第35話 帰りたい、けど、一緒に居たい
スルハマに入って・・・
馬鹿でかいズルタン商会の本店を見て、更に苛立ちが募ったイチイリンです。
これが魔力持ちを奴隷にして建てたビルかぁ。
ビルと表現して問題がないくらい、レンガ造りの8階建てだよ。文明レベルから考えて破格だ。どれだけ他人から奪ったのか、ムカつくを通り越すから破壊したい。
大体うち(イチイの方)も商売やってたからわかるけどさぁ。
商品を売る人、作る人、買う人、どれかが泣きを見たら商売じゃない。誰かが大損して、他の誰かが大得するのは健全ではないから続かない、続けてはいけない。
例えば従業員が無給で働けば商品は極限まで安くできるけど・・・
まともな発想ではないと子供でも分かる。
これは絶対に思い知らそうと、心に誓った。
門から続く商人街(宿や商店もこのあたり)の中に、乗合馬車の待合所がある。
スルハマは巨大な都市だ。移動は徒歩だけでは賄いきれず、定期的に馬車が巡る。
1周1時間。山手線だね。
幼児は無料で、どこまで乗っても1人大銅貨2枚らしい。
面倒なので・・・
ユタさんの分を含めて銀貨1枚、わたしが出したよ。
馬車に乗って25分程度、門の反対側で貧民街との境にあるのがユタさんの家だ。
思ったより広い農地だ。
荒れ果ててはいたけれど。
「これは鑑定魔法の効果と思ってくれていいんだけれど。」
馬車の中で噛んで含めるように説明した。
「あなたの魔力量では商会の仕事は向かない。使い潰されるだけだろうから、問題が解決したら元の仕事に戻ってね。」
おそらく、商人達のえげつなさに辟易としていたのだろう、ユタさんは大きく頷いてくれた。
これなら大丈夫と思った。
ただし、わたしが絶好調なのはここまでだ。
「ただ今。帰ったよ、母さん」と、ユタさんが扉を開けた。
夕闇が迫る中寝かされていた母親を見た時、体が硬直する。
薄暗い部屋。介護の都合だろうか、入ってすぐの部屋にベッドがある。
そこに横たわる母親は、
「ああ、お帰り、ユタ。早かったね」と声は出したが・・・
表情に乏しい。体は少しも動かない。麻痺がそこまで迫っているのか、息が荒い。呼吸がし辛いようだった。
これ、知ってる。この病気知ってる。
これってわたしの!?
人前では泣かないようにしていた。
中学時代、空手の大会で全国2位になった時も。
最悪の病名を告げられて、パニックを起こしかけても1人で泣いた。
誰かの前で涙を見せても意味などないと思っている、女性としてはつまらない女だ、そんなわたしの自制心を軽く感情が凌駕する。
「え?」
「リンちゃん?」
我知らず泣くなんて、初めての経験だ。
涙がボロボロ溢れ出し、膝から崩れかけたが、
「はい、大丈夫だよ、リン。落ち着いて。」
アリアが抱き止めてくれた。
短くも長い付き合いで、アリアはわたしをわかっている。優しい回復魔法がかかる。それでも感情が暴走して抑え切れない。
「ア、リア・・・あれ・・・」
「うん、わかってる。あの日のリンと同じだね。大丈夫、治すから。」
「お、願い・・・治して・・・」
素直じゃないから言えなかった。あの頃1番言いたかったセリフ。
治して、お願い。もっと生きたい。家族と共に当たり前に生きたい。
お願い・・・
泣きじゃくるわたしを持て余しながら、けれど決して離さないアリアが、そのままリクに指示を出した。
「リク。あのお母さんの病気、なかなか大変な病気なの。いつもの包み込むような回復じゃ間に合わないから、叩きつけるみたいに、いつもより強めにかけてみて。」
「はい、わかりました。」
師匠の指示に頷く弟子。
強めの回復魔法が放たれて、
「あれ?どうして?」
黒いモヤモヤ(病魔?)が排出されて急激に動けるようになった。
体を起こし戸惑う母に、
「母さん!!よかった!!」と、息子が抱きついていく。
ひどく感動的な光景だ。わたしには来なかった結末で、本当は1番望んでいた、求めていたハッピーエンドだ。
せめて・・・
彼らに訪れてよかったと思う。
わたしには来なかったけど・・・
感情の置き場がなくて泣き続けるわたしは、無意識でアリアにしがみ付いていた。
この世界でたった1人、頼りないけど、私が唯一頼ってもいい人、姉であるアリアに頼る。
いつの間にかサリアとリクも腰に巻きついていて・・・
暖かいと思った。
騒動の後、兄弟力を合わせてユタさんの農地を回復した。
元来農家の彼は、前の秋にまくつもりだった小麦の種を持っていた。
商会に奪われた時間を兄弟の力で取り戻す。
リクが、病気で弱り切っていた母親と商会の搾取でボロボロだったユタさんを、一斉に回復する(範囲回復だ)。
サリアが荒れた農地を耕して、リオが水を染み渡らせた。
そこに鑑定魔法の無駄遣い・・・
って言うか、本当に付き合ってくれてありがとう、『鑑定さん』(『透明さん』から格上げしました)。
透明な魔力に種もみを載せて、わたしが畑中に蒔く。
アリアが畑を範囲回復すると、巨大な魔力が土にまでかかる。
一気に収穫時期まで麦が実ったよ。
「嘘だろ、これ・・・」
「まあまあ・・・」
