第37話 鑑定魔法の汎用性に関する件
おはようございます。
ヘタレ隊長戦では習っていた空手が役に立ちました、リンです。
いやー、マジ『鑑定さん』便利だわ。
使っているうちに色々わかった。
なんで『鑑定』の下位互換が『契約』なんだろう?とは思っていたが、わたし、無意識でめっちゃ契約使ってましたぁ!
つまり、
「体強くしたい!」
「オッケー、10倍くらい?」
「もう一声!」
「じゃ、15倍くらいにしとくね」みたいな感じで、自分の魔力と契約を結び、常時発動で身体強化がかかっていたのだ。
もちろん任意で解くことも可能。大概戦う相手は屈強な男性キャラだし、有段者が思い切り蹴っても壊れない。これからもたまには素の体力で挑もう、すっきりするし(戦闘狂)。
それ以外にも、
「危ないから結界張りたい!」
「わかったぁ!」
「鶉の首を飛ばしたい!」
「オッケー!」
「霊の地縛が解きたい!」
「うえっ・・・オッケー」みたいな感じ。
この力、めちゃくちゃ使い勝手がいい。
あ、この『契約』の理屈だと、もしかして他者にも魔法が付与できるかも?素の体力がないとそもそも耐えられないし、程度の問題はあるだろうが・・・
アリアの体力2倍にして!くらいは出来るかもしれないな、いつか試そう。
しょうもないことを考えながらも、馬鹿商会の制圧は続く。
1階で19人、2階で12人が磔の刑(プラス1人土下座)。3階は同じく12人、4階は8人・・・
上に行くに従って人数が減ったのは、所謂『馬鹿と煙』である。商会内で偉い人ほど上の階で、固有スペースも大きいせいだ。
無罪放免にしたのは1階の受付嬢2人だけ。後はすべて、老いも若いも、男も女も等しく商会の実態を知り、分かったうえで甘い汁を吸おうとしたクズばかりだ。
本当に嫌な連中だと思った。
次の5階は3人しかいない(はい、索敵魔法で調査済みです)。
6階は無人、7階に2人、最上階は1人だった。
どんな馬鹿が出てくるかと扉を開けると、まず目に飛び込んできたのが最奥のデスクに座る、恰幅の良い中年男だ。
「なんだ!!貴様ら!?」
偉そうにふんぞり返った、彼の中には魔力がある。わたしの目はごまかせない。透明な魔力を持っていた。
エトナ・ロンド、37歳。男爵家の3男だったが魔力を持って生まれてきた。近隣の伯爵家に雇われ、契約の魔法使いとして働いていたが、当の伯爵家に余裕がなかったことと、エトナ自体が歪んだ上昇志向を持っていたことが重なって、ズルタン商会の積み上げた金貨の山に抗えなかった。
伯爵家には多額の違約金が、エトナ本人にも王侯貴族に引けを取らない高給が約束されたため商会の専属となった。
エトナ自身、他人を契約で縛り上げることを躊躇わないクズ。ズルタン商会の歪んだ支配構造を生んだ中心人物のようだった(鑑定さん、詳しい情報ありがとう)。
エトナは贅沢な暮らしで弛み切った体だ。無駄に豪華な飾り付きの服は盛り過ぎで、わたしの目にはピエロにしか見えない。
見苦しいなとも思ったし、その魔力量のささやかさも気になる。
エトナの魔力は、例えるなら軟式のテニスボール程度。
え!?こんな程度で貴族の専属になれるの!?
うちの子達、バレーボールくらいあるんだけど。2、30分の1しかない。
えーっ、これで威張ってられるのぉ!?
マジでぇ!?
