第20話 また落ちてた

リンが拾ってきた卵を使った昼食は、本気で、ほーんきで美味しかった。

手を出そうとする雑娘は全力で阻止した。

手伝って貰ったのは固い卵の殻を切ったくらい。私では割れないし、失敗すれば卵液が無駄になる。上10分の1くらいでナイフで切った。

殻をそのまま器に使い、卵焼き用にかき混ぜたよ。

塩も胡椒もあるし、更にかまどを2つ制作、その1つでオムレツをバンバン作る。もう1つでは思いついて、巨大トマトを使った無水スープを作った。

「すごーい!!アリア!!トマトピューレぐらい濃いよ!!超うまい!!」と褒めてくれたが・・・

トマトピューレってなんなのさ?

本当に『美味しいもの』は気持ちが和む。

「アリアがモテモテなおかげで街道を逸れることになったけど。こんな旨いもん食えるなら感謝だね」とリンは言ったが。

あのさぁ、リン。私のせいだけじゃないと思うよ。無自覚みたいだけど、リンも相当綺麗だからね。

あの商隊の男はリンが背負った荷物の量に引いただけで、チラチラ顔を盗み見ていた。子供っぽい小さな体にのった整い過ぎた顔面は、かなり異性の庇護欲をそそる。

本人が、とても『庇護される側』でない、それが問題なだけで。

「あーっ、食った食った。」

およそ綺麗な人らしくないセリフで、リンがその場に横になる。空を見上げて伸びをした。

今リンは、ジエで貰った服を着ている。

2人とも女性とわかってるのに、何故だろう?私にはスカートが、リンにはズボンが用意された。

動きやすくていいと、本人も喜んでいたが・・・

今まで着ていた不思議な光沢の服は、ざっくりなリンの性格上捨てそうなものだったが、洗ってしまいこんだ。

魚臭くなっているのに、あちこちほつれていたのに、である。

取り上げて洗ってやると、いつもならブツブツ文句を言うのに、

「ありがとう」と素直に言った。

思い出の品だろうか?

ぼんやりと考えている私に、

「ねえ、アリア」と、リン。

「ん?」

「アリアいつも、わたしに常識なし、常識なしって言うけどさ、アリアにいろいろ教えたのはサリアさん?」

「あ・・・うん。」

「でもさ、こんなにも希少な魔法使いのことも知ってたよね。それも?」

リンは、ナンパ商隊にも魔力持ちはいないと見抜いていた。ジエにも1人もいなかったそうだ。

リンには魔力が見えるのだから、決してごまかすことは出来ない。

「そうか。生きてるうちに会えてたら、リンにはサリア婆ちゃんの魔力も見えていたかもしれないね。」

認めてから苦笑い。

「でも、私がそのことを知ったのは、婆ちゃんが死ぬ3日前なんだけどね。」


10歳のあの日、生まれた町を抜け出してただ必死でイワーノに着いた。

5歳までしか暮らせなかったし、両親には愛されただろうがあまり覚えていない。孤児院での扱いが苦し過ぎて、意を決してきた隣町はもとより排他的で、よそ者を歓迎しなかった。

門こそ通してくれたが誰も助けてくれない。

3日3晩飲まず食わず。

貧民街で動けなくなっているところに、

「おや、あんたは」と、拾ってくれたのがサリアだった。

出会った時はすでに高齢だった。背中は曲がらずしっかり伸びた、頑固そうな老女だった。

高齢ゆえに働いていない。けれど、どこかからか現金が出てくる。腹を減らした子供1人、難なく養ってくれた。

教養があった。読み書き算術を教えてくれたのも彼女だ。炊事洗濯などの家事全般。亡くなる前2年は小さな畑で野菜も育てた。

農業も習った。

現金を持つサリアにとって、畑は必要なかっただろうが・・・

残される私を思ってのことと、後で気づく。

半年前にサリアが死んだ。所謂老衰、止めようのない死だ。

それでも、どうしても失いたくないと思った。

親の記憶はほとんどない。嫌われ虐められた私にとって、サリアは初めての保護者だった。

別れたくなくて・・・

「嫌だ!!死なないで!!」と叫んだ。

目の光が消えていく彼女に縋りついた。

思いが強過ぎたからだろう、その時初めて、私の中から癒しの魔力が放出されて・・・

「やっぱりあったか」と、サリアが言った。

目に光が戻っている。

「死にゆくものを、しかも寿命で死にゆくものを戻すなんて、規格外だよ、アリア」とも。

「さあ。私は死ぬ運命だし、伸びても多分数日だろう。この時間で私が知るすべてを教えるよ。」


「婆ちゃんが最初私を拾ったのは気まぐれだけど、もしかしたら魔力持ち同士惹かれたのかもしれないって、言ってた。」

サリアは王都の魔法使いだった。

魔力は血筋に左右され、私のように突然変異的に魔法が使えるのは稀中の稀だ。

サリアは貴族(魔力持ちがなるケースが多い)の妾の息子の、そのまた妾の子だったが、魔力を持って生まれてきた。

王都には計測器具もあるらしい。

中の上程度の魔法使いだったサリアは、王宮勤めは無理だったが有力貴族のお抱え魔法使いとして晩年まで働いた。

貴族には王都から都市に出向いたり、都市から都市を渡ったりと、壁の外に出る仕事がある。回復術師は必須だった。

老齢に差し掛かり替わりの魔法使いが見つかったことで、サリアはやっと解放された。サリアの雇い主は貴族としては真っ当で、それまでの働きに報いて退職金を出してくれた。

それでイワーノに流れ住み、余生を過ごしていたのだった。

「婆ちゃんは、絶対王都には行くなって。私の魔力は規格外で、今王宮にいる回復術師が足元にも及ばない。それが平民の孤児だって知れたら、必ず捕まる、ほぼ王家の奴隷だよ、って。」

あの後3日ではサリアは死んだ。今度は引き留めなかった。苦しめるだけとわかっていたから見送って・・・

「でもさ、なら良いの、アリアは?王都に行くのは。」

至極真っ当なリンの疑問に、

「大丈夫だよ」と笑う。

「今はあの頃と違って自分の身くらい守れそうだし、」

サリア婆ちゃんは、王都での話を辛そうに語った。少しもいい思い出なんかなさそうだった。

「私もやっぱり王都が見たい。」

確かめたいと思っていた。

「わかった」と、リン。

「あんたのことはわたしが守るし、とにかく見てみないことにはね。」

「うん。」

「じゃ、そろそろ行こう。あっ、でもちょっと待て。不用意にキング達に当たると面倒だから。」

リンが索敵魔法を発動した(規格外め)。

少しして表情が変わる。

あらぬ場所を見つめ何かを探る。

瞬間!!

「ごめん、アリア!!ちょっと待ってて!!」と駆け出した。

5分ほどで戻って来た彼女は、

「嘘でしょ・・・」

「森の中に倒れていた」と、子供を2人連れてきたのだ。

リンと背丈の変わらない12、3歳くらいの少年を背中に、7、8歳に見える少女を前に抱えている。

2人は虫の息だった。

「回復する!!」

魔力を放とうとしたその前に、

「待って!!」とリンが割り込んだ。

少年の着ていた服(と言ってもぼろ布がまとわりついた感じだが)を引きちぎる勢いで割く。

「!!」

「!?」

あらわになった肌に刻まれたのは、無数の痣で・・・

尋常ではない虐待の跡だ。

「回復魔法を」と言った、リンの声が震えている。

完全にキレている。







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