第47話 レッツ、魔力クッキング

「ねえ、あの牛、うちに売らない?」

「正規の価格で?」

反応を見たかった。

アイの言葉にきつめの返し。

ズルタン商会がこれまでやってきたことを思えば、かなりな嫌味だったのだが、

「またまたぁ。そんな商売駄目だって、自分が決めたくせに」と、軽くあしらわれてしまった。

カイトの姉の、アイ・ズルタン。

なかなかにいい性格をしている。

どうも。バイソン君と王都まで来ました、リンです。

ただ正規価格といても、『王牛が流通に上った』、それ自体が希少だそうだ。

直近の記録で60年前。しかも寿命で死んだ老牛で、偶然街道近くで絶命していたため手に入ったらしい。

老牛なんて固そうだが、通常サイズの牛をはるかに上回る味だったとか。

この世界、でかくなると美味くなるのか?

アメリカバイソンなんか食べたこともないが、これも結構美味しいのかな?

謎だ。

「一応、王牛は王猪の10倍から20倍って基準があるよ。60年前のケースで12倍、今回は普通に若い個体で、しかも特殊個体って言うのか、通常より大きいもので、血抜きも完璧、状態もいいから・・・

王猪の25倍、大金貨250枚でどう?」

予想をはるかに上回ったし、こちらには是非はなかった。

「で、さあ。そろそろこれ下ろしたいんだけど。」

魔力量的には問題ない。ただやたら目立っている。どんどん野次馬が集まっているし、『隠さない』とはいえ見世物になる気はないし、バイソン君を指さして聞くと、

「じゃ、ズルタンの解体場に行こうか?」と、アイ。

食肉も扱っているズルタン商会の解体場は、普段は通常サイズの家畜を相手に、たまに入荷するかもしれない王鶏や王猪にも対応できるよう、かなり大きめに作ってあるそうだ。

場所も遠くないというので移動すると、しっかり職人が100人単位で待ち構えていたよ。

買う気満々で準備していたんだな。まったく食えない女だよ。

ちなみに、リオに頭からずぶ濡れにされたキューだが、濡れたままで付いてきた。

風邪をひくから着替えて来いと、アイにも言われていたが聞きやしない。

大好きな(ただし研究材料)魔法使いから片時も離れたくないのだ。

オタクだ、この人。

解体場では、キューがいると落ち着かないアリアにはリクの結界内に引きこもってもらって、わたし、サリア、リオで見学。

ちゃんと関節で外してるな。モモ、腕を外し、背中側からサーロイン含むロース、ヒレ、肩ロースなどを分けている。

もちろんバラも。

アイによると、角はそのまま貴族の家の飾りに、または加工して工芸品に、皮は服やカバンに加工できるそうだ。骨も骨髄の部分は食べられるし。

「内臓は?」と聞くと、

「普通サイズの牛でも食べる人は多いし、売れるよ」と、返ってきた。

ただ気になる点が1つ。

なんかさっきから職人達、脛をぞんざいに扱ってないか?あとテール。しっぽ落としてそのままじゃんか。

「あそこは?」

1か所に集められたそれ(脛とテールだけでも元が巨大だから小山のような量だよ)を指すと、

「脛は固いから食べないよ。」

「は?テールは?」

「しっぽ?食べないけど」と、不思議顔。

うわーっ!!馬鹿じゃないの、この世界!?

