第50話 昼間のパパ

翌日、兄弟達から離れズルタン商会を訪問した、リンです。

「おはよ。今日はまじめに仕事してんの、アイ?」

支店長室で書類と向かい合っていたアイに声をかけると、

「おーっ、助けが来たぁ!!」と、露骨に喜ぶ。

秘書らしい中年女性に思いきり睨まれていた。

馬鹿だね、まったく。

「ちょっと聞きたいことがあってさ。」

「何?」

「貧民街の人の雇用状況について。」

「ああ、それ。」

アイによると、商会が貧民街の日雇いを雇うのはままあることらしい。

商人は馬車を連ね、大量の荷物を積んで、旅から旅への商売だ。規模の大きな商会だと、1日に何方向も馬車が出て商売をする。

その馬車への大量の荷物の積み下ろしが日雇いの仕事だ。

「親父の頃は半日仕事があったら銀貨1枚、1日中働いて銀貨2枚だったらしい。」

「なにそのクソブラック!?」

「まあ、親父のやることだから。

で、今回の組織改革でそういうのも普通にしようと、半日で銀貨4枚、1日仕事があれば大銀貨1枚にしたんだよ。

でも、そうしたらさ。」

「?」

「帰り道に襲われた人が出た。個人の資産だし自己責任なんだけど、結構な怪我を負ったらしくて。だからって、襲われるから賃金は安くするなんて詭弁でしかないし、どうしたもんかと思ってた。」

「なるほど。」

現状を知り頷くわたしに、耐えきれなかったのだろう、

「で、さっきから猫の子みたいにつまんでる、その小僧はなんなの?」

ついにアイが尋ねてきた。

わたし、さっきから小僧を1匹、ニャンコつまみしてます。

「小僧、名前は?」と聞いても答えない。

フンと目を逸らす仕草は、可愛くない猫そのものでちょっと可愛い。

鑑定魔法で分かっている。彼は11歳。名前はない。表現はおかしいが、生粋のストリートチルドレンだ。

食べられていない割にしっかりした体つきで、生来骨太で丈夫なのだ。面倒で自分で刈ったのだろう、短すぎる坊主頭。気の強そうなどんぐり眼だ。見事に田舎のガキ大将だ。

「アイ、この名無しの小僧、今日だけは16歳だ。」

「は?」

「働かせてみてくれ。」

さすがアイだ、細かくは聞かない。

ニヤッと笑うと、

「ナナシで登録しとく。今日の日雇いね。」

「余計な気遣い無用だぞ。働き分だけくれりゃいいから。」

「わかった」と、片手をあげた。

話は数時間さかのぼる。


俺は・・・俺だ。

名前はない。

気付いたら貧民街の路上暮らし。死なないために生きてきた。

市民街で殴られる危険を冒しながら残飯をあさり、もっといいものがあるんじゃないかと貴族街に侵入を試みた時は半殺しにされた。

どこにも致命的な後遺症を残さなかった強い体に感謝したが、恨みだけは募った。

どうして俺はこうなんだ?

生まれた時から路上にいた。多分俺を生んだ親も路上暮らしで、育てきれずに捨てたのだろう。

なんでなんだ!!なぜ生んだんだ!!

市民街には幸せそうな、同じ年頃の子供の姿が見える。食べ物には困っていない感じだ。学校にも行っているらしい。

なんでなんだ!!

貧民街にも子供はいる。俺と同じで、明日の食べ物にも困っている子もいたが、でも親が近くにいた。

なんでなんだ!!

同じ路上の子供達もいた。彼らと俺はやっと同格かと思ったら、彼らには路上に来る前の記憶があった。虐待した親もいたし、決して幸せなばかりじゃない。

でも、彼らにも親はいた。

なんでなんだ!!

どうやら俺は、生まれた時からひどいマイナスを背負わされて生まれたらしい。

世の中の不条理さを知った頃、稼ぎのない日が続いた。まだ11歳だ。16歳と言い張るには幼過ぎて、正規の仕事に就くことができない。

出来ることは残飯あさりと、同じ年頃の子を選んでのカツアゲ。これには危険が付きまとう。1度市民街の子から小遣いを巻き上げ、殺気ばしった大人達に追いかけられた。死ぬ気で逃げた。

結局市民街での犯罪は危険過ぎて、貧民街で少ない稼ぎを奪い合う方が危険がない。王都は貧民街の存在を認めておらず、そこでの犯罪には立ち入らないし、住民も官憲に頼ろうとはしない。

けれど、子供同士では得るものがない(相手も何も持っていないから)。

11歳が大人を襲うのは覚悟がいる。失敗すれば命に係わるから、硬い木の棒で迷いなく殴った。

結果大銀貨1枚という破格の稼ぎを得た。

幸せだったのはその夜だけで、翌日気になって見に行った時、男は幼子の世話もできないくらい弱り切ってしまったと知った。

子供同士のカツアゲなら何100回もしている。俺は最初から犯罪者だ。

でも・・・

予想以上の結果に寒気がした。

同じ頃、市民街と貧民街の間に突然奇妙な家が建った。

住人は成人するかしないかの女性が2人、あとは子供達だ。

引っ越し祝いだと大量の料理を振る舞っていた。

まだ死んでいないようだが、あの男はいずれ死ぬ。娘も遠くなく死ぬだろう。

どうしようもない犯罪者の俺だから、いっそ罪を重ねようと思った。

あそこには相当な額の金子がある。

夜間侵入を試みて・・・

敷地に入ろうとした途端、奇妙な壁に阻まれた。見えない壁が囲っている。

え?なんだ?

