第38話 アベルの事情
僕の名前はカイト・ズルタン。国で10本の指に入るズルタン商会会頭、カイル・ズルタンの4男だった。
『なんで過去形?』と思ったかもしれない。別にそういう意味じゃない。ただある種の感慨がある。
僕が自分が4男だと気付いたのは、ごく最近だったから。
ずっと自分は、9歳年上の兄カイジ、3歳上の姉アイ、で、次男である自分の3人兄弟だと思っていた。
けれど3年前、16歳になり成人した姉が王都支店に見習いに行くことになり、荷物を準備しながらふと呟く。
「まあ、王都には兄がいるからいいか。」
ん?兄のカイジはシダナ支店のはずで、王都に移るなど聞いていない。
どういうことか訝しむ顔に気づいた姉は、
「ああ。カイトは知らなかったっけ」と、困ったように少し笑った。
後で考えれば、姉はずっと僕を守ってきたのだ。不都合な真実、残酷は現実からは遠ざけて、末っ子だけにいつまでもサンタクロースを信じさせるように、慈しんだ。
しかし、いざ自分が家を出ることになり、頃合いというより限界を感じたのだろう、僕に真実を伝えていった。
姉曰く、僕達にはたくさんの兄弟がいるらしい。
父のカイルには正妻である僕らの母以外にも、数人の妻がいる。
この国は一夫一妻制だが、王侯貴族や一部金持ちが『妾』とも表現される第2、第3夫人(人によってはもっとだが)を持つことは、公式に見逃されている。
まさか自分の父もそうだったとは?
「王都にいるのはキューって言って、あたしの3歳上だよ。」
つまり、彼が次男である。
「キューはかなり変わった奴でね・・・」
キューは王都の女給を母として生まれた、変わり者の天才らしい。
制度では、子供は6歳から下級学校に5年通う。ここまでが義務教育で、誰でも平等に通えるように町立で無料。
その後は5年制の中等学校。5年生の途中で成人、卒業とともに働くのが一般的だ。
中等学校は、無料の町立、同じく無料だが入るために試験がある都立・王立、そして学費が必要だがその分きめ細かい指導をする私立とある。
キューはこの王立第1中等学校を、入学以来1度も譲らず首席のまま卒業した。名実ともに国1番の頭脳だった。
当然父であるカイルが動く。
ズルタンの家名を与えるから、商会に入って働くように。
それを聞いたキューは、
「家名は別に要りません。働かせてくれるのはありがたいです。僕は適当に困らない程度に働いて、あとは研究がしたいんで」と、シレッと言ってのけたらしい。
キューは、本人は魔力持ちでは無かったが魔法に興味があり、魔道具を研究して暮らすことを望んでいた。
父も普段なら、
「こんな生意気な奴!!」とはねのけるはずが、あまりに高すぎる能力に手放せなかった。
結果キューは、家名なしの『キュー』のまま王都支店で運行管理や経理をしている。
彼がうちの次男である。
普通の人の半分以下の時間で完璧な仕事を行い、空いた時間を商会に与えられた個室を研究所に魔改造、ひたすら研究の日々を過ごしている。
「ね、面白い子でしょ?」と姉は笑い、そして王都に行ってしまった。
そして3年後、私立の中等学校を次席で卒業した僕は、スルハマ本店での見習いが決まる。
「カイト、同期にお前の兄がいるぞ」と父に言われ、さらに知らない兄がいるのが分かった。
僕達は同学年の兄弟だ。兄は4月生まれ、僕は翌年の2月生まれ。
「名はユウキ。王立第2中等学校の首席だよ」と教えられた。かなり優秀な男らしい。
後で思えば、父は僕のライバル心を煽りたかったのかもしれない。追いつめて実力以上の力を出させるように。
実に父らしい惨たらしい方法だったが、姉が必死で守ってくれた僕自身の性質上、なかなかそうはならないものだ。
実は少し楽しみだった。
会ったこともない兄。仲良くなれるだろうか?
ただ4月になり見習い修業が始まった日、その期待は裏切られることとなる。
ユウキは同性から見ても格好の良い男だった。王都出身。伝え聞くところによれば、母親はトップダンサーだったらしい。
父カイルは背が低い。その影響をもろに受けた、カイジと僕は平均より小さく、アイは背が高めの母親に似たらしく大女の部類。3人ともたれ目の愛嬌のある顔立ちだったが、容姿的には十人並みだ。
対してユウキは背が高く、細いけど筋肉質だ。母親似なのか、端正な顔立ち。深いこげ茶の髪色で、理知的な黒い瞳をしていた。
兄に対し気後れするのもおかしいが、緊張気味に手を差し出す。
「僕はカイト・ズルタン。君の弟です。」
と、兄は非常に面倒臭そうに顔をしかめ、
「ユウキ」と名乗り行ってしまった。
結局手は握られなかった。
そのあともユウキは僕を避けた。
商会内では同室でだったが、勤務中を理由に無駄話はしない。
成人を記念して、父がテラスハウスを与えてくれた。1人で使うには勿体ない部屋。当然隣人はユウキなのだが、彼はそこにも帰らない。ほとんど商会の仮眠室に泊まり込んでいる。
ある日ついに聞いてみた。
どうして僕を避けるのか?
