第36話 メイ・ストーム(それ5月に振られるヤツ!)

その日、商会は落ち着かない雰囲気に支配されていた。

昨日事件があったからだ。

いつも11時過ぎくらいに出勤する、会頭一族まで店に来ている。

まだ9時前だというのに。

昨日の昼頃、御者が真っ青になって飛び込んできた。要領を得なかったが、とにかく来てくれと言うので数人で見に行くと、

「えっ!?」

「なんで!?」

シダナ支店との定期便が流砂に飲まれていた。

便宜上『流砂』と表現したが、もちろんそんなことが起こるような地形ではない。

ただ他に表現のしようがなく、彼らは街道に埋まっていたのだ、首だけ出した状態で。

落とし穴に落ちたとかでもなく、まるで地面から彼ら自身が生えたように、ガッチリ道に埋まっている。

とにかく、放っておくことは出来ない。壁の外は巨獣に襲われる可能性もあり、身動きできなければただの餌だ。人を集めて彼らを掘り出し、作業工程上破壊した街道を整備しなおす(街道破壊は死罪になりかねない重大犯罪だ)。

結果薄暗くなるころにスルハマに戻ることが出来たが・・・

商隊管理(行程の予定を組んだり、買い付けに行くもの、売りに行くものを指示したりの仕事だ)の責任者の自分は、彼らからの事情聴取に追われることとなった。

とりあえず、意味が分からない。

曰く、

「急に足元が砂になった」とか、

「突然すぎて何が何だかわからない」とか、

「子供の姿が見えた」とか。

ああ、あと、

「小娘に襟首掴まれて埋められた」とかもあったな。

それはさすがに意味不明が過ぎる。

ただ彼らの証言の中に、1つ聞き逃せないものがあった。

「水道が逃げた」と、言った。

『水道』とは各商隊に付けている水の魔力持ちのこと。

壁の外を巨大な獣が支配する現状、商人とは危険を伴う、山師めいたところがある。

1か10かの勝負の世界を我がズルタン商会が勝ち抜いてこれたのは、魔力持ちを利用する術に長けていたから、と自分は思う。

魔力持ちは1万人に1人と言われ、強い力を持つものを王宮が、中程度のものを貴族が独占していた。

商会が目を付けたのは、その更に下の存在。魔力があっても生活に使う程度、社会的価値がない魔力持ち達を契約で縛り、強引に働かせることに成功した。

そのために、貴族の専属だった契約の魔法使いを金に飽かせて引き抜いた。弱みに付け込み不利な契約を結び、逆らえないようにした。

『水道』さえいれば持ち物としての水がいらない。荷物が減る分動きが早くなるし、水の分だけ多く荷物を運ぶことが出来る。

現在商会には、『契約』が3人(うち1人は前述の魔法使いだ)、『水道』が9人いる。あと、回復魔法の劣化版『痛み止め』が4人。

彼らは商隊から50メートル以上離れられないはずなのに?

何か、予定とは違う事態が進行している。

不安感から皆が浮足立っていたその時、

「お客様困ります!!まだ開店前なんです!!」と、受付嬢の声が聞こえる。

『安く買いたたき高く売る』がモットーのズルタン商会だから、各所の恨みは買っている。また、その条件でも商会を利用するしかない人物・・・脛に傷持つ人物ばかりが来店するから問題行動を起こされるのは慣れっこだ。

危険な相手なら2階の荒事部隊を呼べばいいし・・・

「どうした?」と、責任者用の個室から出ると、そこには場違いな子供達がいた。

「ったく、マジ付いて来るんだもんな!!」

「当たり前です!!」

「あんた1人じゃ何やるかわからないじゃない!!」

「リンちゃん、大好き!!」

「絶対に離れない・・・」

止めようとする受付嬢は完全無視だ。開店前にズカズカ入ってきた子供達は、客ですらないらしい。誰1人、周囲の大人を気にしていない。

苛立って詰め寄った。

「なんだ、お前ら!!子供だからって容赦しな・・・」

言い終わる前に硬質な何かに吹き飛ばされる。

「うわっ!!」

「きゃあっ!!」と声が上がるのは、全員に同じ現象が起きているからだ。

そこにいた商会員全員が、目に見えない壁状のものに押され建物の壁との間に磔になる。


「リンちゃん。それ、あの時お父さんに使ったヤツ?」と、リオが聞いた。

「覚えてるの、リオ?」

「うん。」

ほとんど意識がなかったはずの、実家での一幕である。

最悪な記憶だろうに、

「強いな、リオ」と頭を撫でると、嬉しそうに照れ笑い。

うん、笑えるならオーケー。

結局兄弟全員で、馬鹿商会に殴り込みを敢行した、リンです。

『鑑定さん』で壁を作り、1階にいた全員を磔にした。ここまでは3兄弟を救った時と同じだが、『透明さん』が『鑑定さん』と分かったためか、磔になった全ての人の情報が伝わる。