それでも、同じ部屋にいた残りの2人を見て全てを悟る。
「?」
「・・・」
突然の場違いな訪問者に2人は一瞬は驚くものの、そのまま興味を失い机に伏した。老齢の男性と、30代の女性だ。2人とも疲れ切っていて、体の中に見える魔力はピンポン玉程度(ユタさんと同じだね)。透明で、契約の魔力持ちだったが、その体を別の契約の鎖がつないでいる。
つまり、商会が弱みに付け込み2人を縛る。老人は息子の借金で、女性は旦那の賭博の負け分。契約の魔力持ちを、より強い契約を持つエトナが縛り、逃げられないように働かせていた。やりたくもない酷い契約を結ばされ(『水道』などにだ)、魔力持ち相手の契約だけでは飽き足らず一般人や商人達も騙す。
悪いことをさせられるのは精神的に疲れ果てるし、大体が2人の魔力量では1契約結ぶ度に魔力切れで動けなくなるだろう。
きついな、これ。本当にロクなことをしない。
事態の把握は鑑定で一瞬だった。
「我が商会に何の用だ!!」
激高したエトナが格好良く(?)右手を前に出す。
行動自体が時間の無駄だが、彼から透明な魔力が放出された。魔力の線は5本。わたし達兄弟全てを支配下に置こうとしている。
あっ?わたしとアリアは自由を奪って、それから・・・みたいなことも考えてるな?ほんと、どうしようもないクズだな、こいつ。
ただ、それがわかったのは魔力が見えるわたしだけだが、エトナの契約は寸前で止まった。
魔力勝負は単純明快、強いものが勝つだけだ。膨大な魔力を前に、エトナの魔力は縮み上がって動けない。蛇に睨まれた蛙だ。エトナ自身だけがそれに気付けないのは滑稽だった、5本の線は1つとしてわたし達に触れられない。
1歩前に踏み出すと、エトナの魔力は触れたくないあまり霧散した。
パキンと硬質な音がして、一瞬光が舞う。
「えっ、なんで?」
思い通りにならなかったことだけは伝わったらしい。間抜け面のエトナが2回目を発動、すぐに魔力は霧散する。
「くそう!!何をしたんだ!?」
いや、君の魔力が負け犬なだけだよ。
3回目、で霧散。4回目、でまた霧散。
都合5かける4で20回契約を発動したな。
5回目を打とうとして・・・
「ぐえっ。」
蛙の潰れたような声を出し、エトナが机にぶっ倒れた。
魔力切れだよ、馬鹿だな、こいつ。
大体がこの男、こちらとの彼我の魔力差に気付いてもいない。2階のヘタレ隊長すら気付いていたし、ユタさんだって『魔力持ちは魔力持ちに敏感だ』と言っていた。
能力的な問題より、無駄に高い気位や無駄な自信が邪魔をしているのだろう。
契約をかけた本人であるエトナが昏倒しているのに、下働きの2人の契約が切れない。魔力の糸を探ると、デスクの引き出しにつながった。
ああ、なるほど。
こういう時のためと言うより、より絶望させるためなのだろう。魔力持ちとの契約は明文化されて書類になっている。契約を書類にすれば破ることも燃やすことも出来ない、目に見える枷となるのだ。
趣味悪いなぁ・・・
鑑定で探ると、書類は20枚あった。今は商会にいない人の分まで、数枚。使い潰され家で寝込んでなお、まだ縛られていると思ったら気の毒すぎて・・・
カッと頭の奥が熱くなった。
ぶちキレる一瞬前に、
「リン!!」とアリアの強い声。
いつもみたいに回復魔法が飛んでこないことに、逆に信頼を感じ・・・
大きく息をつき深呼吸。
「ダイジョブだよ、アリア(なんで片言?)」と、片手をあげる。
子供達には今回は見学だと厳命してあった。手出し厳禁、見学のみと。
でも少し手伝って貰おう。
「リク。」
「はい。」
「あの2人に回復魔法かけてあげて。だいぶ疲れてるみたいだし。」
「わかりました。」
「あのおっさんは除外で。」
「もちろんです。」
被害者ケアは弟に任せ、わたしはエトナに向き直る。『鑑定さん』の汎用性だ、透明な魔力を使って引き出しをこじ開けた。
「っっっ!!」
元来誰も手出しできないように魔力でガチガチに封じていたはずだから、倒れて動けないエトナが驚愕する。
フワフワと書類の束が浮かび上がり、わたしの元へ。
魔力でグチャッと潰してもいいのだが、いっそ誰からも理解できるよう、赤の方の魔力を放出、火をつけた。
「はは!!馬鹿め!!それは破ることも燃やすことも!!」
「できない」と言いたかったエトナの前で、書類はパキパキ硬質な音を立て(契約が壊れる音か?)燃え上がって消え落ちた。
「えっ・・・なんで・・・」
茫然自失のエトナに止どめ。
「あんたが弱いからに決まってるじゃん。」
言い切ると一瞬憤怒で顔を真っ赤にし、しかし実際太刀打ちのできない事実、動かしがたい現実を前に、やっと魔力差に気付いたのだろう。真っ青になる。
ヘタレ隊長に使ったパターンだ。
うるさいから上から魔力で圧し潰してやった。
「ぐえっ・・・」
「ちょっとそのまま待ってて。」
苦しむエトナは軽く放置し、わたしは残りの2人に向かう。
2人はリクの回復魔法で少し生気を取り戻していた。
「保障とかの話はわたしが馬鹿商会とつけるから。取り合えず2人を縛る契約は壊した。もう家に帰っていいよ」と告げると、
