第40話 人のふり見てわがふり直せ
「くそう!!なんでどこも開かないんだ!?」
キレ気味の大声が響き、無駄な抵抗を続けているのか?必死で逃げようとバタバタ動き回る音もする。
ついにダンジョン最深部?ラスボスの部屋の前に辿り着いた、リンです。
ったく、往生際が悪いおっちゃんだなぁ。
「どこもって、ここしか無いんじゃないの?出入口。」
純真な弟が聞き、
「違うよ。奥の方に避難通路があるんだ。襲撃云々想定しなくても、災害やなんかの時普通に危ないだろ、通路1本じゃ」と、理知的な兄が教える。
出会った頃は微妙な距離感だったユウキとカイトの御曹司2人組も、随分兄弟らしくなったものだ。
でも、まだまだ甘いな、ユウキ君。
「奥の避難通路以外にも、本棚をずらすと秘密の通路とか出てくる。あと、窓を開けるとシューターとかもあるよ、下までシューッと降りれるヤツ。
もっとも、その全てを結界張って塞いでいるけど。」
真実を告げると、
「うわっ、マジか」と、驚きつつも納得し受け入れたのがユウキ、
「父さん・・・」と、同じく受け入れつつも失望し、唇を噛んだのがカイトだった。
悪いね、御曹司。この先ボロボロ、親父さんのどうしようもない部分が出てくるよ。
覚悟して受け入れて、どうするべきか考えて。
「じゃ、開けるよ。」
会頭室のドアを開ける。
今までどうやっても開かなかった通路が開いたことで、部屋の中央の床にへたり込んでいた中年の小男が、パッと顔を明るくする。
彼がカイル・ズルタンか。
中肉で、背は小さめ。髪には白髪が混じり始め、目じりの深いしわは一見柔和に見える。しかし、海千山千の商人らしく瞳の奥は全く笑っていないと分かった。
骨の髄まで商人なのだろう、良くも悪くも。
カイルはドアが開いたことに歓喜し、そこに見たことのない人物・・・すなわち襲撃者がいたことにたじろぎ、それが女子供だったことに戸惑い、自分の息子が一緒に上ってきたことに混乱する。
1人百面相だ。
ああ、恥の概念はあるんだな、と安心した。
階段で喋ったパラレルワールド理論だ。人は1人1人すべて違う。その違いごと受け入れて共存できる世界が理想だが、あまりにかけ離れすぎると働きかけそのものが無意味になる。
極端な話、痛みを感じない人間を痛めつけても疲れるだけだし、恥を知らなければ辱めても意味はない。
やらかしがえげつな過ぎて、言葉(と物理によるお仕置き)が通じないタイプかと心配だったが、それは杞憂で終わりそうだ。
でも、敵が女子供と分かったせいで、少し安心し始めてるな。
分からせましょう。
「えーっと、わたしはリン。魔法使い。まずはサルでもわかる実践から。」
進み出て、背後に手を振る。
「お出で、エトナ。」
瞬間2組の兄弟達をかき分けて、逆立ちのままエトナ・ロンドが登場した。
カイルが大金をかけて雇い、ある意味1番頼りにしている強力な魔法使いであるはずの、あのエトナだ。
通称で逆立ちエトナ。わたしの契約に縛られて、鼻血を吹きながら逆立ちで歩く、謎の新生物。
「うわっ!!頼む!!もう許してくれ!!」
叫びながら会頭の面前まで進み出たエトナは、契約が終了したとともに解放され、その場に潰れた。
疲れ過ぎて、頭に血が上りすぎて動けないエトナは無視し、
「わかった?」と、わたし。
「あなたが頼りにしている魔法使いも、わたしには太刀打ちできないの。つまりもう、逃げ場もないし抵抗も出来ない。」
「う・・・いや・・・」
「わたしはこの商会のやり方も、あんたの生き方も受け入れない。いくつか誓約させるけど・・・」
「?」
「エトナ。」
全ての不平等な契約にかかわった魔法使い。自分の力に酔い、他人の運命を握ることに喜びを見出していた、残忍な腐った気性の馬鹿男。
ただ1つ尊敬出来るのは、本当に最後まで往生際が悪く、どこまでの一貫して卑怯者、油断も隙も無いって点か。
わたしはエトナに背中を見せている。わずかに回復した魔力で、起死回生の契約を結ぼうとした。わたしを支配下に置くように魔力を伸ばす。
ただ、彼は知らない。
わたしには、今思えば『鑑定』持ちの効果だろうが、『魔力が視認出来る』こと。
彼がやろうとしていることも見えていたし、伸ばした魔力が相変わらずの魔力差にビビり、わたしの周囲で滞留しているのもわかっている。
「説明してあげなかったけど、わたしの目には魔力が見えるんだ。あんたが隙をついて支配を企んでるの、丸わかりなんだけど。」
ため息交じりで伝えると、彼は自分が何をしてしまったか理解して顔色をなくした。
こんな奴、そのまま野に放っては害悪が大き過ぎる。
「アリア、代筆して。」
会頭室の中は、7階から放った『不平等な契約を全て燃やす炎』のせいで、ほぼすっきり紙状のものは焼け落ちている。
