第17話 ごはんとみそ汁、あと焼き魚
あの後、滅茶苦茶体を洗った。
最悪、魚、生臭過ぎ。
いや、いらんことしたの、こっちだけどさ。
匂いが取れない。石鹸欲しい。
それでも何とか9割がたさっぱりして(?)、次の町に着いたのは昼をだいぶ回ってからのことだ。
行きがけの駄賃で、王魚も引きずりながら。
「ん?・・・ジ?・・・え?」
「ジエだよ。リンって物知りだけど、字、読めないの?」
町を囲む壁にトンネルを穿ったような場所が出入り口で、その脇にあった看板を見ての一幕。
この世界の文字はかつてわたしが学んだ日本語に装飾を加えたり、簡素化したりと、いじられていてわかり辛い。
「わたしの知ってる字と違うから」としか、言いようがなかった。
2番目の町ジエは、最初の町イワーノよりかなり小さな町だった。
イワーノが旧来の『市』を壁で囲った町ならば、ジエは正しく『町』の単位。イワーノの10分の1にも満たない大きさで、イワーノの壁がレンガにコーティングを施して強度も見た目もクラスアップしているのに対し、ジエのものは素焼きのレンガだ。
それでもこの世界の生命線だからか、壁は高く厚みもあった。
魚を引っ張ったままトンネルを進んでいくと、門番の詰め所がある。
通行税等は必要ないが、一応出入りを管理しているはずの門番が?
「寝てる?」
「うん。寝てるね。」
えーっ?あの超絶下衆男の親友1、トーマだって起きていたのに?
勝手に入るのもなんだし、一応声をかけてみる。
「おーい。旅人2名と鯉のぼり、入るよ。」
「ふえっ?」
妙な声で顔を上げた、彼は中肉中背の中年だった(『中』3連発)。
顔色は・・・
白いな。体調が悪い感じではない。不健康と言うか、肌つやが悪い。
ざっくり言えば元気がない。目がドロンとして生気がなかった。
行け行けと仕草で示し、また机に突っ伏そうとしたから、
「あっ、待って。わたし達食事まだなんだけど、食堂は?」
「それなら門を抜けたそこに・・・」
言うだけ言って寝てしまった。
こいつ、明らかにおかしい。
わたしの後ろには王魚がいて、通常なら大騒ぎだろうに気付きもしない。まるで風景の一部のように華麗に無視だ。注意力が散漫過ぎる。
『中』3連発男で恰幅もいいし、食べられていない感じはしない。食糧不足でもないなら、これはいったい・・・
町には人影が見えなかった。イワーノでは通行人がいた。ジエにはいない。
魔力で浮かせていた魚を下す(本気で引きずったら身が痛むしね)。
「ねえ、アリア。鯉のぼり君とちょっと待っててよ。」
予感があって、1人で食堂に入って行った。
この世界の建物にまともに入るのは初めてだ。
ノーカンなのは下衆男の離れ。夜間だったし、金持ち馬鹿野郎だったからかランプもあった。
食堂は木造2階建て。2階が住居になっている感じかな?昼間なのに薄暗いのは、明かりが窓しかないからか?
客はいない。
「こんちは」と声をかけると、奥から門番よりさらに恰幅のいい、『ザ・食堂の親父』が顔を出した。
暗いから顔色は見えないが・・・やっぱり生気がない印象を受けたよ。
「なんだ、嬢ちゃん、旅人か?すまんな、今この町では出せる食事がないんだよ。米と味噌汁ぐらいしか。」
ああ、やっぱりかと思ったが、魅惑の台詞に意識がとられる。
「米と味噌汁!?最高じゃん!!」
「へ?味噌汁も野菜屑しか入ってないぞ。」
「いい、いい!!2人前、いくら!?」
「えっ・・・と、普通のランチなら1人大銅貨5枚だけれど・・・1人2枚、2人で大銅貨4枚だな。」
「これでいい?」
王猪の時の金貨1枚を見せると、驚いた。
「なんってモン出すんだよ、嬢ちゃん。それじゃ釣りが払えねぇ。」
この世界のお金、わからないからしょうがないじゃん。金貨と銅貨がある以上、間をつなぐ銀貨もあるな。しかも『大銅貨』って『大』がついた。大金貨と、大銀貨もある可能性があり・・・
マジわからん。
「じゃあ、さ。提案があるんだけど、ちょっと付き合ってよ」と、親父さんを外に連れ出した。
多分今1番欲しいものだ。
食堂前には王魚とアリア。
「うわっ!!」と親父さん、驚き過ぎて座り込んだ(腰を抜かした?)。