「ありがとう。」
「本当にありがとうございます」と、嬉し涙をこぼしながら、2人は家に帰っていった。
週に1度か2度しか帰れない。やりたくない酷い契約を結ばされ、その度に魔力切れで昏倒、バケツの水をかけられる。
苦しい毎日だったと思うよ。わたし個人としては2人とも、借金癖のある馬鹿息子と馬鹿旦那とは縁を切ることをお勧めするが、それでもあんなに帰りたい、大切な家なんだと思い直す。
みんな家に帰りたい。
当たり前に幸せに生き、当たり前に暮らしたいのだ。
大好きな人達と。
そういう権利を奪おうとする、この馬鹿商会は許さない。
「ひいい!!」
デスクと魔力の壁に挟まれ青息吐息のエトナは、気付いたらわたし達兄弟に囲まれていて悲鳴を上げた。
今はもう、一矢報いるどころか不意打ちさえ不可能な実力差に気付いている。
年貢の納め時だが、
「許してくれ!!俺は商会に強制されて!!」と嘘をつく。
往生際が悪すぎて虫唾が走るよ。
「それは嘘。あんたは喜んでやってたよ。」
「うぐぅ・・・」
更に圧し潰しながら、思いついた。
どうせならこいつで実験しよう。わたしの『鑑定さん』、超便利だから。
いくつもの契約を破壊したことで、だいぶ理屈がわかってきた。
わたしは初めて意図的に、第3者に契約魔法を施した。
魔力の壁から解放すると、自分の意志ではない『契約』に操られたエトナはギクシャクと動き、
「えっ?」
「なんで?」
「・・・」
「変なおじさん。」
皆に好き勝手言われながら、その場でいわゆる逆立ちをした。
繰り返すが、エトナは恰幅のいい、贅沢な暮らしのせいで弛み切った肉体だ。おそらく倒立なんかしたこともないし、すること自体が恐怖である。
「え・・・なんで、これ・・・ギャアーッ!!」と叫びながら、物理的には絶対倒れる、バランス最悪、腕だって体だって曲がっているし、なのに倒れられない倒立地獄に突入した。
本来なら体を弓なりにして、頭は前へ、バランスを取るものなのに、怖いので顎を引いてしまっている。体は腹で逆側に折れ、普通なら倒れるか元に戻れるはずが戻れない(契約だから)。
新生物みたいで笑える。
「リン、何やったの?」
アリアさん、苦笑い。
「今から上を制圧するけど、その間逆立ちで付き従うように契約したった。」
「リンさん・・・」
リク君も苦笑いだね。
君達、反応似てきたわ。いいじゃんか。死なないし、ピエロ親父はそこそこ辛いだろうけど、物騒でもなんでもないよ。
「変なの?」
「変わった人だぁ!!」
サリアとリオは覗き込んで・・・
やばい。こっちの2人はわたしがしそうな反応をしてる。
そのあと5人プラス1で6階を探索。
「おかしいな、誰もいないな(棒)。」
逆立ちエトナを連れて敢えてグルグル歩き回った6階は、4段ベッドなんて人生で初めて見たな、たこ部屋以下の仮眠室(一般商隊員用)と、使う人のランクで決まるのか、個室だったり相部屋だったりの、もう少し人間的な仮眠室。
敢えて2周目を行こうとすると、
「リン・・・」
「索敵魔法で、最初から無人だって気づいてますよね」と、アリア、リクの常識人コンビから突っ込みが入った。
ちぇーっ、もう少し遊びたかった。
逆立ちエトナはブルブル震える腕で(でも潰れられない)、涙と鼻水と、ついでに頭に血が上りきっているのだろう、鼻血をまき散らしつつ、
「許してくれ!!」と懇願する。
甘いなぁ。今まで君がしてきたことと比べれば、まだまだ足りないのは明白だったが・・・
わたしも少しは優しくなった。
「じゃぁ」と次の契約を発動。
「7階の御曹司達に、わたし達が来ることを伝えてきてよ、逆立ちのまま。そしたら1回休ませてあげる。」
ニッコリ笑顔で伝えると、
「えっ!!うわぁっ!!」
自分の意志は関係なしで、エトナの萎え切った腕が動き出す。7階への階段を駆け上がった。
あまりの恐怖に泣き叫んでいたよ。
索敵魔法と鑑定の併用だ。すでに上階の3人の素性は知れている。
8階がこの商会の会頭である、カイル・ズルタン、51歳。さっきから必死で逃げようとしているので、魔力の壁で部屋に閉じ込めている。
そして7階が・・・
「よく逃げなかったね。」
扉を開けた途端言ってしまった。
そこにいたのは2人の青年。
年は、わたしやアリアと変わらない。昔の言い方なら学年が上な、16歳になって成人し、商会に修行に出された会頭の息子達だ。
3男ユウキ・・・は家名がないから妾腹らしい。
4男、カイト・ズルタン。
同い年の兄弟は、ただわたし達を待っていた。
逃げも隠れもせず、審判を待つように。
大体が鼻血をまき散らしているエトナが、逆立ちと言う異様すぎる状態で、
「敵が来ます!!御曹司、逃げてください!!」と、泣き叫んでその場で潰れた(次の移動までは契約を一旦解除したので)。
そんな異常事態からも逃げなかった2人はなかなかの胆力だ。
8階の馬鹿親父より大分マシなようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます