴ったりされると思うよね、自分がそうやってきたんだから。
でも、実はもっと大変だから。
わたしは自分の魔力に集中する。
透明な魔力をカイルに伸ばし、体の中の青の魔力を押し出していく。
強制覚醒だ。
50年以上使われることのなかったカイルの魔力は、ささやかな癖に抵抗する。
その時違和感というか、体をかき回されるような感覚があるらしい。
「うっ、・・・なんだ、これ?ぐうっ・・・いったい何が?・・・」
胸を押さえるようにして、カイルがその場にへたり込む。
体を2つ折りにして苦しんで、次の瞬間!!
ブシャッ!!という、果実を踏み潰したような音がした。
カイルの全身から水が飛び出す。
いや、実際は違うのだけれど、毛穴という毛穴から水が飛び散ったみたいで、思い切り全身にかかった。
「うえ、被った。汚ね。」
魔力切れで動けなくなったカイルに、
「どう?これが魔力切れ。あんたが他人に強制したこと」と格好よく決めるはずが、
「リン・・・あんたねぇ・・・」と、押し殺したアリアの声にビビる。
振り返ると、アリア、ユウキ、カイトの3人が、カイル汁でずぶ濡れになっていた。
多分手桶1杯くらいの水量しかないはずなのに、無理やり押し出したせいなのかよく飛んだ。
「無茶する前に言いなさいよ、汚い!!」
「いや、初めてやることだし、予想してなかったんだって!!ごめん、アリア!!」
「毎度毎度雑なの、リンは!!」
「ほんとごめんって!!あと、一応汚くないよ、魔力で出した水だから。飲める水です。」
「飲みたくないよ!!」
いきなりの姉妹喧嘩勃発だが、カイルは魔力切れで全く動けないし、エトナは『泣き虫エトナ』のままだし、御曹司コンビは顔を見合わせ苦笑いだし。
あ、うちの弟達は?
気付いて見ると、リクがさすがの少年の反射神経で結界を成功させていた。サリア、リオは濡れていない。
「よかった。3人は無事だったんだ。」
「はい、でも・・・
ごめんなさい。アリアさんまで間に合わなかった。」
いや、全く予想外のカイル汁に、反応しただけ凄いよ、リク。
もう一端の魔法使いだ。
「あ、大丈夫大丈夫。アリアがわたしの巻き添え食うのは、もう運命みたいなものだから。今までも王鶏の生き血ぶっかけたり、川の水を大量にかけたり、基本ろくなことしてないから、わたし。」
無反省なピースサインに、
「威張るな、雑妹」と、アリアから後頭部に突っ込みを食らった。
いつもの姉妹漫才の後、
「で、反省出来た?」とカイルに聞くと、
「うぅ・・・」と、まだ呻くしか出来なかった。
魔力切れがきつ過ぎて反応出来ないと承知の上だ。
少し意地悪。
「まだわからないなら」と、かすかに復活した魔力を押し出した。
「止めて!!止めてくれ!!グワァッ!!」
再度魔力切れになるカイル。
コップ1杯分も出なかった水が、今度は倒れた下腹部あたりに集中して染み出た。
カイル汁、今度は別の液体に見える。
「リン。・・・あんた、わざとやってるの?」
頭が痛そうなアリアに、
「まさか。でも、あれ、」
「?」
「一応飲めるよ。」
「誰が飲むか!!」
2度目の突っ込みを頂いた、お約束だね。
ふざけるのはここまでとし、わたしは動くことも出来ない、ゼイゼイと肩で息をして話すことも無理そうなカイルに、今1度語り掛ける。
「いい?これがあんたがしてきたこと。
魔力持ち達を動けなくなるまで働かせて、愚図だ、役立たずだって、水を掛けたり殴ったり。はした金でこき使って、蹴り飛ばしもしたね。
これは正しいことだと思う?」
「・・・」
「彼らに正しい報酬と、これまでの行いに対し十分な補償を。使いつぶされて家で寝込んでいる、過去の従業員にも遡って補償を。今後も魔力持ちを利用するなら、十分な対価を支払う。約束して。」
促され、さすがに体感したことが大きかった。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、カイルが何度も頷いた。
「すげえ。妾と魔力持ちで、もう天文学的負債だわ。」
だいぶ素が出てきたユウキが、小さく口笛を吹いた。
いやいや、君達も傍観者でいさせないよ。
「で、今度は御曹司コンビに聞くよ?契約は必要?」
もう彼らも、わたしが規格外の魔法使い、しかも契約の魔法使いと分かっている。
父親が信じられなければ『契約』で縛ると提案すると、
「必要ない」と、カイトが言った。
「商会は僕・・・俺が継ぐよ。父さ・・・親父は引退だ。俺が絶対に約束は守らせる。一時は商会の規模も保てないかもしれない。でも、まともな商売をして、きっとまた発展させる。
ユウキも手伝って。」
格好いいのか悪いのか、今1つ締まらない弟の宣言に、兄は一瞬呆気にとられ、そのあと結局笑ってしまう。
わたしも少し楽しかった。素直で真っ直ぐ。それがこの御曹司のいいところだろう。
「わかったよ。親父じゃ真面目に働く気なんてなかったけど、カイト、お前が上なら協力するよ。」
兄弟の話が付いたところで、今回の馬鹿商会襲撃は一件落着というところか?
「ああ、でも。」
「?」
「会頭としての親父は引退だけど、魔力持ちとしては雇用するよ。いいだろ?えっと・・・リン?」
「へ?」
「商会が雇う、正しい条件の最初の魔力持ちにするんだ。」
純粋なお坊ちゃんが、意外にも斜め上の結論を出した。
偉そうに、呼び捨てにしやがって、この馬鹿御曹司め。
でも、息子の宣言に捨てられた猫みたいな顔をする父親も、腹を抱えて笑っている彼の兄も、何もかもが面白かったから、
「わかったよ、カイト。」
初めて名前で呼んでやった。
驚いて、けれど何故かすごく嬉しそうだったカイト。
リオが唇を尖らせて、アリアとリクが頭を抱える(君達、最近とみに反応そっくり)。
サリアは得意げに胸を張って。
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