「お、王魚?」
「うん、獲った。」
「獲ったって、そう簡単に獲れるもんじゃ!?」
「ま、細かいことは置いといてさ。これでご飯食べさせてよ。」
そのあり得ないほど有利な取引に、喉から手が出るほど欲しい品物に、一瞬親父さんの目に生気が戻り・・・
しかし、
「いや、駄目だ」と首を振る。
「この店のランチじゃ、2人に1年間食べさせたって払いきれねえ。」
うん、あなたはいい人だ。正直で真っ当。
あと、貨幣価値についてヒント出たな。金貨は10万円相当。これはイワーノで確定で、ランチを1コイン、500円とすれば、2人で1日1000円。それが365日で365000円。
あの魚は金貨4,5枚の価値があるということか。
「ならさ、もう1つ提案。」
「えっ?」
ぶれない道徳観念で断ったものの、感情的にも肉体的にも諦めきれないのだろう、王魚から目を離せないでいる親父さんだ。
「わたし達は旅の途中で、この町には米と調味料、煮炊きする鍋なんかの調理道具に食器、あと着替え!!下着込みのフルセットで2人分、2.3セット買うつもりだったから。」
「???」
「米なら余裕があるんでしょ?洋品店があれば服も揃うし、雑貨屋があれば道具類もいける。おじさんのところではご飯もらうし、あとこの場も仕切ってもらうし。」
「・・・」
「何人かで協力して物々交換でどう?」
わたしからの提案に、
「それでいいのか!?」と、親父さん、急に元気になった。
食堂に駆け戻り、
「おい!!ミア!!嬢ちゃん達にメシを!!」と怒鳴ると、町の奥へと消えていく。
「え?・・・何?」
急展開についていけないアリアを促し、もう1度店に戻ると、ミアは親父さんの娘なのかな?年のころは20代半ばのお姉さんが、ポロポロと嬉し涙をこぼし立ち尽くしていた。
うん、辛かったよね。
動物性たんぱく質抜き、マジ辛い。
「家畜全滅なんでしょ?」
「ええ、そうなんです。わかりますか?」
ミアによれば、ジエの町の鶏と豚が次々と死んだ。おそらく鳥インフルと豚コレラだろうが、なすすべもなく全滅し、町の人はなけなしの現金を集め、近隣から苦労して鶏を番で2組、豚も番で1組手に入れる。
卵も肉も食べられない。まずは増やさねばならないと、強制菜食主義生活6か月目だそうだ。
そら元気もなくなるわ。
外からは、魚が食えると急に元気になった人々の声が聞こえてくる。
「おい、そこらの連中にも声をかけろ!!一握りでも米を持ってくれば分けてやれる!!」
「わかった!!」
「塩とかでもいいか!?」
「もちろんだ!!」
随分とお人好しな声に、少しだけ笑顔になった。
思った通りだ。この町の人は優しくて平等で仲が良い。
嫌いじゃない・・・
イワーノの時と正反対の対応に目を丸くするアリアに、
「いい人達だから」と、短く説明。
言葉では難しい。ただ助けてやりたいと思えた、それだけだ。
そのあと、
「じゃ、遠慮しないでジャンジャンお替りしてください!!」と、ミアが持ってきてくれた真っ白なご飯と味噌汁を頂く。
やった!!白米だ!!
玄米も覚悟していたが、完全に白米。うまっ!!久し振りの穀物、マジ沁みる。
味噌汁もうまいよぉ・・・
アリアに呆れられながら、都合5杯平らげたころで、
「嬢ちゃん達が持ってきたんだ。これも食ってみろ」と、親父さんが王魚の切り身を焼いてくれた。
王魚はわたしに言わせれば『王鮎』みたいな外見だったが、中身は意外にも赤身。ただそれが脂がのりまくって白身に見えると言う、最高級のマグロみたいな味だった。
「うまっ、これっ!!ミアさん、もう1杯、いい!?」
「はいよ!!」
6杯目なのにすぐ出てきた(予想してたな、ミア)。
味噌汁(こっちは4杯目)もついてる。最高!!
「あの・・・ごめん、わたしも」と、アリアが茶碗を差し出した。
これまで食わせ過ぎたから、今回は適量で我慢しようと思っていたんだろうな。
焼き魚に撃沈した。
うん、アリア。君はそうでなくっちゃ。
いいね、この町大好きだ!!
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