第33話 CDと、水の魔力持ちと
わたしはもともと音楽が好きだ。
歌は、『下手じゃない』程度にしか歌えない。感情を入れて歌うのは、照れくさいからもっと苦手だ。
でも。
ただ聞いて、小さく口ずさむくらいなら大歓迎。
世代的に新曲を手に入れるなら配信がメイン。けれどCDを知らないわけじゃない。
自分でも数枚は持っていたし、レンタルCDなんて分野もある。
だから、あの時地下深くからCDが飛び出して、今の世界の文化レベルに合わない、ある意味オーパーツなそれに、心が乱れた。
地中にそんなものが埋まっていた意味は?
いや、もう認めてはいる。ここは未来で、わたしが生きていた2022年は遠い過去で。
でも・・・
証拠として出てきてしまった、その意味が重過ぎて・・・
こんばんは。相も変わらず森で野営中のイチイリンです(好きだな、おい!)。
1日あれば都市に辿り着くはずが、魔力実験のせいでこうなりました。
空には満天の星が見えている。今まで敢えて比較はしなかったが・・・
2022年に比べて格段にきれいだと思った。
兄弟達はみんな寝ている。
けれど、わたしは眠れない。
手元には昼間拾ったCDが3枚。どのくらい埋まっていたのか、ボロボロだったがCDだ。多分ミュージックCD。劣化で文字は読めなくなっていたが、女性グループのものなのか、数人の女性の立ち姿が見える。
絶対CD・・・
「・・・」
困ったな。
この世界に目覚めて、今が1番困っている。
気持ちがざわめいて落ち着かない。感情のやり場が見つからない。
この世界は、言わば『未来』とわかっている。わたしが大好きだった、家も、家族もどこにもいない。
だからこそ、仮初でもいいと家族を求めた。アリアを、リクを、サリアを、リオを求め・・・
わたしを繋ぐ絆を求め、でも。
『わかっている』と、客観的証拠により『確定する』では意味が違う。
ダメになるから否定した、ボッチだった頃の気持ちに引きずられる。
もういいや。どうでもいい。
全部壊してしまいたい。
ただ、わたしの中を暴走する破壊衝動を抑えてくれたのも家族である。
今の家族・・・兄弟達・・・
わたしの様子がおかしいことに、多分全員気付いている。
それでもそこは年長者で、あからさまな行動に移せないまでも心配してくれているアリアとリクは、いつもより少しだけ近くに寝ている。
サリアとリオはもっと素直で、実はさっきからホールドされている。
リオは完全に腰に巻き付いてわたしの腹を枕にしているし、サリアにも左腕を握られている。
大丈夫、どこにも行かないよ。
君達がいる限り、わたしは自棄になりようがない。だから壊れない。わたしのままでここにいるから。
必死で気持ちを保っていた。
嫌だ・・・嫌じゃない・・・
どうでもいい・・・どうでもよくない・・・
もういらない・・・いや、欲しい・・・
だから、普段ほど機敏に動けなかった。
翌朝森を出発、都市であるスルハマを目指した。
スルハマは今までの町とは比べ物にならない大きさで、都市を覆う壁がかなり遠くから見渡せる。
歩いてあと30分くらいのところで、わたし達は商隊とすれ違う。
「てめえ!!早く水を出しやがれ!!」
言い終わる前に、最初から蹴ることは織り込み済みなのだろう、恰幅の良い中年の商人が下働きの男を蹴った。
蹴られたのは1人だけ粗末な服装の、あからさまにこの商隊最弱の青年。細くてひょろひょろの手足。20代半ばに見えるが髪には早くも白が混じりだしている。
ひどく苦労しているように見えた。
「馬が水を欲しがっているんだ!!早くしろ!!」と商人が喚き、
「はい、ただ今」と青年が念じる。
差し出された手桶に水が溜まっていったが・・・
