第49話 いつか隣に立てる日まで

もうどのくらいご飯を食べていないんだろう?

お父さんが寝込んでしまって5日経つ。

最初のうちは残り物とかあったけど、すぐにそれも尽きてしまう。

お父さんのお口にも、パンのかけらを持って行った。

「大丈夫だよ、ミウ。お父さんはお腹がいっぱいだ。」

初めはそう言って笑ってくれた。けどすぐに話さなくなった。

お父さんは大怪我をしてしまった。動けない。ただ、はあはあと、荒い息をしている。

食べるものがなくなって、台所に転がっていた生のお芋をかじってみた。

おいしくない上にお腹を壊した。

以来何も食べていない。

その日お腹が空き過ぎて、無意識に市民街に向かっていた。わたしの住む貧民街には、残飯1つありはしない。みんなお腹が空いているから、欠片のごみも残さなかった。

市民街に行けば怒られるかもしれない。ひどい人に当たればぶたれるかもしれない。

でも・・・

もしかしたらあるかもしれない、残飯の方が重要だった。

ふらふら歩く視界の端に、急に家が出来上がるのを捉えた。

何もなかったのに?

どうして?

そこにはたくさん人がいて、わたしと同じくらいの子供もいた。

元気で大騒ぎして笑っていて、最初は別世界の光景かと思った。

奇妙な光景に見入るうち、足に力が入らなくなった。

もういいや、座ってしまおう。

道に座り込んでただ見つめていると、急に出来た家に驚いたのだろう、市民街からも貧民街からも人が出てきた。みんな離れて見つめている。やっぱりあちらは別世界のようだった。

さらに不思議な光景が続く。

金髪のお姉さんが空中で料理をし始めた。黒髪のお姉さんが何もないところから火をつけた。いい匂いが立ち上る。

ずるいなぁ。別の世界なんだから、いい匂いなんてしなくていい。

ああ、もうどうでもいい。

お腹・・・空いた・・・

わたしが絶望しかけた時、

「なあ」と、声がかかる。

顔を上げると、別世界のお兄ちゃんが手を差し出した。

「一緒にご飯食べよう。」

手を引かれるまま付いていくと、

「お、来たな、チビ助。」

「また、女の子に荒いよ、リン。」

「こんにちは。」

「一緒に食べよう」と、みんなニコニコ笑ってくれる。

「どのくらい食べてないの?」

金髪のお姉さんに優しく聞かれ、

「あ、あの・・・」

上手に言葉が出なかったから、指を3本立てる。

「3日かぁ。この料理だときついね、たぶん。」

「パン粥作ろうよ、アリア。牛乳余ってたよね?」

「うん、いいね。じゃ、砂糖も使って。」

目の前で空中クッキングが再演された。

「はい。」

差し出されたお椀には、温めた牛乳にパンがたっぷり入っている。

スプーンで口に運ぶと、

「甘い。」

我ながら驚くくらい事実そのままの感想だが、体が震えるくらい美味しかった。涙が出た。

必死で食べて椀が空になったとき、

「よく頑張ったな」と、黒髪のお姉さんがわたしの頭を撫でてくれた。

貧民街の子を平気で撫でるなんて?