「捨てるんならこっち頂戴。」

「食べるの?」

「食べるよ、美味いもん。」

「食べ方知ってるの?」

あ、この食いつき方は商人だわ。

目がギラギラしだしたアイを見て、条件を決める必要性にかられた。

「わかった。どうせ捨てるもんだったんだから、あの脛2本とテールは頂戴。それで調理法教える。」

どうせ脛は各所からとれるし、調理法を教えたら筋だって無駄にならない(脛を食べない以上筋も食べてないはずだ)。アイに絶対損はない。

彼女も頭で損得勘定をしたのだろう、

「オッケー!!」と、納得した。

さて、説明となると・・・

わたしは言葉が苦手だ。アリアには『雑』と言われるが全くその通りで、順序だてて丁寧に説明なんかしたくない。

なら、

「わたしの言葉を1番わかるの、アリアなんだよ。でも、キューが待ち構えてると出てこないから。」

アリアはさっきから天岩戸状態だ。

でも、手伝って欲しい。

アイに水を向けると、

「わかった」と、付いてきていた部下を召喚。

4人がかりでキューを椅子に座らせ、押さえておいてくれることとなった。

「アリア。手伝って。キューは捕まえてもらったから。」

「・・・」

「大丈夫。あと、料理なんだよ、教えるの。わたしじゃ結果が見えてるから。」

やっと結界を出たアリアに、調理器具を説明。

「リオ。あの脛1本、うぉーたーかったーで一口大に切ってもらっていい?浮かせておくから。」

「うん、わかった。」

「あと、アイさん。部下の人に頼んで釣り合うくらいのトマトと塩と胡椒を。」

「わかったよ。」

これで準備が整った。

「アリア、お願い。」

いつもの魔力の無駄遣い、結界を調理器具に転用する。今回は量が多いので、3メートルはありそうな巨大な見えない寸胴鍋が出来上がる。

そこにリオが切った脛肉と、トマト、調味料をぶち込んで、最後にもう1度リオに水をひたひたに入れてもらう。

気付いたら、

「うおーっ!!」

「なんだ、あれ!?」と、解体場の人まで集まっていた。

ああそうか。鍋が見えるのはわたしにだけで、普通の人には何故か食材が浮いているようにしか見えないのか。

「えーっと、あそこに魔力で作った鍋があるんだけど・・・

アリア、あそこ、完璧に密閉してほしい。」

「え?絶対外れない蓋ってこと?」

「そう。」

「じゃ、結界を伸ばして・・・」

そう。わたしがやりたいのは圧力鍋の実践だ。

「今完全に密閉した。で、今回は鍋がでか過ぎるから火も魔法で」と、わたしの魔力を使って火をつける。

「うおぉぉぉ!!」とどよめきが上がったよ。

燃料なしでも魔法だから燃えるし、かなり便利だ。いろいろ勿体ないというか、使い方が残念だけど。

鍋の中では対流が起き、やがて蒸気が出始める。

「沸騰したね。で、この鍋は絶対外れない魔力の鍋蓋だから、蒸気が外に漏れない。そうすると、中が蒸気でいっぱいになって圧力がかかるの。これで煮込みは時短できるし、なかなか煮えにくいものもいっぱつだから。」

魔力鍋、中が見えるからわかりやすい。5分ほどでくたくたになったから火を止めた。大きく作り過ぎたので、手持ちの鍋を浮かせて中身を掬う。

「んじゃ、味見。なんか入れ物持ってきてよ」と言うと、

解体場のメンバー全員、弁当箱の蓋を持って一列に並ぶ。

「あーっ!!あたしらのは!?」と騒いでいるアイさんや、自力で何とかしてください。

またまた手持ちのお玉を使い、『牛脛肉のトマトシチュー』をよそっていった。

「うまい!!」

「なんだ、これ!?」と、口々の声が上がる。

そら美味いさ、コラーゲンたっぷりだし。

「もう少しほかの野菜も・・・その方が・・・」

レシピを考えているアリアさん。雑妹の料理だし、完璧は次に目指しておくれ。脛2本は確保済みだし。

でも、

「うまーい!!」

「美味しいです、リンさん。」

「すごい、リンちゃん。」

子供達は喜んでるし、まあまあなんじゃないかな。

「うまいな。」

「すごいな、これ。」

驚いているズルタン兄妹に、特に兄のほうに説明する。

「えっと、今のは圧力鍋って言って、普通の鍋でもガッチリストッパーをつけるとか、密閉すれば作れるよ。でも、1つ問題があって。」

「?」

「あんまりしっかり密閉すると、今度は圧力がかかりすぎて壊れる危険があるの。こう、鍋がバーンッて。で、必要なのは安全装置で、それは蓋のところにこう・・・こういうのつけて。」

「???」

相変わらず説明苦手だ。

困っていると、

「煙突?」と、アリアが助け舟を出してくれた。

「そうそう。蓋に煙突をつけるの。そこには錘みたいなのが入っていて、圧力が一定以上になったら浮かび上がる。で、そうすると穴が開いて蒸気が漏れる。で、安全と。」

何故か最後は片言になった。

辛うじて説明を終えると、

「わかった!!これ、面白い!!」と、初めて平常モードの彼を見たな、キューが勢いよく立ち上がり商会に駆け戻っていった。

すぐにでも開発を始めるのだろう。

「で、これは固いものを軟らかく煮るだけじゃなく、例えば普通30分煮込む料理が5分で出来たり、時短や燃料費の節約になるんだ。

これ、売れない?」と、アイに聞くと、

「・・・」

何故か無言で撫でられた。

しかも金貨1枚握らされた。

なんなんだ?

根っからの研究者・開発者のキューに対し、アイは完璧商人なんだろうな。

彼女もダッシュで帰っていった。

「あの、脛2本とテールは貰うことになってるので。預かってもらえますか?」

「大丈夫です。氷室あります。」

やたら元気な職人の目は、魔力鍋に注がれている。

まだ半分以上残ってるもんね。

なら、

「あなた達は鍋とかそういうの、探してきてよ。家近ければ持ってきてもいいし。分けちゃおう。」

「いいんですか。」

「魔力で作った鍋、そのまま放置できないし。分けないと地面に落ちる。」

「わかりました!!」

「持ってきます!!」

全員一斉に動き出す。

美味しいものは偉大だった。




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