第11話 みんな家に帰りたい
原因は、存在すら忘れかけていた下衆野郎のお友達、門番と御者のコンビだった。
重傷で打ち捨てられた2人が騒ぐ内に人々が気づき、元々が評判の悪かった彼らを尋問。心が折れていた2人は助かりたい一心で、主犯の色男を本来より大きく悪逆非道にしつつ、付き合わされた自分たちを正当化しつつ、真実を語ったというわけ。
何人も犠牲者が出ていそうで、2人の話が真実としても無罪放免とはならなかった。
今彼らは重傷のまま(誰も治療してくれなかったようだ)、屈強な男数人に取り囲まれている。
彼らが役人か、またはその下働きの兵士みたいなものだろう。
主犯とされる下衆野郎の家に、人々がなだれ込む寸前だったのだ。
まあ、ある意味、願い通りの展開となった。
「はい、主犯」と、男を放り出す。
これ以上は関わりたくない。わたしはこの町の人間が嫌いだ。
「帰ろ、アリア。」
「あ、うん。」
「あっ!?待て、貴様ら!!」
立ち去ろうとすると、偉そうに声を上げる町人A。
言い方がいちいち威圧的で、一瞬アリアがビクつくのが見えて、よそ者だった彼女のこれまでを思う。
本気で嫌いだ。
下衆野郎ほどではないが、全員クズだ。人間のクズ。
こんな町など滅べばいいと、半ば本気で思ってしまう。
「なに?」
アリアを背中に守りながら、体から本気の殺気を立ち昇らせる。
威圧感にギャラリー共が息をのんだ。
気を失った人数名、失禁した人も10数名。
あ。下衆3人組も漏らしてる。何回目だよ?汚いなぁ。
これで諦めてくれると思ったが、
「あ・・・その、今まで申し訳なかった、アリア・・・こんな事頼めた義理じゃないんだが・・・」
町人Aが諦めない。彼にも理由があるのである。
「俺の娘、ミーナも行方不明なんだ。俺達じゃ壁の外に捜索に行けない。でも、お前の連れなら出来るんだろう?王猪も採ってきたし。出来たら、その」
『探して欲しい』と言わせる前に、
「ふざけんな!!」と話を切った。
本当にむかつく。どこまで都合のいい頭なんだ?
「えっ・・・いや、あの・・・?」
受けてくれると思っていたのか?
本当に甘い。甘えているにもほどがある。
「頼めた義理じゃない!!わかってんじゃない!?」
声が大きくなった。
「あんた達、アリアに何をしてきた!?この町に来て半日くらいのわたしでも、十分察しが付くくらいの差別だぞ!!5年前に迷い込んだ幼い子供に何をした!?よそ者だってのけ者にしただろ!!いい大人が5年間も虐げた相手に、よく恥ずかしげもなく頼めるな!!」
1人1人睨み付け、1人1人に威圧をぶつける。決して許さないと伝えるために。
町人Aはおびえ切って、それでもそれが親なのだろう。諦め切れずに立ち尽くす。
「でも・・・その・・・」
「話にならん!!」
「俺を殴ってくれていい!!あいつらみたいに!!でも、うちの子は!?」
「それも無意味!!あんた達が与えたのは5年間の蓄積した痛みだ!!一瞬で済む暴力で対等に話せるなんて砂糖より甘いわ!!」
「なら、どうしたら・・・」
「この広場に5年間正座して、たまに道行く人に石でも投げられれば!?同じ時間、日数以外では贖えない!!そんな理屈もわからないの!?」
言い捨てると、
「そんな」と泣き崩れる。
面倒で、腹が立って、でも。
さっきから残留思念が伝えてくる。
下衆の家から付いて来てしまったモヤモヤが、大好きだったと伝えてくる。自分にはいい親だった、離れたくなかったと。
くそう、ズルいな。
死者に罪はないとさっき決めた。確かにいい子達だったよ。
「しょうがない、行ってくるよ、アリア。ここに置いてって大丈夫?」
溜息交じりの言葉に、
「ううん」と首を横に振る。
「リンと一緒の方がこの町より安全。」
お見事。
アリアもだいぶ言うようになった。
また機嫌を損ねると思ったのか、アワアワと狼狽える町の人々を尻目に、わたしは背負っていたリュックサックを前に回す。
朝までには終わりたい。
全力で行くので、アリアを背負って駆け出した。
最初町に来た時は半日かかった旅路だけれど、いろいろ自覚したうえで本気で走れば、下衆3人組が女を捨てていた現場まで30分程度で着いてしまった。
人知を超え過ぎ。
乗り心地の悪い暴れ馬のようで、アリアが顔色をなくしていたが、これはまあ許してもらおう。
一応気は使ったのだが、早く済ませたい気持ちが勝ってしまった。
反省!
月明かりの捜索は難航必至だったが、草原に着いた途端背後の景色が透けて見える、年齢も背格好もバラバラの複数の女性が現れる。
犠牲者は5人らしい。最年長で30前後、下は12くらいかな?さらに連中が嫌いになれた。
「え?ここにいるの?」
当然この5人はアリアには見えない。
彼女らが教えてくれたから、頭蓋骨を3つ見つけた。
ただ、3つだけ、だ。
外の獣のサイズ感から言って、丸ごといかれれば骨すら残らないし、たぶんほぼそうなるだろう。遺品1つ残せない。
3体見つかったのが奇跡なのだ。
けれど、1番年下らしい少女と、18くらいに見える天然のウエーブ入りの髪が特徴的な少女の魂が、浮かない顔で俯いた。
残る3人は、それぞれの頭骨に憑いている。
何かきっかけがないとこの場を動けないのかもしれない。
「あのさ。もし帰りたいなら連れていくけど。」
話しかけると、2人は目を丸くする(表情豊かな幽霊だな、おい)。
無理だからいいよ、と仕草で示した。
まったく・・・
いい子達なんだよ、本当に。死んでまで気を使わなくていいよ。帰りたいなら帰りたいでいい。
王猪を運んだ要領だ。体からゆっくり魔力を放出。
相変わらず外に出すと透明になる魔力で、そっと2人を掬い上げる。
物理的な魔力の壁で、2人を地縛から解き放った。
「どうにかなったの?」
「うん。嬉しそうにしてる。」
「私には見えないけどね。本当にリンは規格外だよ。」
楽しそうにはしゃぐ、死んでなお帰りたいと願う帰るべき家のある5人の姿に、胸の奥が痛かった。
それが、わたしの大嫌いなイワーノの町であっても羨ましい。
自分のいた時代から切り離された。大切な人も大切な場所も全て無くしたわたしには、望むべくもない・・・
何もないわたしに、
「じゃ、帰ろうか」と、アリア。
今はこれだけでいいか、と思い直す。
「うん、帰ろう。」
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