市民街の人じゃないの?でも貧民には思えない。

神様みたいだと思っていると、黒髪の人が金髪の人に目配せする。

瞬間フワッと体が温かくなり・・・

眠ってしまった。


本当に僕の姉は優しくて真っ直ぐで。

いつでも頑張る人だから、僕は姉を尊敬している。

リンさんは回復魔法にコテッと眠ってしまった女の子を抱き上げながら、

「彼女はミウちゃん、3歳、貧民街に住んでいるお父さんと2人暮らし」と、鑑定魔法でつかんだ事情を話してくれた。

「お父さんが怪我をして、もう5日寝込んでいる。とりあえず今から助けに行こうと思うけど。」

回復魔法の出番だ。

姉2人・・・この2人も血は繋がっていないらしいが、完全に分かり合った仲良しだし、またアリアさんかなと思っていると、

「リク、一緒にお出で」と指名された。

驚きはした。

でも、

「リクももう1人前だし」と言われ、認められて凄く嬉しい。

「で、アリアにもお願いがあるんだけど。」

リンさんが言うには、市民街の人にも貧民街の人にも近付けない孤立した存在が、さっきからずっとここを見ている。

羨ましくて、妬ましくて。

「大人じゃないよ、たぶん小僧。職人もアイもいる状態で、普通なら特攻なんてかけてこないけど。

子供だから無茶するかもしれない。守っておいて。」

「わかった。広めに結界かけとく。」

「うん。ミウちゃんの件が片付いたら脛肉貰いに行くからさ。野菜は何を買ってくる?」

「玉ねぎと、ニンジンと・・・」

真面目な話が、途中からお使いに代わってしまった。

うん、姉らしい。

眠るミウちゃんを抱いたままのリンさんと、王都の貧民街に初めて入る。

意外に道が汚れていないのは、捨てるものがないくらい、生活がひっ迫しているせいだ。汚物は見えないのに、なんとなく饐えた匂いがする。身ぎれいにする余裕がないのだ。

自分もかつては強いられた生活だから、わかる。

鑑定魔法が導き出した家の前に立った時、

「あれ?」と、ミウちゃんが起きた。

「おはよう、チビ助。家まで連れてきたよ。」

「あ?本当だ。」

「入っていい?」

「うん。」

頷いたのを確認し、ドアを開けると!

「うっ。」

失礼だと思ったけれど、思わず声が漏れてしまった。

強烈な汚物の匂いがする。5日間臥せって動けなければ、当然垂れ流し状態だ。

そんな中でも凛として動じないリンさんから、

「リク、回復」と声がかかる。

「はい。」

父親は膝を割られている。いわゆる複雑骨折だ。骨折からくる炎症で高熱を出して、生死の境をさ迷っていた。

強めにかける。

瞬間、

「えっ!?俺、怪我したんじゃ!?」

一気に全快し跳ね起きた父親に、

「おはよ。わたし達は魔法使い。娘さんに呼ばれてきたよ」と、ミウちゃんを父親の腕の中に渡しながらリンさんが笑う。

「お父さん!!お父さーん!!」と、少女は泣きじゃくった。

そんな感動的光景を見つめながら、

「ねえ、リク」と、姉。

「はい?」

「回復魔法って、現状の変更だよね。悪いところを良くするわけだから。」

「あ、はい。」

「なら、もしかしてキレイにすることも出来るんじゃないかな?清拭魔法とでも言えばいいのかな?」

それは考えなかった。

不潔な状態から清潔にする。それはつまり『回復』だ。

「やってみます。」

イメージして魔力出すと、急に親子の周りがきらきら光り・・・

汚物も汚れも初めからなかったように、一瞬で現状回復した。

清拭魔法、出来ちゃった。

匂いも何もかも清浄に戻っている。

「すっげえ!!リク!!帰ったらアリアに教えてやれよぉ!!」と、姉が豪快に喜んでくれた。

そして僕も。

アリアさんに、師匠に教えられる事が出来た。凄く嬉しい。

「じゃ、理由を教えてもらえるかな?」

リンさんが親子に切り出し・・・


その夜の宴会は盛り上がった。

家に戻ると、

「変な人は誰も来なかったよ」と、アリアさんが笑い、

「じゃ、レッツ魔力クッキングだね」と、帰り道に取ってきた王牛の脛2本をリンさんが差し出した。

魔力の大鍋にたっぷりの煮込みを作る。

料理好きのアリアさんらしく、何種類もの野菜に調味料、酒や小麦粉なんかも加え、昨日よりさらにグレードアップした煮込み料理が完成する。

「うまっ!!完璧ビーフシチューじゃんか!!アリア、最高!!」

リンさんが騒ぎ、

「うまいよぉ。」

「アリアちゃん、サイコー」と、サリアとリオも大騒ぎ。

もちろん僕もがつがつ食べた。

市民街からも貧民街からも人が来た。ミウちゃん親子もやってきた。みんな、おかしくなったんじゃないかと思うほど集中し、ただただ必死で食べていた。

住んでる町も、状況もすべて違う。いろんな人が共にいて、認め合って生きていける。いつか言っていた姉の理想だ。

ああ、これをしたかったんだと納得していると、

「あたしらも入れて!!」

「僕も!!」

違いをまったく気にしない、ある意味大物なズルタン兄妹もやってくる。

馬車じゃなくて裸馬に2人乗りだ。アグレッシブが過ぎる。

そのあと、住んでいる町は相当遠いらしい、職人達まで顔を出し、それでも余った魔力鍋はそれぞれの家にお持ち帰りしてもらい、サリアとリオと、ミウちゃんまで眠ってしまった頃、宴会は終わった。


あ、そう言えば調度品や家具まで含め、家は完璧に仕上がったよ。




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