おうちに帰ろう
@ju-n-ko
1章
第1話 おはよう、からの・・・
ゆっくりとした、覚醒が始まる。
・・・
数百年眠った後みたいに、頭と体がつながらない。見えているのに理解できない。手足もうまく動かせない。
・・・
白い、天井だ。
壁紙的な素材じゃない。例えるなら、病院や学校の天井みたいだ。
それが見えている時点で、自分が上を向いて寝かされていることを、遅れて自覚。
うん、少なくとも家じゃないな。祖父が30年ローンで建てた家に、親子ともども住んでいる、わたしの家は一般的な日本の一戸建てだ。
天井は白くない。木目が見える、そっけない木の天井だ。幼いころは顔に見えて盛り上がった。
えっ?怖くはなかったよ、わたしは。そういうキャラじゃなかったし。
まあ、ともかく、家じゃないよな。なら、ここは一体???
・・・
急に、つながった。
「っ!?」
体が動く。跳ね起きる。
寝かされていた場所も異常だった。
カプセル???
大きな眼鏡ケースと言うか、印章入れの中の三文判な気分。
蓋は空いているが、奇妙な入れ物の中にいる。
え???カプセルホテルってこんな感じ???
泊ったことがないからわからないよ。お金取ったら怒られないか、これ?
ほぼほぼ棺桶だよ。未来的が過ぎる。
辺りには、カプセル以外目立ったものが見当たらない。素っ気ない病室みたいだ。
白い床、白い天井。
周囲を確かめようと頭を動かしたせいで、自分の姿も理解した(って言うか見えたよ)。
ちょっと待って、これ。
さっきから動きやすいとは思ったんだ。何も動きを邪魔してこない。
でもさ・・・いくらなんでも・・・
凹凸は少ないよ、まだ。
でもさ・・・
思春期真っただ中の女子なのに!
「なんで全裸!?」
起き抜け全裸。どっきり大成功かよ!?
一糸まとわぬ自分に、驚きすぎて血圧が上がる。
お陰ですべて思い出せた。
一井理印、15歳。
『理印』と書いて『リン』と読む。親のセンスを褒めてやりたい(泣)。
まあ、2歳上の兄も『理育』で『リク』、2歳下の弟は『理遠』で『リオ』。
イチイの理科3兄弟だ。
残念ながら理系はいない。
と言うか、全員勉強は得意ではない。リクは中の中、わたしは中の中の・・・若干上より(見栄)、リオに至っては中の下だ。
日本の地方都市に住み、チェーン展開済みの大手ではない、近隣の住民相手の個人スーパーを経営する両親と、隠居したが元気いっぱいの祖父母、兄弟3人の大家族。
学業という点では並の中の並な3兄弟は、体を動かす面では優秀だった。
兄は空手の有段者で、ボクシングでインターハイを制した立ち技最強男。弟は柔道の有段者で、レスリングの強化選手な寝技の鬼だ。
男2人に挟まれた女の子は、ちやほやされすぎて滅茶苦茶『女の子』するか、仲間扱いされすぎて性別を見失うかの二択だと思う。
わたしは後者だ。
兄ちゃんがやっているから、弟がやっているからと、空手と柔道、両方で有段者。総合格闘家、爆誕である。
自衛隊にいたことがある祖父から、武具(木刀とか銃剣とかです、はい)の扱いも一通り。
ちょっと普通の女子とは違う気もするが、まあまあ楽しく中学生をしていました、2022年には。
クールビューティー(笑)ってことで、口数は少ないながら人気はあったと思うよ、自称だけれど。
って言うか、普通に話すと荒くなるんだよね、言葉が。男兄弟育ちの弊害だよ。
中三になって、進路を考える。女子ボクシング部がある高校から誘いがきた。兄のリクの通っている高校だし、憧れてもいた。早々と推薦で進学先が決まった。そんな晩秋に異変が起こる。
「あれ?」
コップを落とす、筆記用具を落とす、携帯を落とす。
なんだかやたらと物を落とす。
病院に連れていかれた。
自分ではそれほど気にもしていなかったし、わたしがあまりに元気過ぎて、病院も速やかな判断が出来なかった。
「ALSです」と言われたのは、進学を控えた春のこと。早生まれのわたしの、15の誕生日の数日前のことだった。
筋萎縮性側索硬化症。ゆっくり体が動かせなくなり、やがて自発呼吸すら難しくなる。10年先か20年先か、はたまた5年くらいしかもたないかもしれない。確実に死に至る、治せない病気だ。
病気は本当に初期の段階で、自覚症状はたまに・・・本当にたまに動き辛い、そんな程度。
受け入れるのに時間を要した。数日間自室にこもった。
・・・
いや、今でも受け入れられたわけではない。嘘であって欲しい、間違いであって欲しい、そんな気持ちは変わっていないが。
塞いでいても仕方がない。閉じこもっても解決しない。ならば!
