第22話 帰りたいとは今も思う

「・・・(あの有名は飛行機アニメの曲です)・・・」

リンが歌っている。

いつものやけくそ気味の歌い方じゃない、優しく歌っている訳は兄妹が眠っているためなのか?

相変わらずの知らない曲、知らないメロディー・・・

でも、

「ねえ、リン?」

「ん?」

「ひこうきぐもって何?」

今回は意味の分からない単語もあった。

「ああ、そうか」と苦笑い、

「あの空を真っ二つにするような、スッと伸びた真っすぐな雲だよ」と、殊更元気に教えてくれた。

何故だろう?すごく寂しそうに見えて・・・

森の木々の間から見える、空は完全な夕焼けだ。疲れ切っていたのだろう、兄妹は眠り続ける。今晩はここから動けそうにない。

結界の中、リンと私は空を見上げ・・・

「チビども寝てる?」

急に聞くから不思議に思う。

「ねえ、あのお兄ちゃんとリンって、同い年くらいだよね?」

「ん?待って、アリア。あんた、わたしをいくつだと思ってる?」

「12、3?」

「15。」

「えっ!?本気で!?ほとんど変わらないじゃない、私と!?」

真面目に年下だと思っていた。

驚く私に質問で返す。

「アリアは?」

「あと数日で16。成人だよ。」

「そっか。わたしは、・・・18が成人の場所から来たから・・・」

さっきより更に寂しそうだ。泣きそうに笑うリンが、その時初めて自分の話をしてくれた。

「アリア。わたしはあの子たちの親が許せない。腹が立ってどうしようもない。

わたしの親はいい人達でさ・・・まあ、悪さをしたら超怖かったけど、でも、いい人達だった。やりたい事はなんでも挑戦させてくれたし、わたし達・・・ああ、兄貴と弟もいたんだ、わたし達兄弟を信じてくれて、精一杯愛してくれたと思う。

そういう可能性を最初から奪った、あの2人の親は許せないよ・・・」

回復魔法を放った時とは違う。爆発するような怒りではなく、熾火のような根深い怒りだ。本気で怒りながら、しかし何度も髪をいじる、頭を掻く仕草をするリンが、どうしようもなく孤独に見えて・・・

察してしまった。

「ねえ、リン。もしかしてあなた、帰れないの?」

聞いていいのかわからないまま、それでも言葉にすると、

「うん」と頷いた。

「アリアが最初に会った時治してくれたあの病気、あれ、そう簡単に治せない、いわゆる不治の病だったんだよ。」

「え・・・?」

「急にそんな病気になった娘を、可能性に賭けて、親はわたしをここに送った。生きて欲しいって、頑張って欲しいって、思ったんだろうけど・・・

結果的にわたしはアリアに会って、こうして生きてる、でも・・・」

「・・・」

「遠く離れすぎてもう会えないよ。」

物理的な距離の問題なら、この生物界最強のリンが諦めるとも思えない。どうしてでも会おうとする。

でも、しない。

と、言うことは・・・

距離でなく時間、『死に別れた』ということだろう。

「くそぅ・・・」

『会いたいな』を飲み込んだ、今日のリンは普通に見える。普通の、15の女の子(まあ、15って気づいたのは今さっきだが)。寂しかったり悲しかったりする、当たり前の15歳だ。

ただ、自らのモヤモヤを振り払うように急に言った。

「で、ここからは言うべきかどうか迷ったんだけど、まあ、伝えるべきと思って・・・」

「え?」

「落ち着いて聞いてね、アリア。あの子たち、」

「・・・」

「魔力、あるよ。」


「えっ!?どういうこと!?」

これ以上言葉が継げなかった。

いや、魔力があるのは問題ではない。私だってあるし、でも・・・

イワーノにもジエにもいなかった魔力持ちが、こんな森の中に4人もいる。

偶然にしても出来すぎている。

なら、その共通点は?

思い当ったら寒気がする。

泣きたくなった私に、同じことを考えている、リンが困ったように頭を掻いて、

「魔力のせいだったんじゃないかな」と呟いた。

あの兄妹の魔力は、私やリンに劣るもののかなり強いのだそうだ。『普通』を知らないリンには本当の意味での判断はつかない。

でも、

「魔力が見えるのはわたしだけみたいだけど・・・人間には第6感っていうか、感じることが出来ると思う。自分とは違う何かを感じた。それが差別につながったんじゃないかな。」

兄の方には私と同じ『緑の魔力』が、妹には『赤の魔力』のリンとも違う、『黄色の魔力』があるそうだ。

けど・・・

それじゃあ・・・

「私達、何にも悪くないじゃない!!」

望んで魔力を得たわけじゃない。生まれつきだ。ただその生まれつきで。

あの兄妹は親に憎まれ、奴隷同然に扱われ、そして暴行され捨てられた。

私は差別され疎まれながら、身をひそめるよう生きてきた。そういう生き方しか出来なかった。

ねえ?ならどうしたら良かったの?

どうしたら・・・

「うん、まあ落ち着け。」

泣き叫びそうな私の頭を、優しい言葉と泣きそうな笑顔で、リンがポンポンと軽く撫でた。

「悪いね、回復魔法は使えないから」と。

それで少しだけ落ちつけた。

「もう・・・年下になぐさめられた・・・」

「ほとんど変わらないじゃんか。」

「まあ、そうだけど・・・」

「今は魔力があったこと、そこまで後悔しないでしょ?」

「うん。ぶっちゃけ助かってるし・・・」

「ならオッケー。で、頼みがあるんだ、アリアに。」

今回リンは1人で行くと言った。

今晩中に片を付ける。1人家に残された弟も、おそらく名無しの奴隷扱いなら魔力持ちだ。彼を救って、兄妹の親に思い知らせる。

全部1人でやってくると言った。

「ちょっと待って、リン。万一暴走したら?」

暴走したら回復術師抜きでは取り返しがつかない。あまりに危険な行為だった。

それでもリンは諦めない。

「わかってる。でも、今回は暴走しない。気を付けるって言うか・・・

最初わたしは、暴走して誰かを傷つけても、殺しちゃっても、悲しんでくれる人も迷惑かける人もいないし、どうでもいいと思ってたんだ。好きなようにしよう、心のままに暴れようって。

でも。

それじゃ駄目になるって気が付いたから・・・

ここで待ってて。あのチビども守って、この場所で待ってて、アリア。」

「え?」

「わたしの帰る場所でいて。」

震えながらの訴えは、男女だったらプロポーズだ。

って言うか、イケメンだな、リン。

ちょっと吃驚したが・・

わかってる。リンは家族が欲しいんだ。

家族を失ったらしいリンと、同じく孤児である私、親に捨てられた兄妹ならば、お互い異論はないだろう。

「わかった。姉ちゃんはここで待ってる。」

「え?」

「私の方が姉だよ、もちろん。」

ニヤッと笑って見せると、

「オッケー、姉貴」と、リンも笑った。

いつか月が昇っていた。

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