俺は何に手を出した?

瞬間、

「はい、ごくろうさん。」

終わりを告げるには存外に優しい声で、首根っこを掴まれた。

ヒョイと持ち上がられ、何とか逃げようと暴れようとしたその時、

「君はいろいろ知らなすぎるみたいだから」と、その人は俺をぶん投げた。

ちょっと、待って。

人間て、そんな簡単に放り投げれるもんじゃないよ。

見えない壁のかなり上(3メートルはあるか?)の方に投げ飛ばされて、間髪入れずに飛んできた新しい壁(もちろん見えない)に挟まれて、身動きが取れなくなった。

「朝までそこにいて。そしたら面白いとこに連れて行くから。」

その人は大きく伸びをして、

「ああ、眠い」と、家に入って行くのだった。


「・・・(忌〇清志郎さんの歌です)・・・」

さっきからBGMがうるさい。

翌朝放り込まれたのは、ズルタン商会の日雇い現場だ。

「君が盗んだお金が、どうやって生まれたか見てみるといい」と、言われた。

貧民街から多くの日雇いが出ていたが、支店長らしい女性と親しげで、あまつさえ階段を1段抜かしするくらいの気軽さで、目の前の4階建ての建物の屋上に飛び上がった人外に文句を言う人はいない。

1人だけ子供の俺はそのまま作業に受け入れられた。

きつい。

重い荷物をひたすら運ぶ、とにかくきつい仕事だった。

フラフラになりながら俺が1つ運ぶ間に、大人達は2つ運ぶ。働く人は3つ運ぶ。

作業成績が特によかった人間には追加手当が出るらしいが、とてもとても。

「・・・(忌野清〇郎さをの歌、再び)・・・」

だからうるさい!!昼間のパパって何なんだ!?俺は親は知らないよ!!

けれど、同じ仕事を体験し、骨身に染みたことがある。

俺は生きるために、奪わなければ生き残れなかった。

けれどその奪った金は、大人達が死ぬ思いで働いたものだ。それで子供を養い、食わせる為に稼いだ金だ。

奪わなければ死んでいた。奪ったことは後悔出来ない。

でも・・・

自分のしてきたことがどれだけ憎まれ、蔑まれるかは理解した。

1日の仕事が終わった。

ヘトヘトだった。

ああ。あの荷物を3つ運んだ男は、報奨金も含めて大銀貨1枚と銀貨3枚を手に入れた。

大人達の多くが大銀貨1枚を貰う。

ああ。あの日俺が奪った金は、こうやって手に入れたんだ。男の膝を砕き、その将来を奪い、もしかしたら娘を野垂れ死にさせた。

自分の外道さに心が潰れる。

「ナナシ君、君は銀貨5枚だ。」

支店長に言われた時、不満はなかった。

俺は彼らの半分も働いていない。半分くれたのはむしろ優しさだったのだろう。

気づいたら涙が溢れていた。

薄汚い自分が嫌いだ。

やっと反省出来たのに、俺はこの先も奪わなければ生きていけない。11歳では働くことも出来ず、でも、俺の心の中にもあった光を見つけてしまった以上、さらに生きにくい日々が待っている。

本当にどうしたらいいのか・・・

「おい、ナナシ。」

屋上から飛び降りてきた(人外過ぎる)あの家の住人の女が、俺の前に立った。

「?」

「君の名前はサンにする。一応3人目の男の子だからだけど、太陽って意味もあるし。」

「は?」

「兄弟の定員は埋まってるから従業員だけどな。うちで成人まで下働きしろ。給料はちゃんと出すぞ。」

「リン、その子雇うんだ?」

支店長が割り込んできた。

「うん。1日銀貨5枚、週休1日、週で大銀貨3枚って普通?」

「ま、成人前の少年だし。破格なんじゃない。」

「うし。じゃ、それで。帰るぞ、サン。」

当たり前に連れ帰ろうとするその人に、狼狽して俺は叫ぶ。

「ちょっと待ってよ!!ありがたい話だけど、俺!!」

「?」

「他人を襲って怪我させたんだ!!多分死んじまう!!その人の娘だって、世話する人がいなくなれば絶対もう!!」

「ああ、それなら。」

最後まで聞かずに彼女は言った。

「もう治したから。」

「は!?」

「わたし達、魔法使いだから。」

ペロッと舌を出す彼女の顔をマジマジと見た。

ずいぶん綺麗な人だったと、今更気づく。

連れていかれた家には、庭に新しい小さな家が出来ていた。

1部屋と台所スペース、あとはトイレだけだったが、小さなベッドまで入っていた。

「お、連れてきたね。」

「お帰り、リンちゃん。」

「お帰りなさい。」

「リンちゃん、大好き!!」

口々に言って迎えてくれた兄弟達に、眩しそうに目を細めながら、

「ただ今、みんな」と彼女は笑った。

「こっち、わたしの兄弟。上からアリアで、2番目がわたし、次がリクで、サリア、リオね。

で、この子がサンだから。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る