第46話 台風コロッケとか言って、楽しめちゃうタイプの人
あたしはアイ・ズルタン、19歳。
ズルタン商会会頭、カイル・ズルタンの長女・・・だったんだけどねぇ。
なんか、弟と同じパターンになってきた。大体親父、もう会頭じゃねぇし。
1週間前、弟のカイトから早馬で連絡がきた。文字通り馬の全力疾走だから、スルハマと王都を半日で結ぶ。
弟の手紙曰く、
『すっごいかわいい魔法使いが、親父の傍若無人、やり過ぎっぷりに怒って、本社を襲撃してきた。
で、すっごくかわいいのにやたら強くて、親父以下調子に乗っていた従業員一同キャンという目にあわされて、親父は引退。商会は俺が継ぐことにしたから、姉貴、手伝ってくれ。王都支店の支店長よろ。
あと、すっごくかわいい魔法使いと、同じく全員魔法使いの兄弟達が王都に向かったから、それもよろしく』だそうだ。
要約すると。
いやぁ、素直でいいねぇ、カイト君。
弟の真っ直ぐな性質を守ったのは、あたしと、夫の下衆さにとっくに気づき見放していた母との共同作業だ。
兄(カイジ)は父に似過ぎていて、しかも短慮だ。他人を見下すところもあり完全に育て方を間違えたから。
どうしてもカイトだけは守りたかった。徹底的に毒から守り、ただ真っ直ぐに、ただ素直に。
大切に大切に、母と2人必死で守った。
どうやらうまくいったみたいだ。そこだけはよかったと思う。
話が逸れた。
弟の手紙によれば、親父は数々の非道に手を染めていた。
その中の1つが兄弟の問題。
あたし達は公式には(親父が認知しているという意味で)9人兄弟。しかし、認知されていない兄弟があと7人、その母親が7人いた。
王都に4組、スルハマに3組。
カイジとキューの間に女の子が1人いて、この子がつまり長女である。キューとあたしの間にも男の子と女の子が・・・
つまりあたしは三女だった。
すげぇー、親父。ここまで来るとクズ過ぎて尊敬するわ。
スルハマの3組にはユウキが、王都の4組にはあたしが出向いた。一夫一妻制のこの国で、未婚の母の苦労が忍ばれる。彼女らは親父に見捨てられ、幼子を抱え、苦労に苦労を重ねてここまで来た。全員未婚のままだった。
本当に・・・
申し訳なかった。
辛かった日々も、無駄にした時間も、お金で購えるものではないとわかっている。
でも、保証という形でしか返せない。
それぞれの家を訪問し、
「本人でなく申し訳ない。私はあのカイル・ズルタンの娘です。本当に父がご迷惑をおかけしました」と謝罪した。
「何を今更!!」と、怒りをあらわにする人もいたが。
親父の『今』を聞いて、全員が呆気にとられた後結局謝罪を受け入れてくれた。
親父は今ただの水の魔力持ちとして商隊に同行、ただ魔力で水を出す、彼自身が蔑み馬鹿にした『水道』の仕事をこなしている。
親父に捨てられた親子には、一挙にまとまった金が入るわけだ。
王都もスルハマも治安は悪くないが、それでも火のないところに煙は立たない。急に金持ちになった親子が犯罪に巻き込まれることも想定し、今いる場所に拘りがなければ転居してもらった。
十全の対応を終えたころ、すでに手紙から4日が過ぎていた。
親父の尻拭い、かなり大変。
そろそろ魔法使い達が来るだろうと、部下に門を見張らせたが、なかなか来ない。
4日もあれば着くはずなのに?
予想の到着日時を大幅に超えた1週間後、
「支店長、来ました!!間違いなくあれです!!」と、部下が駆け込んできた。
想定をはるかに超えていてワクワクした。
運悪く通りかかって、腰を抜かした人もいるくらい。
彼らは巨大な・・・5、6階建ての建物に匹敵するくらいの王牛を仕留めてきたのだから。
面白くなりそうだと思った。
ただ、楽しみにしていたのはあたしだけじゃないんだよねぇ・・・
「うわーっ!!魔法だ、マジで!!
ねえ!?どうなってるの、それ!?
