第39話 カインの理由
俺はユウキ。家名はない。王都生まれの私生児だ。
母は元トップダンサー。いわゆる芸能人ゆえか常識的ではなく、あけっぴろげで純粋だ。なんでも素直に話してしまう。
だから俺も、自分がズルタン商会の会頭の子であることを幼いうちから知っていた。父には正妻がいて、自分はいわゆる妾腹だ。
この国は一夫一妻制だったが、必ず女性と子供の面倒を見ることを条件に、第2、第3夫人以下を持つことを黙認している。
父がいない寂しさはあるものの、だからって欲しいとも思わない。母と2人、暮らし向きも悪くなく幸せだった。その金がズルタンから出ているのは承知だったが、俺が成人する時までは当然の権利だ。
俺は幸いにも頭はよかった。下級学校から王立第2中等学校までの10年間、ずっと首席を取り続けた。
王立第2中等学校は、王都の商人街の近くにある。
5年の間そこにいる商人達を見続けたが、1番感じが悪いのがズルタン商会だった。
何故ああも居丈高なのか、他の商会を馬鹿にしたり、時には王都から出ようとするズルタンの商隊が下働きを蹴り飛ばす。
人を人とも思わない、嫌な連中。
それが見たこともない父の商会への俺の評価だ。
関わらないでおこうと思った。俺と母の人生に、下衆な父親など必要ない。幸い第2とはいえ王立中等学校の首席なら、就職先もあるだろう。
けれど、俺は自分の父親の下卑た性根を、甘く見ていたと後に気付く。
父が接触を持ってきたのは冬が近い頃だった。
ズルタンの家名を与えるから、商会に入るよう言ってきた。
正直、話があるならもっと早いと思っていた(もちろん断るつもりでいたが)。卒業までは数か月あるが、俺自身は4月で16、成人している。自分のことを自分で決める、権利をすでに有していた。
だが、敢えてタイミングを遅らせたことに意味があった。
丁寧に断ると金の話を始めた。
子供が16歳になった以降は、父親は養育の義務を負わない。慣例的に中等学校卒業までは支払うものだが、『必ず』ではない。すでに俺は半年ほど、彼から金銭を借りている状態にあると言うのだ。
母に払われていたその金は、彼女を妾とし定番の人生を歩めなくしたその償いもあるはずだが、彼はあくまで養育費と言い張った。
月額金貨4枚。2人暮らしには破格の条件だったが、恐らくこれもわざとだろう。金貨30枚近い借金、ここから数か月学生生活が続く俺には支払うことは不可能だ。
商会を拒否するなら借金を返せ、同時に母に対する支援を打ち切ると通告された。
世間知らずの元芸能人はすぐに干上がる。大体があの純粋で優しい母に、そんな苦労は掛けたくなかった。
でも、下働きを蹴り飛ばすような、そんな嫌な商会にも協力なんてしたくない。
悩んだ末契約を結んだ。
ズルタンには契約の魔法使いがいて、結んだ約束事の絶対の履行を迫るという噂は本当だった。
ブクブクに太った契約の魔法使いが、その後の俺の人生を縛った。
曰く、
『ズルタン姓は名乗らない代わりに、この半年余りの借金は返すこと。
プラス母への援助はこれまで通り月金貨4枚を支払い、それも息子の借金とすること。
息子は借金返済のため商会に入ること。
その給料の半分を常に借金返済に充てること。』
つまり、俺は俺を諦めたのだ。
商会から初任給は金貨2枚と聞いた。1枚ずつ返しても、月に3枚借金が増える。
昇給していけばいいのだが、俺は真面目に働く気がない。こんな腐れ商会のために働くなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。
あとは『いらない』と思われない程度に働いてお茶を濁し、いつか俺の人生が終わるとともに、膨れ上がった借金ごとあの世にもっていく算段だった。
階段を上りながらの身の上話に、
「くそう!!知らなかった!!くそう!!」と、何度も弟が呻いていた。
俺達は襲撃者の5人兄弟と、父の部屋に向かっている。
真面目に苛立つその姿に、本気で弟は何も知らなかったと分かった。
自分の家の家業のことだ。それではいけないし、愚図で間抜けな話だったが。
ただ、素直で真っ直ぐないい奴なんだとは思えた。
見直した・・・と言うよりは気づいていたよ、会った時から。
いい意味でも悪い意味でもお坊ちゃんだ。
あの父はともかく、彼の周りの人達はとことん彼を甘やかし、守り切ったと推測される。
子供みたいに純粋で、曲がらないままここにいる。
「パラレルワールドだよ」と、黒髪の子が言った。
「パラレルワールド?」
「うん。」
「またわけのわからないことを、リンは。」
「ンなことないって。
例えば、トマトがあったとするでしょ。以前食べて美味しかったと思う人、不味かった人、食べたことのない人がいて、同じトマトを3人が見る。
1人は『うまそうだな』と思い、1人は『不味いから食べない』と思い、1人は『赤くて気持ちが悪い』と思う。
同じトマトを見たのにさ。
ちょっとずつ違った世界が重なっているのがパラレルワールドで、人はその育ちや状況によって、同じものを見てもそれぞれ違った評価を下す。
みんな違って当然だから、ユウキと御曹司の違いも当然じゃない?」
ニコッと笑った彼女を見て、俺は『綺麗な子だな』と思ったけれど、確かに弟は違うらしい、何故かぶすっと不機嫌になる。
「みんなが違って当然だから、認め合える世界でいたい。みんな一緒に笑っていたいのが理想だから、違いを理由に自分側に引き込もうとしたり、人を傷つけたりする馬鹿は許せないんだよね。」
8階の扉が迫っていた。
魔法使いと何度も言った、彼女の体から『殺気』と言うか、『怒り』と言うか、意志のようなものが立ち上がる。
不意に振り返り確認した。
「で、今から君らの父さん懲らしめるけど、いいね?」
勿論だ。
頷く俺と、
「僕のことも名前で呼べよ」と、見当違いな不満をぶつける弟。
何をいきなりと思ったが、いや、もう、カイトらしくて笑えるよ。
黒髪の子も同じだったのだろう、
「君がもっとしっかりしたらね、御曹司」と舌を出した。
「なんだよ!!」
「少なくとも、自分のこと『僕』なんて言うお坊ちゃんは認めないわ。」
からかっているのに、結構な意地悪を言っているのに、片目をつぶって見せるから綺麗過ぎてびっくりした。
今回はカイトも同じだった、
「くそう」と言いながらも顔を赤くする。
やった本人だけは無自覚なようで首をかしげていたが。
突然一行で1番小さな少年が、
「リンちゃん、オレねぇ」とか言い出し、場を混乱させる。
「リン・・・真面目に天然で無自覚キラーなんだから・・・」と、金髪の子が頭を抱え、
「すごい攻撃力でしたね」が、年嵩の少年。
「リンちゃん、格好いい」と、何故か幼女が盛り上がっていた。
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