第55話 私の魔法使い

「うわっ!!」

「なんで?・・・ぎゃあっ!!」

「ぐうぅ・・・」

「うわぁぁっ!!」

さっきから悲鳴がBGMだ。

リンにお仕置きされた兵隊さんは、庭でタロに見守られつつ、転んだり起きたりしています。

「俺は邪魔なガキを突き飛ばしただけだ!!」と主張したのがいけなかった。リンの逆鱗に触れる。

与えられた契約魔法は?

スルハマの『逆立ちエトナ』に通じるものがあるな、朝まで転び続けることを契約された。

立てば見えない魔力に突き飛ばされ、立たなければ引きずり起して突き飛ばされる。

擦り剝こうが挫こうが関係なし。

「突き飛ばすだけなら関係ないんでしょ?」と、冷たく言い放たれてた。

ちなにに、転ばされた子供の擦り傷はリクが駆け寄って癒したよ。

私達はサンも含め、リビングで話し合い中。

「うぅぅ・・・ぎゃあっ!!・・・ヒック!」

兵隊さん、遂に嗚咽が混じり始めた。まだ30分も経っていないのに。

いけないいけない。

だいぶ荒事に慣れ始めている、自分に苦笑いする。

「なあ、俺も同じじゃないのか?」と、急に言い出したのはサン。

サンは貧民街の孤児だった。生きるために恐喝もしていたし、実はミウちゃんの父親に怪我をさせたのも彼だった。

リンは嘘は言えないし、取り繕えない。全て私達に伝えているし、その上で彼の真っ直ぐな気性を認めている。認めた上で受け入れている。

「全然違うよ」と、リンは笑った。

サンの頭を撫でながら、

「だってサンは考えている。自分の頭で考えて、その罪を知りながら生きるために選択した。

そりゃ結果は褒められたもんじゃないし、下手をすれば殺人犯だけどさ。

でも考えてる。考えて、向き合って、必死で足掻いた人間を『悪』だなんて簡単には区別できないよ」と、優しく言った。

で、ここからはボリュームアップ(外の兵隊さんに聞かせている)。

「でもね、あいつは全く考えてない。偉い人の命令だからやる、それだけで、事の善悪も、本当にやるべき依頼なのかも判断しない。完全に人生さぼってるし、言うことを聞くだけなら子供でも出来る。

さらにその上、『王様の命令だから』を盾にしてさ、虎の威を借る狐って言うの?自分が偉くなったと勘違いしてるみたいだから。」

『だからお仕置きされて当然だ』と言外に伝えると、

「ううぅ・・・うわーっ!!」とギャン泣きを始めた。

タロが迷惑そうに顔をしかめる。

「で、今回もやるんでしょ?」

私が肝心な部分に踏み込むと、

「うん、まあ」と、困り顔。

人を人とも思わない王宮への襲撃。

付いていくつもりだった私に、

「でも、今回も1人で」と、リンは指を1本立てて見せた。

優し過ぎるこの人は、なるべくなら誰かを巻き込まぬよう、1人で全て背負いたがる。

「ちょっと!!リン!!」

「リンちゃん!!」

「リンさん!!」

一瞬で紛糾する場を鎮めるように、

「ま、ちょっと待って。一応理由があるんだよ」と、リンが話してくれたのは森の異変のことだった。

巨大なイナゴが森にいた。9匹しかいなかったし、それは退治したんだけれど、彼らは集団であらゆる緑を食い尽くしながら進んでくる。過去には王都も襲われている。あらゆる田畑を食い尽くし、勇敢にも戦おうとした農民には犠牲者も出た。

後に残ったのは不毛の大地と深刻な飢餓だ。

「家族だけなら楽勝守れる。でも、この街に普通に暮らしている人達を、」

思い出すのはミウちゃんの笑顔。貧民街の穏やかな老夫婦に、市民街にあるパン屋の奥さん、八百屋のご主人、よく働くお肉屋の青年。

そしてアイとキューを初めとする商会の人々も。

「守ってやりたくなっちゃったんだよぉ・・・」

何故か呻くように、それこそ泥を吐くように呟くリンの気持ちが少しだけわかる。

大それた願いだ。この広い王都全てを救いたいなんて、ありえない願いだ。

だいたい王都防衛なんて仕事、王宮と敵対している私達のすることではない。

でも・・・

それでも!

私にも見捨てられない気持ちがある。

人間は苦手だ。人間は怖い。

それでも1か所に根を下ろし生活する内、細いけれどしっかりした絆を感じ始めている。

「今索敵で精一杯広く探っているけど、近隣にイナゴの姿は見つからない。今のところは安全だけど、相手は空を飛ぶものだし急襲される可能性もある。王様懲らしめるのに集中しちゃうと、たぶん索敵は切れちゃうと思うんだ。

だから、こっちに人を残したい。何かあったら教えて欲しいんだ。」

「でも、だからって1人は駄目ですよ、リンさん。」

雑妹の珍しく論理だった説明に、かみついたのは意外にもリク。

「リンさんが1人で背負い込む必要はないです。人数は半々に分けて、必ず誰かを連れて行って下さい。

そりゃあ、僕が行きたいけど・・・

でも、必ず誰か連れて行って下さい。」

「リク・・・」

「僕達、兄弟でしょ!!」

珍しく大きな声を出した弟に、リンは目を白黒させ、そして笑う。

「立派になりやがって、長男。」

話は決まった。

王宮襲撃にはリクとサンが同行、私とサリアとリオの3人で警戒任務に就くこととした。

移動はタロに乗ればいい。

あ、でも、

「連絡ってどうすれば?」

特別な魔道具があるわけじゃなく、叫んだって聞こえない、そんな状態で連絡って?