ねえっ!!君は何の魔法使いなの!?」
早口でまくし立てるのは、あたしの兄のキューである。
大興奮状態。魔道具を研究しているだけあり、魔法に興味津々なのだ。
いやぁ、キュー君、格好悪いぞ、さすがに。
研究職(?)ゆえの痩せ過ぎ青瓢箪だが、メガネを取れば意外と整った顔立ちなんだよ、この人。夢中すぎて馬鹿丸出しで、残念度MAX。
王都の門前広場で魔法使いに会ったあたし達だが、キューのスイッチが入ってしまった。
大興奮で、牛を浮かさえているらしい黒髪の子に話しかけ(本人閉口してた)、幼児2人にはどん引かれ、少年には後退され、最終的には1番おとなしい、金髪の美少女に突撃していく。
「ねえっ!!教えてよ!?」
グイグイ来るキューに、そういう性格なのか上手にあしらえない彼女はどんどん顔色を悪くして、あまつさえ泣きそうになっていて、
「はい、そこまで。キューさん。」
ふいに黒髪の子が手を出した(たぶんこっちがカイトの思い人かな?)。
驚いた。彼女は女性としても小さめで、背の高いキューとの差は相当だ。伸ばした手がやっと襟元に届く、そんな不自然な体制から、
「それ以上やられると、ぶっ飛ばさないといけなくなるから」と、キューを片手で引き抜いた。まるで路傍の草を抜くみたいに、大の男を持ち上げる。
「リク、結界。」
「はい。」
少年が間に入ってくる。
あたしには見えない。ただ言葉通りなら『結界』が張られたのだろう。
見えない何かにキューの体が殴られたらしい、大きく揺れた。
「リク」と、黒髪の子が少し困りながら笑い、少年が悪戯っぽく笑い返した。
つまり、わざとなんだと納得した。
不躾なキューに教育的指導、見えない結界で殴ったらしい。
ただ、キューはこれくらいじゃ懲りないけどね。
「うわーっ!!確かに結界だ!!見えないのに壁があるよ!!」とさらに興奮、ベタベタ結界を触りまくる。
おかげで、道に座り込みべそをかいている金髪の子とそれを慰めている少年の周りに、半球状の壁(結界)があると分かったよ。
第3者視点ではキューの全力パントマイムに見えるのはさておいて。
「ごめん、アリア、人見知りだから。」
黒髪の子がフォローする。
「男嫌い?」
「うーん。って言うか、人、怖いんだと思う。」
おや?なんだか意味深な発言。
もう少し聞こうかと思った時、結界を十分に堪能したキューが飛んできてしまった。
「ねえねえ!!君は!?どうやって牛を浮かせてるの!?」
それこそ抱き着かんばかりの勢いで特攻してきたのを、彼女は面倒そうに受け流す(って言うか相手にしない)。
「・・・」
「ねえねえ!!」
と、次の瞬間。
ザバッ!!とバケツをひっくり返したような音がして、突然キューがずぶ濡れになった。
「え?」
驚いて見ると、いつの間にか1番下の男の子が半泣きで間に入り、キューを睨みつけている。
つまり、彼が水を出したのだ。
「うわっ、どうした、リオ!!」
慌てて黒髪の子が抱き上げる。
「どした、リオ?守ってくれようとしたの?いい子だな」とあやすと、
「ダメ・・・リンちゃんは、リオの・・・」と抱き着いていく。
「リオのお嫁さんにするんだ・・・」
「ん?でも、手加減できて偉いぞ、リオ。」
会話がかみ合っていない。
なんのこっちゃと思っていると、
「あの子が王牛の首を切ったんですよ」と、魔法使い兄弟の最後の1人、幼女が話しかけてきた。
「え?」
「水でスパーン!!って。」
マジで?もしかしてキュー、命の危機だった?
「ねえ、君達、血のつながらない兄弟?」
「はい。わたしと兄と弟は本物の兄弟ですが、姉2人とは血のつながりはありません。」
「で、あっちの姉ちゃんはすっごい鈍感?」
黒髪の子を指差すと、
「はい。それがリンちゃんのいいところです」と、嬉しそうに笑った。
あ、この子も何か尋常ではないわ。
いやー、これ・・・
面白くなりそうな予感がする。
なかなかにカオス。
まあ、いつまでこうしていても仕方がないし。
あたしは商談を始めることにした。
「ねえ、あの牛、うちに売らない?」
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