第54話 君が森にいた奇跡
久しぶりにキレてしまった。
八つ当たり気味に子供に手を挙げる兵士を見た時、一瞬で血が沸騰する。
考えるより早く体が動き、瞬間移動張りの高速で肉薄、気が付いたら飛び上がっての回し蹴りで頭を蹴り飛ばす寸前だった。
身体強化も切っていない。
あれ?これ、やばくない?
殺しちゃわないか・・・
いや、300%以上死亡する。
八つ当たりで弱者に当たる。兵士のした事は褒められないし、下衆の極みってやつだ。
でも、だからって殺してしまうのは違う気がする。
この世界に来た時は半ばヤケクソ、どうなったっていいとさえ思っていたわたしだったが。
今は殺したくない。アリアのもとに、リクとサリア、リオのもとに帰りたい。サンとタロと、家族と胸を張って暮らしたい。
嫌だと思ったが止まれない。
言葉にすれば長かったが、ここまでは瞬きするより短い時間だ。
刹那の永遠を悩みつくし・・・
辛うじて出来たのは、『頭』じゃなく『横っ腹』への狙いの変更。
頭部なら、サッカーボールより遠くに飛んでジ・エンドだ。腹ならば奇跡が起これば千切れないかもしれない。ほんの僅かチャンスが残る。一応鎧で防御してるし。
兵士の、威嚇するような顔がスローモーションで見える。彼はまだわたしの存在に気付かない。子供を突き飛ばしたそのままの表情だ。
足が触れる。
瞬間!!
ドオーン!!っと、東名の多重事故もかくやと言う衝突音。
スローモーションの世界で、鎧がはじけ飛ぶのが見えた。通常なら『鎧ってはじけるんだぁ』とか嫌味の1つも言うところだが、そんな余裕はありはしない。
無防備になった横っ腹に足が食い込んでいく。体がひらがなの『つ』の字に曲がる。曲がってはいけない角度で曲がっている。
ああ、駄目だ。背骨がばっきり折れている。即死コースだ。
わたしは、正しく怒ったとは思っている。彼は正しくないことをした。怒られるのは当然だ。
でも!!
殺してしまうのは絶対違う。
わたしに大切な家族がいるように、彼にもたぶん大事な人達がいる。
ねえ・・・わたしは・・・
すべて背負えるほど強くないぞ。
心が押しつぶされそうな、泣きたいような刹那の永遠の、その、最後!!
「リン!!」
声が早かったか、それともその優しい緑色の光が包み込むのが早かったか?
騒ぎを聞きつけドアを開けたアリアが、反射で回復魔法を発動した。
柔らかい魔力は、強張って緊張し、諦めや絶望に支配されかけたわたしの気持ちを解していく。ついでに即死する寸前だった兵士の体も超回復した。
「アリア・・・」
慌ててくれたのがわかる。あの魔力無限大のアリアが肩で息をしている。必要量をはるかに上回る、十二分な力を注いだのだ。
本当に・・・
いつもはどっちかといえばトロいくせにさ。
どうしていつも肝心な時だけ、アリアはわたしを助けてくれる?
すごいよ、姉ちゃん。
大好きだよ。
「あれ?・・・なんで?・・・」
死にかけた記憶は完全に残る。地面に座り込む兵士が、何故か五体満足のまま生きている自分に戸惑いの声を上げる。鎧はバラバラに砕けているし。
その横を走ってきたアリアが、
「大丈夫!?」と、わたしを抱きしめる。
はは。大丈夫じゃないのはあんただよ。この短い距離で息上がってるじゃん。
もう・・・本当に・・・
ダメだ、泣く。
「ア、リア・・・」
怖かった。終わりかと思った。
体が震えるような思いの果てに、今1番優しい世界にいる。
ボロボロと涙が止められない私を抱いて、
「おーっ、泣き虫リンちゃん再来だぁ」と、勉めて明るくアリアが笑った。
継続的に回復魔法がかかっている。
本当に、優し過ぎる。
偶然の出会いがわたしを生かした。
偶然の出会いがわたしを立ち直らせた。
自分を否定する度、迷う度に、いつも支えてくれるのはアリアだった。
「リンさん!!」
「姉御!!」
「リンちゃん!!」
「リンちゃん!!」
兄弟達も駆け出してくる。
君らもわたしを支えてくれる。立ち上がろうと、歩き出そうと力をくれる。
本当に・・・感謝しかない。
少し落ち着いてきた。
わたしの頭をポンポンと撫でたアリアが、腰を抜かしたままの兵士に向き直る。
彼はまだ、繋がった命に得心がいかない。
呆然と座り込む彼に、らしくなく怒った声を出す。
「兵隊さん!!何をやらかしたか知らないけど!!」
え?アリアさん、事態を把握するより前に飛び込んだの?
「私の妹は雑で荒っぽいけど、でもすごく優しいいい子なんだよ!!」
いや、ディスってんのか褒めてんのかはっきりしてよ。
「その子を泣かすようなこと、私は絶対に許さない!!」
おお。
怒らない人を怒らすと怖いなぁ、と思っていると、
「じゃ、お仕置きは任せたから、リン」と丸投げされた。
本当にもう。アリアのやつ、いい性格になりやがって。
でも・・・
怒ってくれて、ありがとう、姉ちゃん。
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