第9話 蛙が空の青さを知っていてもムカつくだけ

わたしには男女の機微がわからない。

いきなり何の告白!?と言う突っ込みはさておき、本気で、まったく、わからないのだ。

多少ブラコンの自覚はあるが初恋もまだで、脳筋イチイ一家の長女としては、『惚れたはれた』より『殴ったら腫れた』の日常だった。

だから・・・・

まあ・・・

アリアの元彼と愉快な仲間達の、下衆な思考回路が理解出来ない。

普通、一瞬でも気に入った相手を危険地帯に放置するかぁ!?

その上予想外に無事だからって、殺気丸出しで付け回すって、どういう神経よ!?

もしこれが『恋』なんてものと関係するなら、わたしは一生恋なんてしない!!

まあ今回は、自分以外大事にできない、自分の思うようにならないと癇癪を起こす馬鹿なガキのしつけだと思うしかないケースである。腹に据えかねるところもある。

ここは一発。

やってやる!!

少しずつ、両者の距離が縮まった。そろそろ掛かってくるつもりだろうが、面倒なので掛からせない。

体力チート、10メートルジャンプの能力を、横方向の移動に使った。50メートルほどの距離を一瞬で詰める。

勢いがつきすぎて・・・

むしろ止めるのに苦労したよ。

「こんにちは。」

驚愕の表情の下衆3人組だ(それはそうだ)。その左肩に触れ、全員の肩を抜いてやった。

「うわっ!!」

叫び声が上がる。無事な方の右手で抑えて転がりまわる。

うん、わかるよ。

脱臼すると痛い部分にもろに腕の重みがかかり、絶え間ない激痛が続く。

この程度で許してやる気は、毛頭ない。

3下衆の1人は、町に入るとき見た顔だった。

「門番君以外は初めましてだね。わたしはリン、アリアの友人。いろいろとやらかしてくれた君達に、ちょっとばかり用がある。」

馬鹿にしたような物言いに、門番君が激高する。

顔を真っ赤にして立ち上がり、無事な右手で向かってきた。

「このガキ!!」

お、すごいなぁ。

解析不能、人間の動きを超えた超常現象張りの攻撃にも、辛うじて気持ちが折れていない。

こいつがつまり、仲間内の盾役で、力担当ということだろう。

殴ろうと踏み込んできた左足の付け根を、足の裏で軽く押す。

瞬間。

ゴキッ!!という音が周囲にも聞こえた。

股関節を脱臼させた。勢いを殺せず、足が曲がってはいけない角度で曲がる。

「ギャーッ!!」

叫び声をあげて倒れたよ。

一連の騒ぎを顔面蒼白で見ていた2人のうち1人・・・多分こちらがロインとかいう、肉みたいな名前の御者である。顔だちも普通、体型も格好好いとは程遠い弛んだ中肉中背だ。

その右足の付け根を軽く踏んだ。

ゴキッ!!という音再び。

左肩と左足。左肩と右足。

そっくりだけど少し違う、双子コーデしてやったぜ。

門番と御者は口から泡を吹きながら叫び、転がり回ることも出来ず道に大の字に倒れている(動けば痛いだけだからね)。

さてあと1人と振り返ると、地面にへたり込んだ色男の顔にはありありと恐怖が浮かび、ガクガクと震えている。

「ったく、リン、速過ぎるよ、もう。」

とその時、やっとアリアが追い付いてきた。

あのさ、アリア。瞬間移動張りに動けるわたしのことはともかくとして、50メートルならどんくさい女子でも10秒程度で追いつけるよ。急ぐ気すらなかったのか、病的に体力がないのか、1度真面目に問いただしたい。

アリアの登場で、そのご都合主義の思考回路はいっそ尊敬に値する、男の顔に生気が戻った。

「アリア、助けてくれ!!俺達付き合っているだろう!?」

えーっ、捨てたのに?

すごいな、こいつ。

あんまりな言い分にさすがにカチンときたのだろう、

「うわっ、気持ち悪ぅ」と、らしくない言い方でアリアがつぶやく。

ご都合主義下衆野郎、茫然。

「アリア、こいつでしょ,元彼?」

「不本意ながら。」

「結構面食いだね、あんた。」

「いや・・・って言うか、認めてくれる人なら誰でも良かったんだよ、あの時は。」

なかなかに重い発言だが、まあとにかく、元彼女の許可もとれたし。

そのまま近付き、左肘、右肩、右肘の順に抜く。

腕の重さが両肩、両肘にダイレクトだが、それを支えるために必要な3本目の腕はないと言う、腕脱臼のフルコースだ。

泣き叫ぶ元彼君を諭す。

「あんたの足を残したのは自分で案内させる為だよ。もう少し言いたいこともあるし、もう少ししつけ直しもしたいから、とりあえずあんたの家に案内して。いつまでも路上で騒ぐのは近所迷惑だから。」

「・・・(痛過ぎて声にならない)・・・」

「案内出来ないなら、強引に連れていくけど?」

門番と御者の襟首を掴んで引きずると、泣き叫んで失禁した(肩と足、抜けてるしね)。

仲間の哀れな姿に急に背筋を伸ばした元彼は、そのあと痛みに耐え脂汗を流しながら、1時間以上かけてまっすぐ自宅へ案内した。

脱臼した足を、腕を引きずられ、泣く声も枯れた男2人は昼間の中央広場に放置。

「痛い、痛いよぉ・・・」

「助けて・・・許して・・・」

すすり泣きをバックに、広場から5分ほどの距離にある元彼の家に着く。

大きな家だ。

甘やかされたお坊ちゃんという感じ。

本人は腕が利かず開けられない。

代わりに離れの扉を開けた途端、

「!!」

初めて感覚に、肌が泡立つ思いだった。

一瞬で頭に血が上る。気が付いたら殴っていた。

赤の魔力に目覚めてから、自分が強過ぎるとわかっている。だから加減もしていたのに、コントロールがブレてしまう。

元彼は・・・

殴られた勢いで自室の壁に当たり、床に落ちた。あごは粉砕骨折だ。血を吐いて、顔の形が変わっている。

完全にやり過ぎた。やり過ぎるくらい心が乱れた。

「ちょっと、リン!!」

慌てたアリアを見返す時、多分わたしは泣きそうな顔をしていただろう。

悔しくて、腹が立って、悲しくて。

「アリア、これ・・・」

「?」

「あんただけじゃない、多分・・・」

声が震える。


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