「アリア、手貸して」と、リンが右手を差し出した。

反射的に握り返した、その手にふわりと魔力が絡む。

あれ?なんかされた?

「アリア、心の中で念じてみて。」

説明が相変わらず雑でザルだ。

何を念じればいいかわからないから、取り敢えず名前を呼ぶ。

雑で優しい、私の妹。

私を外に連れ出してくれた。

泣きじゃくりながらでも走り続ける強い意志と、荒々しいのに人に優しい、慈愛の精神も持っている。

胸の中でリンを呼ぶと、

「うわっ!!」と仰け反る。

はい?

「アリアさん、耳元で名前呼び、結構きつい。」

耳を抑えて真っ赤になった、照れまくる妹に理解する。

「え!?まさか!?」

「うん。今契約でアリアとわたしの精神を繋いだ。念じれば聞こえるよ。なんか束縛きついストーカーみたいだから、あんまりやりたくなかったけど。まあ、王宮襲撃するこの1日くらいだし、勘弁して」と、笑って見せた。

「一生でもいいよ。」

「嫌だよ!アホ姉!」

パンと手をたたき合う私達を見ていた下の4人が、

「僕も一生でもいい。」

「俺も。」

「オレもぉ!!」

「わたしも」と手を出してきて、さらにリンを照れさせる。

さあ、夜が明けたら。

始めよう。


俺の名前はリーベ・マイル。王宮勤めの兵隊だ。

28歳の春中隊長になった。家名はあるが貴族ではない、一般の兵隊としては早い方だ。

庶民達は知らないが、この国は四方を海に囲まれている。他国(はあるらしいが)との戦争は想定外で、兵士の仕事はおおむね国内の係争・・・市内での争いごとの調整や、たまに悪徳貴族の粛清、ここ20年以上ないらしいが森の獣が荒れ狂った場合の派兵などだ。

そして更にたまに、野良の魔法使いの捕縛がある。

今回宰相から直に言われた。

王都に現れた野良の魔法使いを捕縛せよ、と。

国王は回復術士に拘る。そして回復系は攻撃力がないから、簡単な仕事のはずだった。

・・・

冗談ではなかった。

部下はボコボコにされてほぼほぼ退職。

相手が強過ぎる!!と訴えても、現実を見ない上層部は聞く耳を持たない。

ここまでの努力、キャリアすべてを失いそうで、苛立ちが募る。

この日も魔法使いの家を訪問したが、透明な壁に阻まれて話も出来ない。すでに部下は1人もいない。

腹立ちまぎれに、近くにいた市民街の子を、

「邪魔だ!!貴様!!」と突き飛ばす。

瞬間、1度人生が終了した。

強過ぎる魔法使いの回復術士は、やはり常識外で強かったらしい。死んだはずの俺は回復し、謎の契約魔法を施された後、朝まで突き飛ばされ続けることを強要された。

「突き飛ばしただけ、なんでしょ?」、と。

そうさ、突き飛ばしただけだ。

死ぬようなこともないし、兵隊の俺の前にいた、邪魔な小僧を追い払っただけだ。

しかし、魔法使い達が家に入って始まった、終わりの見えない突き飛ばし地獄にすぐに折れた。

まず、びっくりするくらい力が強い。

「大人が子供を突き飛ばしたんだから」と、魔法使いがブツブツ言っていたが、つまりこれは、俺があの子を突き飛ばした再現なのだ。

1回目で膝がずる向けた。

立ち上がって、また転ぶ。

いっそ立ち上がらなければと思ったら、謎の力に引きずり起こされ突き飛ばされた。

アッという間に全身傷だらけ。

泣けて・・・きたよ・・・

魔法使い達の話が聞こえる。

あいつは何も考えていない。命令されたから、偉い人の言ったことだからと盲目に従うサルだと言う。

『何を!!』と反論できればよかったのだが・・・

反論の余地は1つもない。

大体が、突き飛ばされることがこれほどまでに痛いとは、想像さえしていなかった。

俺はそれをしていいと思った。

王宮に仕える兵士だから、横暴で当然だ。

でも・・・

俺のしてきたことは本当に正しかったのか?

邪魔だと人を突き飛ばすのは、実は今回が初めてじゃない。

以前老女を突き飛ばした。

歩く道にいただけだ。邪魔だった、それだけ。

彼女は無事だっただろうか?

確かめる術もない。

普通の人より鍛えている、兵士の俺がズタボロだ。

足を挫いた。

痛むけど・・・

引きずり起して突き飛ばされる。


朝日が昇るまでの長いような短い時間、反省を促され続けたリーベ・マイルは、兵士をやめる決意を固めた。







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