第48話 おうちを建てたら引っ越しそば!

王都の初日は宿屋に泊まった。

「なんか知らんけどアイから金貨貰ったし、いい宿でもいいよ」と、リンは悪戯っぽく笑ったが。

これは完全な冗談の類だ。人間身の丈に合ったくらいが1番。恒例の、大きめの部屋に5人で1室、2食付きで大銀貨2枚。あれ?王都、ちょっと高い?

と思ったら、いくつかの部屋に分かれるセミスイートだった。

なるほど。でも、これは正直ありがたい。

私も大して気にしていないが、リンに至っては気遣い皆無。いきなり服とか脱ぎかねないし、リクも12歳。さすがにきついだろう。

リンは『男兄弟』育ちだと言っていた。弟はどこまで行っても弟なんだろうが、そろそろ1人前に扱わなければいけない気がする。

いつかリンにも相談しよう。

男女に分かれて体を拭いていると、

「うぅううぅ・・・風呂入りたい・・・」と、リンが呻く。

汚れる作業を気にしない、基本雑なはずのリンの、風呂へのこだわりは何なんだ?

翌朝は朝食をとって商会へ向かう。

当然営業時間外の早朝なのに、

「おっそーい!!」と、アイさんが待っていた。

「アイ。店開くまで何時間あると思ってるんだよ?」

「でも、どうせ来るでしょ。」

「来たけど・・・馬鹿じゃないの?」

呆れ顔のリンと、飄々といなすアイさんだ。

気が付いた。

この2人似てるんだ。

思いついたら即行動、いたずらっ子で。

考えなしに暴走する。

その後は商会に入って王牛の清算。

「はい。大金貨250枚と、こっちが圧力鍋のアイデア料ね。」

大きな袋とは別に、大金貨30枚入りの小袋までついてきた。

「わたしのリュック、半分くらい現金じゃんか。」

ぶつぶつ言いながら金をしまい、

「ん」と押し付けられたのが、王猪代。

ちょっと、リン!!

それまだ金貨90枚以上残ってるよね!?

『そんな大金!!』と思ったが、拒否するとさらにすごいものを押し付けられそうで、

「はは・・・たかが大金貨で9枚分だし・・・」

手が震える。

呪文のようにつぶやく私を、子供達が気の毒そうに見ていた。

年少者の方が常識的って、どういうことさ!!

清算がすんだら土地の相談。

「うちは不動産はメインじゃないし、たいして扱いはないけど。」

アイさんが見せてくれた地図によると、ざっくり言うと王都はその中央に王宮があり、取り囲むように貴族の屋敷が並ぶ貴族街、更にそれを取り囲むのが市民街だ。

あとは壁際まで農地、例外は西・北・北東の3方向から王都に入る大道付近で、ここには商人街が広がっている。

建前上、王都には貧民街はないらしい。

「でも実際はないなんて事なくて・・・」

3か所ある商人街の近くの壁際に、それぞれ貧民街が広がっている。ズルタン商会のある西門付近にも勿論あり、人の出入り、金の出入りが激しい場所で、日雇いの仕事を拾って生活しているらしい。

「じゃ、ここ」と、リンが選んだのは、市民街と貧民街の境にある土地だった。

地図上で見る限り結構広め。

「お、敢えてここにいきますか。なんか考えてんの、リンちゃーん。」

「ま、それなりに。」

「ふーん。ここなら絶対売れない場所だし、ただでいいよ。」

「あほ。ちゃんと払うよ。いくら?」

「じゃ、大金貨1枚で。」

「思いっきり捨て値じゃんか。ほら。」

貰ったばかりのお金でサクサク会計。金銭感覚がおかしくなる!!

続いて手に入れたばかりの土地へ移動したが、

「歩いていく距離じゃないよ」と、アイさんが馬車を出してくれた。

興味津々なんだろう、どさくさで本人もきっちり付いて来たが。

「移動手段の確保が急務だな」とは、リンの呟き。

体力チートのリンなら王都の広さなど関係なしだが、残り4人は普通だもんね。

都市や王都は徒歩だけだと、移動できる範囲が限られる。とにかく広いから馬車に乗る以外ないが、いちいち乗合馬車を利用するのは面倒だ。

ゆえに金持ちは例外なく、自前の馬車を用意しているのだそうだ。

今私達が乗っているのも、ズルタン商会所有の馬車で。

やがて購入した土地に着いた。

見事に市民街と貧民街のど真ん中。

「3、400坪あるか?」

謎の単位でリンが表現したが、とにかく広い。

ただ、ここからが魔法使い兄弟の真骨頂ともいえる。

「じゃ、ここからは打ち合わせ通り。サリア。」

「うん。」

サリアが進み出て、両手を前に出し集中する(リンの目には黄色の魔力が輝きだして見える)。

その手をすっと上にあげると。

「うわっ!!なんだ、これ!?」

アイさん驚愕。

土地全体が薄く削り取られ(整地?)、土が『気を付け!』しそうなピシッとした秩序だった動きで浮かび上がる。

それが家の形を作り始め、サリアがふっと力を込めた途端『土』から『硬質な壁』に変化した。

家、一瞬で出来ちゃった。

サリアの規格外っぷりは聞いてはいたが(シダナの壁を一瞬で直してるし)、私でさえ見たのは初めて。

呆気にとられていると、

「すっげぇ、サリア。レンガっているよりセラミックじゃんか。超丈夫そう」と、リンが褒める。

サリアが嬉しそうに胸を張った。

「さすがにドアとか家具とか細かいところは、職人を雇うつもりだけど。」

設計者らしい、リンの案内で私達の家に入る。

驚きが行き過ぎてニコニコが止まらない、アイさんもどさくさで付いてくる。

家は2階建て。

上階には兄弟全員分の個室がある。そして1階には食事をしたり全員でくつろげる大きめの部屋と、台所、小さめの部屋はトイレらしい。そしてもう1つ、トイレよりは大きい、けれど部屋というには小さ過ぎるそこには?