彼の中にあるピンポン玉以下の魔力ではそれが精一杯だ。桶がいっぱいになった瞬間、ガクッと膝をつく(魔力切れだ)。
肩で息をする青年を、
「この役立たずのクズ野郎!!」と、商人が再度蹴った。
ああ、これが・・・
魔力持ちを奴隷のように扱う、か。
あいつら、例の商会かもしれないな、ズルタンとか言う。
普段なら速攻キレる。ただテンションが戻せなくて、一拍おいてしまったわたしを制したのがサリアだ。
サリアの方が先にキレた。
一瞬で黄色の魔力に包まれて、手加減魔法を発動させる。
青年を除いて10数人いた商隊の男達が一斉に砂に埋まり、首だけ出して動けなくなる。
「リンちゃん!!あの人達は悪い人でしょ!?」
珍しい大声。振り返った、表情がわたしを責めている。不正義を前に動かなかった、不甲斐ない保護者を責めている。
しっかりしろと責めている。
ああ、この子は・・・
「ごめん、サリア。ぼんやりしてた。」
本当にわたしと似てしまった。
間違いなくわたしの妹だ。
「あいつらは悪い奴だ。よくやった。」
まだ怒っている、けれどどこか誇らしげな少女の頭を撫でた。
悩んでいても仕方がない。立ち止まっても解決しない。
なら、わたしはわたしのままで。
「なんだ!?何が起こったんだ!?」
「ぎゃあーっ!!」
「助けてくれ!!」
見ると、商人達は砂に埋まり動くことも、藻掻くことも出来ず騒いでいる。
魔力持ちの青年は茫然としているが、まだ立ち上がれないのだろう、座り込んだままでいる。
ただ2台いた馬車の御者2名だけが、信じられない事態にオロオロと、顔色をなくし固まっていた。
「おい、あんた。」
うち1人の襟首を掴み御者台から降ろす。
「サリア。」
地面に立たせると同時に土魔法発動、彼も首まで一瞬で埋まった。
「ぎゃあーっ!!」
「うわっぁ!!助けてくれ!!」
最後の1人、ホールドアップで大絶叫。
だから優しく説明した。
「ここから都市まで馬車で10分もかからないし、お友達を呼んで助け出すまで30分くらいかな?時間がかかれば乾いて死ぬし、獣だって来るかもしれない。急いだ方がいいよ。」
美しき友情なのか?
実際は早くこの場を逃げたかっただけだろうが、御者はスルハマに向けて全速力で走り去ったよ。
「じゃぁ、あなたはこの場から離れたほうがいいよ。」
青年に声をかけると、
「いや、僕は・・・」と言い淀む。
「契約で離れられないんだ。」
言われて見れば、青年の体は透明な魔力の糸でがんじがらめになっている。
ん?
透明?
予感があって、こちらから『透明さん』を伸ばした。男を縛る糸に触れると、情報が伝わる。
索敵魔法で通り抜けた物体の情報が伝わるように、彼を縛る契約全てが伝わった。
なるほど。
透明な魔力は弱ければ『契約』、人を縛る呪いになり、強ければ万物の真実を読み解く『鑑定』になる。
魔力勝負は単純明快、強いものの勝利である。
スルハマのズルタン商会の5階、魔力持ちを縛る契約の束から1人分が炎上して消えた。あくまで魔力の炎だから、誰にも見咎められることなく消失する。
「50メートル以上離れられない。その契約は消えたから。」
青年に言うと、
「なんで、それを?」と驚く。
「ねえ、アリア。」
「うん?」
「透明な魔力、わかったよ。」
「え?」
「鑑定だった。」
自慢げに言うと、アリアはしばしフリーズし、
「ねえ、リン。」
「ん?」
「あなた、その鑑定魔法で物を持ち上げたり、獣の首を切ったり、そう言えば霊の地縛もといたよね?」
お姉さん、それは言わない約束でしょ。
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