けれど逆に、何も書かれていないメモ用紙や筆記用具は残っていた。
アリアがデスクに進み出て、その場でペンと紙をとる。
「ふーん。まだこの人、そんなことをしてたんだ。」
あれ?意外と怒ってるな、姉ちゃん。
アリアがわたしの言葉を代筆、新たな契約を目に見える形で発動する。
「エトナ・ロンド。
この先魔力を使おうとする度、全ての魔力が霧散して魔力切れを起こす。
未来永劫、死ぬ瞬間までこの契約を有効とする。」
「・・・有効とする、っと。
うわっ、えげつないね、これ。」
普段の優しさはどこへやら、契約のメモを書き上げてくれた。
エトナの前にそのメモを落とし、
「はい、契約完了。魔法使いとして終わったよ」と、止めを刺す。
「えっ・・・嘘だ?・・・」
エトナはメモを右にし、左にし、ひっくり返して狼狽する。もちろん破こうとして、破けない。これまで自らが他者に味わわせた絶望を、今体現しているだけだ。
同情も憐れみも引けないのに、
「嘘だ!!嘘だぁ!!」と泣き叫び、あまつさえ殴り掛かってくる。
ほんと、ある意味尊敬するよ。
魔法使いとして他人を縛り、陥れることに酔っていた彼にとって、『魔法使いではなくなる』こと自体、人生の終わりなんだと思う。
ただ、同じように他人の人生を終わらせてきた自分を、まったく反省できないのなら同情の余地は0だ。
身体強化は切った状態で、思い切り殴りつけた。
「魔法使いが体術を使えないなんて思わないでよね。」
言い捨てたが、聞こえたかどうか?
エトナは床に転がって、ただただ声をあげて泣き続けた。
自業自得の見本市に、わたしの兄弟達も、御曹司2人組も、会頭のカイルさえも何も言えず、ただおっさんのすすり泣きが響いていた。
わたしはカイルに向き直る。
「で?あんたはどうする?」
「え・・・」
「わたしは今やったように、強制的に契約を結ぶこともできる。いくつか誓約させたいと言ったはずだよ?あんたは?会頭?」
小娘に上から目線で促されても、もう逃げ道も助けもないことを、子飼いの魔法使いの有様に嫌と言うほど理解したのだろう。
「条件は?」
聞き返す声が震えていた。
その後はスムーズに話が進んだ。
まず第1に誓約させたことは、まともな商売をすること。
他人の弱みに付け込んで不平等な売買をしない、せめて市場価格の平均値で取引をすること。
これは特に損をしろとは言っていないため、カイルも受け入れ易かった。
そして第2が、彼の下らない選民思想に付き合わされた妾とその子供達への補償。
カイルは、自分の血を引く少しでも優秀な娘と息子を手に入れるため、結構な数の妾を持った。
ただ、『少しでも優秀な』という部分が難点で、
「ユウキ。御曹司。あなた達兄弟は公式には9人だけど、知ってる?」と聞くと、
「ああ」と頷くのがユウキ、
「ほんとに?」と戸惑うのがカイトだ。
現実はより腹立たしい。
「でもね、それ以外にも7人いる。優秀じゃないから、1番ひどいのは生まれた時股関節脱臼で生まれて、将来足が不自由になるかもって切り捨てた子もいる。今は肉体的ハンデは背負ていないけれど、生まれた途端養育費0,母親となった人にも何も与えず放り出してる。本気で最悪だよ、あんた達の親父。」
7人の子と7人の妾。
公式には一夫一妻制の世の中で、シングルマザーの苦労がしのばれる。
この最悪を是正する。
「彼女らに慰謝料と、遡って養育費を。大商会の会頭として、恥じることのない額を補償して。」
冷たく言い放つと、カイルは視線をうろうろさせる。
本当に恥の概念があってよかった。自分自身の子供達に汚らわしいものを見るような目で見降ろされていると知り、
「わかった」と小声で言った。
「あと、今いるお妾さんにもちゃんとした援助を。基本せこいんだよ、あんた。養育費、大銀貨3枚とかの人もいるじゃん。」
「う・・・」
「やったことに責任を持て。当たり前でしょ?」
「わかった・・・」
完全敗北の父親に、
「はは。ここだけで馬鹿みたいな大金だ」と、ユウキが笑った。
そしてここからがわたしの本命だ。
「じゃあ、最後。魔力持ちのことだけど」と言いかけると、
「魔力持ちだと!?」とおうむ返しにした、カイルの顔に嫌悪感が混じる。
いつからこうなったのだろう?
商会が魔力持ちを利用しだした、その頃は相手も普通の人間だとわかっていたのだろうが・・・
長く不平等な関係を築くうち、彼は完全に誤解している。魔力持ちを下に見て、利用して当然、虐げて当然と思っている。
なら、身を持て知ってもらいましょう。
わたしは兄弟達に振り向いて告げる。
「このおっさん、魔力あるよ。」
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