リンがこだわりを実現させました。浴槽(サリア作・陶器製)が用意されていた。

よっぽど嬉しいんだろう、早口になり、

「せっかく水の魔法使いと火の魔法使いがいるんだし、これで風呂に入れるよ。ここに排水口付けたから、蓋でふさいでお湯はって、で、とると床にも傾斜がつけてあるから、こう水が流れて外部に排水できるようになってるんだ」と、力説する。

ただ、むしろこの話に食いついたのはアイさん。

「ちょっと待って!!そうか、こうすれば排水が可能なのか!!」

何故か大興奮で、

「ねえ、貴族って、排水のこと考えてないの?」

「うん。それがさ・・・」

彼女の説明によれば、風呂が貴族以上の金持ちの贅沢みたいに言われるのは、すべてその手間のせい。持ち運べる量のお湯を何回も、何10回も、何100回もひたすら沸かし浴槽に溜める。

ここまでで十分な苦行だから排水の事など気にもならず、今度はひたすら手桶で汲み出して捨てていたらしい。

「馬鹿なの?」

「ねえ!!リン!!アイデア料払うから、このやり方貰っていい!?」

「いや、アイデア料とかはいいけど・・・

ああ、じゃあ家のドアとか家具とか、ズルタンに任せていい?お抱えの職人とか、どうせいるんでしょ?出来れば夜には住みたいから、即行手配で。どう?」

「オッケー!!作業料と家具はうちのおごりで。それでも全然お得だよ!!」

急に商人モード全開になったアイさんは、そのまま馬車で帰っていった。

何もかもが手早すぎる。まだ10時前だ。

職人たちが来るまで暇だし、さてどうしようと思っていると、

「でさぁ、アリアに頼みだあるんだけど」と、急に振られた。

「なに?」

「今晩は昨日の脛を使って大量のふるまい料理を作りたいんだ。」

そう言いながらちらり視線で伝えたのは、市民街からも貧民街からも、結構なギャラリーが来ている。

そりゃあ、一瞬で家が建ったし、見かけない人間がうろうろしているし。

なるほど、彼らにお披露目したい、と。

「で、本番は夜だけど、昼に一発かましておきたいんだよね。いい匂いがして旨そうなの。何を用意すればいい?」

つまり、昼はそこまで大量じゃなくていいけど、とにかく目立て、と。

なら!

「王鶏の卵1個と、それに見合うくらいのニンニクたくさん。あと、牛乳適量。」

「わかった」と、リンが消えた(消えたくらいの勢いで走り去っただけだけど)。

30分もしないうちに、卵と大量のニンニク、ビン牛乳1本を魔力で浮かせて運んできたよ。


始まりました、魔力クッキング。

王牛の脛シチューを実践した時、調理器具ごと魔力で作るという、超裏技に気づきました。

魔力で巨大なフライパンを作って、1粒1粒にしたニンニクを火にかける(勿論火はリンが担当)。

十分に火が通ったら、卵と牛乳を入れてスクランブル、胡椒で味を調えるだけの単純料理。

でも、おいしそうな匂いがすごいんだよね、これ。

「アリアにしたら単純だね、これ。」

「ん?よく婆ちゃんが作ってたんだよね。酒の肴に。」

「いける口?」

「うん。好きだった。」

「ま、酒のあてはおかずに最高だし。」

出来上がるころ、

「うわーっ!!あたしがいないうちに何してんの、あんた達!!」と、職人達を連れたアイさんが戻ってくる。

「うるさいなぁ。どうせ余りまくるし、昼飯おごるからパン買ってきてよ」と、リンが金貨1枚投げ渡すと、

「任せて!!」と、そのまま馬車で消えた。

あんた達、フットワーク及びノリ、軽過ぎ。

そのあとは職人達を含めた大騒ぎ。

「うまっ!!」

「なんだ、これ!?」

「卵の味が違う!!」

王鶏の卵ばかり食べていた私達は気付かなかったけど、素材そのものが別格らしい。

「美味しいです。」

「アリアちゃん、すごい。」

「うまーい!!」と、子供たちも喜んでるし。

「酒のあて作戦、大成功じゃん」のリンの言葉に、

「酒!?」と、アイさんが食いつく。

「あ、これ、本当はお酒の肴。」

まだ慣れない、おずおずと答えると、

「うわーっ!!」と叫ぶから吃驚する。

「くそうっ!!ワイン飲みてえ!!」

どうやらいける口だったらしい。

ゴックン、唾をのむ音が聞こえそうなギャラリー達に、よく通る声でリンが言った。

「えーっと、わたし達は今日からここに住む魔法使い。夜にはもっとすごい料理作るから、みんな食器だけ持って食べにお出で。

ただし、わたし達は両方の町の人と仲良くしたい。」

ギャラリーが真っ二つに分かれ、決して交わっていないことに気づいていた。

「だから、条件は1つ。住んでいる場所を理由に喧嘩しないこと。守れるなら夕暮れ時にお出で。」

うん、雑妹、リンにしては完璧なセリフだった。

「で、あとさ。」

今度は小声でリオに目配せ。

リオも・・・と言うより、私達全員気付いていた。

家を建てているくらいからずっと見ている女の子。貧民街の子供らしく、細くて、ふらついていて、道に座り込んでいた。

リオより小さい。3歳くらいか?

リオは大きく頷いて、幼女のもとに駆けていく。

「なあ。」

「?」

「一緒にご飯食べよう。」

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