あんまりな常識外を目の当たりにし、言葉も出ない様子の親子に、
「内緒だよ」と、指を立てた。
2人は無言で頷いてくれた。
「今回の小麦は時期も早いし、きっといい値で売れると思う。でも、手伝えるのはここまでだよ。
生活を立て直して、小麦の裏は大豆なのかな?大豆を作って、次の秋にまた小麦を植えて、頑張ってね」と言うと、
「言うじゃないか、泣き虫」と、ユタさんに頭を撫でられた。
泣いたのは事実だけれどさぁ・・・
くそう、子ども扱いだぁ。
「・・・(あの乾いた花の歌です)・・・」
あの後、もう1度乗合馬車で商人街に戻り宿をとった。
5人1部屋1泊で、部屋代として大銀貨1枚のシダナと同程度の宿。1人銀貨1枚で朝晩の食事が追加になるので、併せて大銀貨1枚と銀貨5枚、生活費担当のアリアが払う。
宿は4階建て。夕食はチキンソテーにポトフ付き。みんな腹いっぱい食ったよ。
いろいろありすぎて疲れたから早々に休んだが・・・
気持ちが高ぶっていたのだろう、中途覚醒して眠れなくなった。
わたしは宿の屋上に上り空を見ている。
「・・・(乾いた花の歌、再び)・・・」
この歌、好きだったなぁ。
基本恋愛の歌はわからないが、素直じゃない感じも、素直な感じも好きだった。
中学の頃あちこちで聞こえていた、口ずさんでいた曲だった。
「その歌、変わってるね。」
背後から急に声がして、振り返ったらアリアだった。
何故だか少し怒っている。
多分、部屋から抜け出したわたしを心配して探したんだろう。
過保護だよ、姉ちゃん。
「なんで?」と聞くと、
「大好きなのに、大嫌いって歌ってるよ」と、真相をついた。
全くもって勘がいいな、この人。
「ごめん、心配かけた。」
「別にいいよ。」
「昼間も情けないところ見せたし。」
「それもいい。」
「チビどもにも、」
「情けないところを見せた」という前に、
「あのね、リン!!」と、珍しくアリアが大きな声を出す。
「情けなかろうが泣き喚こうが、リンはあの子達の憧れなの!!生きていればいろいろあって,嫌なこともいっぱいあるって、あの子達もわかってる!!それでも真っ直ぐ頑張るリンが大好きなんだから!!
あの子達も!!・・・私もあんたが好きなんだから!!それは絶対変わらない!!」
あまりに真っ直ぐ言われてしまい、まぜっかえすことも出来ない。
困った・・・逃げられない・・・
覚悟して、話し出す。
「アリア、聞いてくれる?」
「うん。」
「わたしの中にはいつでも失った家族がいて、帰りたい、戻りたい、せめて会いたいって思ってる。」
「うん。」
「でも・・・
だからってそれが、アリアを、あの子達を失いたいわけじゃないんだよ。一緒にいたい、兄弟の元に帰りたいって思ってる。帰りたい場所が2つもあって・・・
自分でもわからなくなるんだ、時々。」
祖父ちゃん、祖母ちゃん、父さん、母さん、兄貴、理遠。
会いたいよ。どうして手放したんだって、責めてもやりたい。でも、大好きだって、言ってやりたい。
けれど、もしそれが可能でも?
アリア、リク、サリア、リオとは別れたくない。
一緒にいたい。一緒にこの世界で笑い合っていきたい。
なんだかもう・・・不誠実で・・・
「なんだ、そんなこと」と、簡単に肯定したのは姉だった。
人間が怖いくせにわたしにだけ強気で、おとなしいけど芯が強くて、常にみんなに気を配る優しい姉だ。
「リンの中には最初から家族がいたんじゃない。家族のことが大好きで、どうしようもないほど求めている、そう言うリンごと好きになったんだから、私達兄弟をなめないでよね。」
らしくない言い方に笑ってしまう。
「そっか。」
「そうだよ。」
「そっか・・・」
偶然に感謝しようと思う。
この世界で目覚めて、もしアリアに会わなければわたしは多分生きていない。
肉体的にも精神的にも、とっくに行き詰って折れている。
「・・・(乾いた花の歌、三度)・・・」
本当に・・・感謝だ・・・
夜風が湿り始めている。
目覚めたのは春先で、季節は夏に向かっている。昔と同じならそろそろ梅雨が始まるかもしれない。
「風邪ひくから、部屋戻ろう。」
立ち上がったわたしに、
「で、今回も行くんでしょ?」と、アリア。
「え?」
「リンの性格上、あの馬鹿商会、放っておくはずないんだから。」
「あ、まあ、それはね。」
ズルタンとか言う人を人とも思わない腐れ外道共、のさばらせておくのは主義に合わない。
絶対にぶっ飛ばす!!
と、ここでアリアさん、爆弾発言。
「じゃ、今回は全員で行くわよ。」
は!?マジで!?
全員って、全員?
アリアも来るの?いや、それより子供達も!?
「いや、1人の方が!」
『動きやすい』と言わせる前に、
「大好きなもの大嫌いって歌う馬鹿、1人で放っておけないでしょ!?」と、思い切り怒鳴られた。
いやいや、アリアさん、それ、歌だから。
「それに、どうせなら次女の格好いいところ見せたいじゃん、下の子に。」
くそうっ、いい性格になったな、アリア!!
翌朝ズルタン商会を(物理の)嵐が襲う。
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