第21話 奴隷扱いの少年

僕には名前がない。

人間にはたいてい名前があり、親がつけてくれる。愛されていれば、家畜すら名前を持つことがある。

そういう意味では僕らは愛されていないのだろう。僕と、2人いる妹のうち下の妹、末っ子の弟には名前がなかった。

ただ、

「おい!!」とか、

「お前!!」とか、

「貴様!!」とか。

たまに、

「馬鹿ガキが!!辛気臭い面しやがって!!働きが悪ければ飯抜きだ!!」とか、余計な罵倒がついてくる。

1日2食が関の山、それも十分な量にほど遠く、残飯を与えられた。少なくない確率で、それすら無い時がある。いつもお腹が空いていた。

兄のポム、上の妹のシアンには名前があり、両親と同じ食卓についた。

ポムは14,僕は12,シアンは10で、妹は7、弟は4歳だった。

一応全員同じ両親の子だとは思うが、物心ついた時には差別されていたので理由はよくわからない。

ポムとシアンは部屋を与えられ、町の運営する無料の学校にも通っていたが、僕らはひたすら働かされた。両親は農民で小さな畑を守っていたが、畝を作り苗を植え、雑草を抜き世話をするのは全て僕と妹だ。まだ4歳の弟までも、時に作業を手伝わされた。

雑草が残っていたと殴られる、飯を抜かれる。

虫が葉っぱを齧っていたと、蹴られた上に放り出された。

3人は部屋を与えられないどころか、台所の床に毛布もなく、身1つで眠らされた。体は痛いし、寝坊でもすれば蹴り飛ばされたが・・・

それでも室内の方がマシだったと、この時初めて気付いたものだ。

寒くないだけ、朝露に濡れないだけマシだったのだ。

この日の朝、両親に酷い暴行を受けた。妹も一緒だった。弟だけは除外されたが、昨晩話し合う声を聴いていた僕には、来るべきものが来たという感じだった。

殴られ蹴られる。肋骨が折れた気がする。吐いたものに血が混じり出す。

わかっていたのに逃げ出す気力はとうになくなり、僕は意識を失った。

曰く、

「あの2人もだいぶ育ってきて食費がかかるし、そろそろ外に捨ててしまおう。」

「でも、畑は?」

「1番下のにやらせればいい。幸い苗の植え付けは終わっているし、収穫までまだ数か月ある。その頃には戦力になるだろう。」

「ああ、それがいいね。」

残飯しか与えない両親に、その食費を惜しまれた。僕と妹と弟と、ポムとシアンと何が違う?

何故生んだか聞きたかったが、働かせ、虐待し、そして捨てるためだろう。

もうどうでもよくなった。

次に覚醒した時、僕らは森の中にいた。巨大な獣が住む森に、エサとして放置されたのだ。

すぐに終わりが来る。

それでも、瀕死の妹が気になって、せめて共に逝けるように僕は彼女に覆い被さる。

役に立たないとわかっている。

それでも、少しでもと妹を庇い、また意識を失って・・・

目が覚めた。

もう2度と目覚めないつもりが、楽しげな声に誘われて目を開けると、

「お。小僧、起きた。」

「おはよう。妹さん、もう起きてるよ」と、やたら綺麗な人がいる。

一瞬天国かと思った。

痛むはずの体もちっとも痛くないし、森の中に人がいるとか、本気で訳が分からない。

「はい、取り合えずご飯。」

しかし出された食事の暴力的なまでの匂いに、一気に体が覚醒した。

グーッと腹が鳴った。


「食べられるだけ食べていいよ」と笑顔で言われ、抗えない、3杯目のお粥を口にする。

美味かった。絶妙な塩加減に、中に黄色いものが入っている。

卵粥だ。

「旨いだろう?わざわざ追加で取りに行ったんだし」と、黒髪の方の女性が言い、

「小さいの取ってくればいいのに。余るよ、もう」と、金髪の女性が口をとがらせる。

「いいじゃんか。人数増えたし余裕だよ。」

えっ、ちょっと待って。取ってきたって言った?

あそこに見えてる卵の殻、僕の背丈くらいあるよ。あれって、この森に棲んでいる、大きな鶏の卵だよね?

それを取ったって?

大体なんでこの人達、森の中で普通にいるの?

妹はお腹がいっぱいで眠っている。その体には、あんなに酷かった暴行の跡が1つもない。

訳が分からない・・・

呆然としていると、

「細かくは説明面倒だし。まあ、一応わたし達魔法使いだから」と、黒髪の人がざっくりまとめた。

「で、小さい方に聞くのもなんだし、眠るの待ってたんだ。何があったか説明してよ」と言われ、僕は初めから説明した。

何故か親に奴隷扱いされ、虐待されて暮らしてきたこと。2人とも名前すら無い。下の弟が4つになったので、彼を新しい奴隷として扱い、食費が嵩む年長の僕達は捨てられたこと。

「なんでこうなったかわからない」と、泣けてきてしまった、鼻をすする僕は、瞬間感じた異様な気配(殺気?)に硬直する。

顔をあげてみれば、黒髪の人が怒っている。目を吊り上げ、唇を噛み締める表情は、綺麗なだけに鬼のようだ。

ものすごい圧力だ。腰が抜けそう・・・

「はい、リン。落ち着いて。」

金髪の人がフワリと手を振る仕草をした。

瞬間圧力が消えた。え?なにしたの?

黒髪の人は天を仰いで、

「ありがと、アリア。こう言う効果もあるんだ」と、少し笑った。

「話してくれてありがとう。取り合えず君は寝なさい。怪我は魔法で治して貰ったけど、体力を消耗していることに変わりはないから。」

「え・・・でも?」

「ああ。わたし達がいる以上、この場所は安全だから。アリア、範囲回復。」

「はいよ。」

突然温かい何かに包まれた感じがして・・・

眠りに落ちた。






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