第18話 正義の味方とその秘書で

リンのあまりの違いに吃驚した。

イワーノでのリンは、つっけんどんで言葉数が少なく、人と壁を作る感じ。

人嫌いかと思うほどに、誰に対しても厳しかった。

「いい人だから」と彼女は言ったが、その意味がはっきりと分かったのは、食事を終えて店の外に出た時だ。

町中の人が集まったのではと思えるくらい、人がいた。皆それぞれに戦利品を抱え、喜んで家に帰っていく。誰かが異様に多いとか、不平等は見当たらない。

イワーノだったらこうはいかない。まず商会が買い占めて『分ける』などあり得ないが、分配しても少しでも多くとろう、出来たら独り占めしたいと、無駄な争いが起きるだろう。

なるほど、いい人達だった。

イワーノなら貧民は無視である。しかしジエの町では、周囲と明らかに生活レベルが違いそうな粗末な服を着た人々も、魚の肉を分け与えられた。

「あのさ、嬢ちゃん。図々しい願いなんだが。」

食堂の店主がおずおずと言う。

「もし王魚を獲る手段があるんなら・・・申し訳ないが、あと1匹都合してくれないか?」

私達の前には、物々交換で手に入れた米や調味料、調理器具に食器、着替えなどが山積みだ。

「もうこれ以上渡すものがない」と、店主。

「でも・・・一握りでも何か持ってくれば魚を渡すと言ったんだが、貧民街の連中の何人かは出てきていねえ。信じられなかったのか、動く気力もなかったのかわからねえが・・・食わせてやりてぇ・・・」

イワーノでは図々しいお願いは即却下だったリンだが、

「いいよ」と軽く引き受けた。

「いいのか!?」

「うん。報酬ももうこれで十分だけど、なら1つ、約束が欲しい。」

「なんだ?」

「わたし達のことはよその人に言わないで欲しい。」

王魚を一捻りの常識外の存在が、王宮にバレると面倒くさい。手に入れようと思われても面倒だし、追っ手を出されたところでその追っ手ごとリンは一捻りだろうが、その作業が面倒だ。

店主はもう少し真面目にとったのだろう、

「わかった。嬢ちゃん達の安全の為にも絶対言わない。町の奴らにも徹底させる」と、誓ったところで契約成立。

「アリア、来る?」

「うん。ここは安全だろうけど、リンが心配、馬鹿な事やり出さないか。」

「うわっ、生意気な。」

ふざけながら町を出ようとすると、共用の井戸で体を洗う、男達に出くわした。

彼らは店主と一緒に魚を捌いていたメンバーで、生臭くなった体を石鹸でこすって洗っていた。

途端にリンの目が輝く。

見送りについてきていた食堂の店主に、

「おじさん!!あれ!!石鹸1つ報酬に追加して!!」と叫んだ。

確かに・・・

川で必死で洗ってたけど、リン、まだちょっと生臭いもんね。


森の中の川に戻り、あと2匹王魚をとらえた。

恒例の、リン自らが生餌になり結界魔法で内部から破壊。全身生臭くなったが、ジエの町の人は狂喜してくれたよ。

「ほら、嬢ちゃん、これ」と、店主が投げた石鹸を片手に、体を洗い出したリンだったが。

うー・・・駄目だ、我慢できない。

「ちょっと、リン!!そこ座って!!私が洗う!!」

「へ?なんで?」

「雑なのよ、リンは!!」

細かい作業が得意ではない。雑はどうあっても雑である。多分おそらく、においも残る。

井戸水をバンバンかけて、自分も濡れながらリンの髪を洗っていると、

「・・・(あの有名な連ドラの曲です)・・・」

煌めく水の向こうにジエの人々が見える。久し振りのご馳走に心からの笑顔だ。ひどく幸せそうな、聖画みたいな光景だった。

人々の笑顔を望む、リンの声が優しかった。

照れくさいのか、いつもまともには歌わない。けれど今回だけは・・・

もう分かった。

リンは一本気で曲がったことを許さない。

弱きを助け強きを挫く。正しいと思うものには徹底して優しく、間違っているものには徹底して厳しい。

だから、森で迷う私を助けた。

町の外に連れ出してくれた。

イワーノの人々を嫌い、懲らしめた。

ジエの人々の笑顔を願う。

正義の味方だ。

あの孤児院の納屋で願っていた、正義の味方がここにいる。

なのに!!

やることなすこと全て雑。いい加減でいたずらっ子。考えなしでたまに暴走。

ただ、

「・・・(あの連ドラの曲をもう1度)・・・」

すごく優しい・・・

この優し過ぎる乱暴者を、助けていきたいと願っていた。

物理的に最強だから、どう役に立てるかわからないけど。

リンが他人の笑顔を願うように、私も彼女の笑顔を願った。


その夜はジエの宿屋で一泊した。

町中の人に見送られて、旅は続く。









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