落ちるだけ落ちた気持ちを浮上させた。明日には部屋を出よう。やれることを考えようと決意した15歳の誕生日・・・
脳筋、一井一族をなめてはいけない。
両親、祖父母の切り替えは、わたし以上に早かったのだ。
深夜、突然部屋に侵入した白衣の男たちに、ガスのようなものを嗅がされた(事案だよ)。
意識を失う。
15の夜に拉致られたよ(泣)。
そのあとは断片的な記憶のみだ。
ガスの効果が半端だったのか、意志の力が勝ったのか。
時折声が聞こえる。
曰く・・・
多分父だ、
「リン。未来の科学にお前を預ける」、と。
いやいや、滅茶苦茶だよ、お父ちゃん。
ALSと診断が出て数日だよね?決意も行動も早過ぎる。
確かに、そう言う施設と言うか、商売があることは知っている。アメリカにはあると、ネットだったか雑誌だったか。
不治の病を得た人、寿命以上を望む人の体を金銭と引き換えに冷凍保存し、遠い未来の技術にかける。
日本にもあったのかよぉ!!
「リン、がんばれ。」
「リンなら大丈夫だよ。」
「お前なら大丈夫。」
「リン。」
「がんばれ。」
全員分の家族の声。
ちょっと!いい加減にしろ!
わたしはそんなに強くないぞ!
大好きなんだよ、みんなのこと!
強制的に放り出すな!!
一人にするな!!
ふざけるな・・・・
ブラックアウト・・・した。
「ってことは、ここは研究所か何かなのかな?」
相当イライラしていたが、全裸のせいで落ち着かない、爆発しきれない。
おかげでキレずに考えられるが・・・
ってことは最後のシーン、わたし、全裸だったってこと!?うわぁ、馬鹿家族ども・・・
完全事案じゃん。近くにいたよね、男兄弟ども!?
・・・
駄目だ、思考が全裸に引きずられる。
切り替えよう。
ここは謎の研究施設で、要は未来だ。何年後なのか、何十年、何百年後かは知らない。とにかく未来で、かすかな情報を信じるのなら、病気を治せる科学力がある世界だから目覚めたということになる。
約束通りなら研究員なり医師なりが、被験者であるわたしを迎えるはずなのに・・・
さっきまでは白く見えた天井が、実は埃で煤けていたことに気づく。床も埃だらけだ。部屋の扉が開いていたので薄明るかったが、電気だって点いていない。
「電源が落ちたかんじかな?」
え?自然解凍なの?
よく生きてたな、わたし。
誰もいない。気配もない。
固まっていても仕方がないので、動き出すことにした、全裸だけれど。
人はいないようだったが、万が一誰かいると思春期女子としてはトラウマもんである。体力馬鹿だったので弛んではいないが、見せられるほどのものもない。どちらにしても、他人に見られるなど嫌すぎる。
カプセルから出て立ち上がる。靴もないから裸足だ。気持ち悪いし、上と下は手で隠すから動き辛いし。
カプセルの横に、サイドテーブル的な台を見つけた。そこに置かれた箱を、予感とともに開けてみる。
プシュッと空気が抜ける音がした(真空処理?)。
中にあったのは、家族からのプレゼント、かな?
「やっぱりここは未来なのか?」
着るはずだった高校の制服が一式、革靴付きで入っていた(多分両親からだ)。
大き目のサバイバルナイフは、脳筋の祖、祖父だろう。入院を想定していたのか、タオルとかコップとか、こまごましたものは祖母だと思う。
兄は黒帯、弟はリュックサック。
奴らは自分の宝物を入れただけだな。タイムカプセルかよ、と突っ込む。
とりあえず、靴と服は手に入れた。
現状を把握するためにもここから出ようと思った。
セーラー服と革靴で建物を歩く(←ここ重要)。
途中の扉はすべて開いていた。やはり電源が喪失したらしい。
いくつかの部屋と廊下を経て、思ったほど広くなかった施設を出た。
約束通りなら未来の街が広がっているはずだ。
しかし・・・
「うわっ!」
思わず声が漏れる。
わたしがいたのは山の中だ。
昼間だったらしい。光が降り注ぐ小高い丘に、鉄筋の朽ちかけた施設がある。
ものの〇姫の世界である。
あたり一面緑の山。山以外何も見えない。
絵具で塗りつぶしたくらい深い緑と、どうやら今は、拉致されたあの日と同じ春らしい。舞い散るピンクの花は、たぶん桜・・・
息をのむほど美しい、けれど。
頭がその一点に集約される。むしろそれしか考えられない。
「ばあちゃん・・・」
原始の地球のような壮大な風景。
でも、祖母の天然ボケのせいで身が入らない。
入院を想定して、なんで入れ忘れるかなぁ。
「ばあちゃん!!パンツは!?」
思い切りこだましていた。
魂の叫びだった。
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