多分これまでもそうだったのだろうけど、わたしが『鑑定さん』の声を聴いていなかった(反省)。

ああ、こいつはアウトだわ。管理責任者らしいが、魔力持ちにしていることを全て承知だ。人間のクズだ。

目の前で指を鳴らす。

「おっさんアウト。」

「あ・・・ぐえっ・・・」

壁がグイグイと狭まり、身動き取れない状態の彼は顔を歪める。体中がきしむだろうが、骨は折れない程度だし、苦しいだろうが反省したまえ。

この姉さんはセーフだな。もう1人の受付嬢もセーフだ。

商会のあくどさに気付いてない・・・と言うか、気付ける立場じゃないのだろう。

彼女らは解放。

魔力の壁が消えて急に自由になった、

「えっ?」

「なんで?」

戸惑う2人に、

「今から悪い連中を懲らしめるから。君たちは帰っていいよ」と促すと、慌てふためき出て行ったよ。

残りは1人1人確かめたが、全員がアウトだった。商会がしている非道を承知で働いている者、いっそ流れに乗って魔力持ちを虐待していた者などだ。

全員磔、ギリギリと魔力で圧し潰す。もちろん死なない程度にだけど。

「今から片が付くまでそうしててね。」

優しく言って2階へ向かう。

1階だけで19人が磔の刑。

「ねえねえ、アリア。」

「なに?」

「あの男、どう思う?」

オース、26歳。ズルタン商会所属の商隊員。父、母、兄がいる。・・・

『鑑定さん』が教えてくれる。

無駄に髪を整えて色気づいた感じ。いけ好かない男の上に、魔力持ちを蹴ったり殴ったりと調子に乗っていたようなので、

「なぜ私に聞く?」

「いや、あいつさぁ。」

「?」

「7年後禿げるよ。」

どっかの漫画みたいなセリフで止めを刺した。

もしかしたら兆候を感じていたのかもしれない。

オース君、号泣してたよ。


なんなんだ、これは?

考えても答えが出ない。

わかるはずのない常識外にパニックしながら、俺はトイレの個室で息を潜めた。

ズルタン商会の2階は荒くれ者の控室になっている。

評判の悪い商会だ。殴り込みめいたことや厄介な客は日常で、荒事対策のため乱暴者が雇われていた。

俺はその取りまとめをしている。

その日、階下から叫び声が聞こえてきた。

また殴り込みかと階段を降りかけた俺は、一瞥して逃げを打った。

これはやばい。あり得ないことが起こっている。

こんなもの、地域の乱暴者レベルじゃどうにもならない。

仲間も何もかも捨てて、個室に逃げ込み今に至る。

「うわぁーっ!!」

「ぎゃあーっ!!」

2階からも叫び声が上がり始め、あの化け物達が襲ってきたと知った。

1階を覗いた時・・・

商会員達が壁に磔にされている異様さより、そこにいた子供達の異様さの方が目を引いた。

自慢ではないが喧嘩上等、武を糧として生きてきた俺は、第6感に優れている。

自分より強い者からは隠れ、弱い者だけを攻撃してこなければ、この世界では生き残れない。

つまり・・・あの子供達は完全な強者で・・・

「って言うか、隠れ切れると思ってたの?」

1人息を殺していたはずなのに、突然話しかけられた。

バキッと音を立てて個室の壁に穴が開く。そこから入ってきた腕が俺の襟首を掴む。そのままバキバキと壁を割りながら引きずり出された。

「索敵魔法持ちを欺こうなんて甘いんじゃない?」

目の前には黒髪の少女が。

「う・・・」

何をされたわけじゃないのに、声が出せないほど怖かった。異常なまでのプレッシャー。顔立ちが綺麗なだけに余計怖い。

そのままフロアに引きずられる。

そこには壁に磔になった部下たちの姿が。

「魔法使いか?」

辛うじて聞くと、

「まあね。情けない隊長さん」と返ってきた。

なんで!?俺が隊長だってバレてるんだ!?

混乱していると、

「ま、そこまで情けないと気の毒だから」とせせら笑った少女が、

「じゃ、武士の情けで魔力なしで勝負してあげる」と、急にふっと息を吐く。

瞬間プレッシャーが消えた。

彼女は本気で魔力を解除したと感覚でわかる。

俺をなめているのか、最初で最後の好機だった。

磔状態の部下に囲まれたリングで、体格も経験も違う、少女を圧倒するはずだった俺は、不意打ち気味に出した初激をいなされ、腹パン、アッパー、ラストは回し蹴りを横っ面に決められ悶絶した。

ずるいぞ、きっと魔力を使ったんだ。

言おうと思った耳に、

「リン。真面目に身体強化解除、出来るようになったの?」

「うん。いや、便利だねぇ、鑑定。」

「どう考えても鑑定魔法の使用法じゃないけど。」

「まあまあ。って言うか、身体強化切ってなければ、おっちゃんの首が飛んでくし。」

「まあ、もげるね」と、暢気な会話。

気持ちがボキボキに折られたよ。

へたり込んで動けない俺の上から、見えない壁が下りてくる。

抵抗することは不可能だ。強制的に土下座状態、部下の中心で『哀』を叫ぶ俺が完成した。



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