商会の仕事も最低限こなすだけで、まるで熱が入らない。
一体どうしてここに来たのか?
僕の言葉に、ユウキは一瞬呆気にとられ、苦笑いを浮かべる。
「君は本当に・・・大事に守られてきたんだな、御曹司」と言った。
商会内で、僕もユウキも『御曹司』と呼ばれることがあった。実際会頭の息子だし、事実そのままの意味なのだが。
この時はひどく馬鹿にされた気がした。
以来兄弟仲は最悪だ。もともと全く話さないが、素直に目も合わせられなくなった。
ただ、僕は考える。
なんでユウキは僕を嫌う?
商会のことも嫌いらしい。なんで?
大体ズルタン商会は普通なのか?
人と絡む商人の仕事上、小競り合いがあることは分かる。けれど、こんなに頻繁に騒ぎが起こるものなのか?まだ働いて2か月にもならないのに、怒鳴り込んできた人、泣き叫んでいた人を両手両足の指で足りないくらい、見た。
これは普通なことなのか?
ごちゃごちゃと悩み深い日々だったが、ある日ついに特大の嵐が訪れる。
襲撃者は、僕達と同じくらいか、少し下かくらいの少女が2名、兄弟なのか、年少の子を3人連れていた。
「よく逃げなかったね」と黒髪の少女が笑い、僕の顔、ユウキの顔を代わる代わる見る。
そして真っ直ぐユウキに視線を合わせ、
「お疲れ様。頑張ったね、1人で」と優しく言った。
瞬間信じられないことが起こる。
いつも硬質な表情のユウキが、その表情のまま涙をこぼした。
「えっ?・・な、なんで?・・・えっ?」
事態に付いていけず慌てる僕に、
「魔法使いだから」と、黒髪の子がピースサイン。
いや、説明雑でわからないよ。
「まったく、相変わらずだね、リン」と金髪の子が乱入、補足説明してくれた。
「私達は魔法使いです。で、この子は『鑑定』って真実を見抜く力を持っていて、あなた達の事情を見抜いた、これでいい?」
「うん、そういう事。」
「ったく・・・」
見かけは全く違っていたが、この2人も姉妹かもしれない。面倒見のいいお姉ちゃんと、元気な妹という感じ。
妹の方が、
「じゃ、助けるよ」と、指先に炎を灯す。
何もないところから火が出てきた。
驚く僕にもう1度、
「魔法使いだから」と笑った彼女は、その炎を天井に向けて放つ。
炎はふわふわと登り、天井に点く(引火する?)と思った途端、建物をすり抜けて父のいる8階に向かう。
直後上階から叫び声が聞こえる。
不明瞭で内容まではわからない。けれど父が慌てている。
「商会有利のインチキ契約、みんな燃えろとは『契約』したけど。なかなかの大火事だね。」
面白そうに笑った黒髪の子が、
「あ、人は燃えないから、大丈夫」と、奇妙なフォローを入れた。
「じゃ、わたし達は上に行くから。行くよ、エトナ。」
「えっ!?もう!?ぎゃぁっ!!」
一行の動きに合わせ、何故か契約室の室長だった男が不格好な逆立ちをする。
これも魔法らしかった。
「じゃ、ユウキ君、だっけ?君を縛る契約は消えたから、帰っていいよ。
あと御曹司、君も解放。君は何にも知らないからね。」
言うだけ言って立ち去ろうとする背中に、僕は必死で食い下がる。
「待って!!」
「?」
「僕も連れて行ってくれ!!」
僕は見えていないらしい。
見なければいけない真実も、嫌気がさすような現実も。
真綿でくるまれるように大切にされた。それが僕の気性を守った。姉には感謝しているが・・・
もう『本当』を見なければならない。
「頼む!!」
必死で叫ぶと、黒髪の子はニヤッと笑う。
「見たくないこと、いっぱい見るよ。」
「分かってる!!」
「守られてる方が絶対楽だよ。」
「でも、駄目だ!!僕は本当のことを知りたいんだ!!」
夢中だった、僕が僕であるために。
僕のまま進むために。
「わかった、お出で」と、彼女が言った。
「ユウキも来るだろ!?」
自分でも何故そんな事を言い出したのか、よくわからない。
兄を誘うと、一瞬驚いたような、呆れたような顔をする。
ただ、一拍遅れて少し笑った。
笑ってくれた。
「呆れたやつだな、お前は。」
襲撃者5人と僕ら兄弟(プラス逆立ちエトナ)で、本丸に向かう。
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