第3話 モモもいいけどセセリもね
鶏とエンカウントって、家族といた頃もなかったなぁ。
地方都市出身だけれど、野良鶏に会う程田舎ではなかった。関東でこそないがほど近い県。週刊誌もテレビ番組も遅れない、それなりの都市だったし。
もしあの頃出会っていてもかなり驚いたのだろうが・・・
今回はそれどころじゃない。鶏が象サイズ!!ありえない。
尾っぽのほうが蛇だとか、魔物的特徴があればよかった。異世界確定だし。
しかし、目の前にいるのはただの鶏だ。
茶色いなぁ、羽が。ブロイラーだよね?チャンキーとか、アーバーエーカとか、そういう種類。うん、丸々と太っているよ・・・
絶句して固まったわたしの前で、鶏もまた固まっていた。
あまり人間とは会わない環境なのかもしれない。
たださすが野生で、起動が早かったのは鶏のほうだ。
天を仰ぎ雄たけびを上げる。わたしを敵(または餌)と認識し、くちばしで攻撃を仕掛けた。
いくら大きいからと言って、姿がただの鶏では緊張感のやり場がない。
らしくなく反応が遅れた。
結果『2階から頭突き、ただし先端は尖っている』な一撃をぎりぎりで躱すこととなったが。
「やばっ!」
風切り音が半端なかった。風圧もやばい。まともに食らったら頭が無くなる。ほぼほぼ怪獣大決戦だよ、これ。
いろいろと納得がいっているわけではないが、家族に託された未来で、病気の問題は片付いていない、しかしその病気で死ぬ以上に悲惨な最期を早々に迎えるわけにはいかなかった。
気合を入れた。鶏はもう1度頭を振ってくるつもりだ。体高差から地面の虫でもついばむような動きとなる。
ギリギリは危険と判断、飛び上がって避けようとした。
タイミングを合わせ飛び上がったが。
「うえっ!?」
更なる異常事態が発生する。
全力では跳んだよ、確かに。
シャレにならない状況だった。本気で跳んだ。でも・・・
今わたしは地上10メートルにいます。
巨大桜がきれいです。緑の森もきれいです。
人間ってこんなに高く跳べたっけ?おかしくない?マジで?
体力チート?異世界なの??誰か説明して!?
完全に鶏を下に見ていた。動きが想定を超えたのだろう。鶏はわたしを見失っている。
ポカーンとし固まっているその頭部に踵落とし叩き込もうとし・・・
自分のノーパン属性を思い出す。動物とはいえサービスが過ぎる。急遽、重力加速度を乗せた延髄蹴りに切り替えた。
本気でこんな馬鹿なことを考える余裕すらあって。
「せいっ!!」
空手の有段者であるわたしの蹴りが、鶏の首にさく裂した。足ごたえで、折ったことがわかる。物理的に首がズレたのも見えた。
怪獣大決戦・・・
まさかの一撃勝利だった。
巨大鶏との戦いを終えて、今わたしは解体にいそしんでいます。
思いがけず身に余るような量の食料を手に入れたし、起きてから水しか飲んでいない。動きまくって空腹もひどい。
殺した以上食べるべきだとも思うので、サバイバルナイフをふるった。
ほんと、じいちゃんが脳筋でよかった。プラス、個人スーパーの娘でよかった。
小さなころから遊び場にしていたし、肉の部位にも慣れている。
いや、当たり前だが店の中で食肉を絞めたりはしていない。けれど食料として認識する癖がついていたし、鶏なら『丸』をクリスマスで扱っていた。
うん。食べ物でしかない。
まずは血抜き。10メートルジャンプが出来たことから、実は力も上がっていたと推測できる。ナイフとか、自分の大きさとか、見た目のサイズ感との齟齬はひどいが、結構楽に首が落ちた。
兄の黒帯や祖母のタオルをつなげてロープを作った。足を縛って、跳ぶことに関しては体と折り合いがついている、付近の丈夫そうな木の、更に丈夫そうな枝の上にロープを通す。
5メートルジャンプで一発だ。
パワーは上がっても体重は増えないので、テコも滑車も使えないが少しだけ首が下を向く。ちょっと引くくらい血が流れたよ。
次は毛抜き。大き過ぎるからいっそ焼き切ろうかと思ったが、今いる場所は森の中だし、放火魔一直線なのでやめた。地道に抜いたよ。気が付いたら夕闇が迫っていた。
小人になって、『全身脱毛を施術せよ』の難題に挑んだ感じ。
毛はいい焚き付けになった。
暗くなる前にナイフを火打石代わりに焚火を起こす。今日はもう動けないだろう。このまま野営だ。
鶏は・・・とても食べきれる量ではないし、部位に分けて食べられるだけ食べるつもりだ。火を入れれば多少は持つし、持ち運べる分は調理する。とは言っても焼くだけなのだが。
骨付きのモモ肉を外し、地面に直接刺して遠火で焙る。わたしよりでかい。何の祭りだ、これ!?
手羽元も手羽先もでかいよ。
ムネは許容量を超えるから諦めた。
ささみの部分を、思い付きで昼間の巨大大葉に包み、熾火に入れる。何年ぶり(または何十年、何百年ぶり)の食事かわからないし、あまりくどい部位は避けようと思った。
「うまっ!」
本当に独り言増えたな、わたし。
大葉のお陰か味もついて、大満足の夕食だった。
・・・
嘘です、満足してないです。
ささみと言えど、人間の腕くらいある肉を恵方巻かじりにしたのだが。
運動量が多過ぎたのかまだいける。セセリを追加で大葉に包んだ。
セセリは首のところの肉で、わたしにバッキリ折られたそれは、脂ものって超ジューシー。うまい。うまいよう。
腹が膨れて余裕が出てきた。もともと潔癖ではないし、状況の変化に強い脳筋一族の娘である。
眠り過ぎたのか眠くもならず、遠火で肉を焼きながら考える。
今のところは大丈夫だが、私の体には病魔が巣食う。治せないし、いつ襲うかわからない。とっておきの爆弾だ。
家族は未来に賭けてくれたが、ここがその希望溢れる未来とは思えない。
辻褄の合わないことが多過ぎて、わからないことだらけで、大好きだった人たちもいない。
でも。
諦める選択だけはあり得なかった。
やれるだけはやってみよう。動ける限りは動いてみよう。
ならばまず、人里を探すしかない。誰かから情報を仕入れて、進むべき道を探すしかない。
「人間も・・・巨大だったりしないよなぁ?」
また独り言だ。
澄み切った空に星が瞬く。
パチパチと焚火がはぜる音がする・・・
翌朝からまた、川沿いに山を下る。
食料はナイフで骨を外し、切り身にして持ち運ぶ。
入院を想定していた祖母からの、新品のシーツを風呂敷にした。
ばあちゃん、病院なら替えのシーツはいらないよ。なんでこの周到(?)さで下着はスルーするのかな?
マジ天然だ、あの人。
歩いて。
歩いて。
太陽がまた傾いてきた。
この山深過ぎる。
「・・・(お好きな桜ソングを、どうぞ)・・・」
さすがにウンザリして、大声で歌っていた。
歌は、うまくはないが好きだ。
ピンクの花が舞い落ちている。
とその時。
「・・・?」
「誰?」
天使に会った。
・・・
いや、頭がおかしくなったわけじゃない。
木陰から見つめるを胡乱な目に気付いたのだ(不本意だ!)。
彼女は驚くほどきれいだった。色素薄めのぬけるような金髪が腰まで伸びて、整った顔立ちに女性らしい体。
ほぼほぼ人外、少なくとも日本人には見えない。
年のころは・・・同じくらいか?
そんな彼女が、
「誰?」と言った。
ちなみにサイズは普通だったよ。
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