第29話 越後屋以外でお買い物

リンの復活まで30分くらいかかった。

最終的に、

「えーい!!外見は直せない!!」と雑に振り切ったリンは、子供達を集合させる。

それぞれの手に、大銀貨を1枚ずつを載せていった。

大銀貨は子供の手の平くらいある、大きめの硬貨だ。それなりの重量もある。リオは両手で持っている。それほど大きい。

「え?」

「これ?」

「???」

戸惑いの声が上がる中、

「それ、君達への給料だから」と宣言した。

「わたしが獲った王魚を、アリアが加工して、それを3人が手伝った。で、できた干物を売ってお金にしたんだから、お仕事へのご褒美・・・要は給料だよ。

で、今からそれで3人のお洋服を買いに行こうか。」

ぼろ布が体にまとまりついているだけ、靴なんかあるんだか無いんだかわからないズタボロのサンダル履きで森に捨てられたリクとサリア。家から連れてきたリオだって文字通りの奴隷扱い、状況は兄姉と変わらない。

今3人は私達の服を着ている。

リンの服が男性ものだったこともあり、リクだけは辛うじて見られる状態だが。

サリアはサイズの合わないワンピース(私のだ)。リオは男物の服の上だけだ(ズボンまで履かせると動けなくなったので)。

お金そのものを持ったことが無いのだろう、戸惑う3人に、

「自分のものを自分で買うんだ。練習だよ」と、厳しくも優しいリンの言葉。

「うん、わかった。」

「やってみる・・・」

「うわーっ!!お金だぁ!!」

三者三葉、やる気になった。

「じゃ、出かけようか。」

荷物を置いて身軽になった。

リンは出会ったころから持っている(リュックサックとか言ったか?)奇妙な形状のカバンだけを背負い、

「わたしも買うものあるから。これ1枚と、細かいの貰うよ」と、大銀貨1枚と残りの銀貨を直接ポケットに放り込む(雑)。

そして残り大銀貨5枚になった袋を、

「あとはアリアに」と渡された。

「多いよ。」

「そっから旅の食料とかも買って貰うし。姉ちゃんが管理してよ。」

「えーっ。」

「出来たら王猪の分も渡したい。」

そう言えば、リンのリュックには王猪代が入ったままだ。

金貨100枚。そんなの渡されたら洒落にならない。

「そんな大金、緊張で動けなくなる。」

「ちぇーっ、ドサクサで押し付けたかったのに。」

文句を言っていたリンだが、

「じゃ、洋服屋に行こうか。魚を売った商会で手ごろな店は聞いてあるから」と、子供達を連れて歩き出す。

どうやら・・・

生活費の管理は押し付けられたらしかった。


洋品店は、宿からさほど遠くない場所にあった。

さすが大きな町で、広めのスペースに所狭しと服が売られている。

混んでいなかったので子供達には自由に選ばせていると、

「ねえねえ、アリア(小声で)」

「なに?」

「大丈夫かなぁ?」

「?」

「その、足りるかなぁ?」

リンは字が読めなかったと思い出す。

子供達はリンから、

「着替えも必要だからシャツも2枚、ズボンも2枚って、2枚ずつ買うんだよ。あと靴も1足ね」と指示されている。

心配になったのだろう。

「いや、数字は想像つくけど、単位がさぁ。」

「どれ?」

らしくない不安げな顔に、近くにあった値札を確かめる。

リンが着ているような基本的なシャツが大銅貨7枚・・・あ、これ綿だ。麻なら3枚なんてのもある。

綿のズボンが大銅貨8枚、麻なら5枚か。

「ここの商品、基本大銅貨で書いてあるよ。」

「大銀貨1枚は銀貨10枚。ってことは大銅貨なら100枚ずつ持たせたから・・・」

「十分足りるよ。」

「そっか。」

心底ほっとした様子のリンは、あとは子供達の自主性に任せ、自分の買い物をすることにしたらしい。

リクとサリアは、奴隷扱いだった割に数字と単位は読めている。それだけ兄妹の両親が何もしなかったということだろう。農作業にもそれなりの計算がいる。リオの面倒は2人が見ている。

私も自分の服を買っておこうかと歩き出すと、

「はやっ」と思わず声が出た。

女の子としてそれはどうよと言う迷いのなさで、リンが自分の買いものを終える。

リクとリオに服を提供しているため、彼女も2セット買うらしい。

「これから夏だよね?」

「うん、そう。」

安いからというより、季節を考えたらしい。麻のシャツとズボンを2セット。下着類など細々としたもの。

あと、

「さすがに靴死んだから」と、ボロボロになった革製の靴の代わりに、ここだけは拘ったのか丈夫そうな布製の半ブーツを手に取った。これだけが大銅貨50枚と高額、全部で大銅貨78枚だった。

会計の時店員と話し込み、布製の肩掛けカバン3つと、布製の小さめの袋を4つ、さらに話し込んで何か買った。

追加の分が大銅貨で53枚。おまけが入って大銀貨1枚、銀貨3枚支払った。

「へへ。5枚も余った。」

お釣りを買った小袋に入れ(財布だった)、荷物をリュックに入れていたリンが、私が見ていたことに気づいたのだろう。

「ほら」と、最後に買い足したカバンを押し付けてくる。

「え?」

「これからチビどもにも、自分の着替えは自分で管理させるから。アリアの分のカバン。財布は、さっきもらった袋があるしいいよね。」

目を合わさない。めっちゃ照れてる。

リンが選んだカバンは、お揃いの子供達用よりは大人の女性が使うような、でもどこまでも実用本位な、でも頑張って選んだんだろう、微妙な感じ。

いやー、真面目にイケメンだな、リン。

女の子なのが惜しいレベル。微妙さが余計ツボだった。

うん、素直に、

「ありがと。」

うれしいよ。

笑いかけると、いたたまれなくなったのだろう、フイッと子供達のほうに行ってしまった。

「ほーい。これ、カバン。買った物はここに入れて自分で管理して。この袋はお財布。お釣りを入れて」と、知らんふりで引率者してる。

ちょっと、和んだ。

ちなみに子供達も贅沢を知らないというか、大切に大切に初給料を使ったようだ。リクが銀貨6枚と大銅貨3枚、サリアが銀貨6枚、リオは銀貨7枚を余らせた。

それぞれ袋にお釣りを入れ、カバンに商品とともに仕舞う。靴だけはその場で履き替えさせた。

「じゃ、宿に戻ろうか。」

店を出ようとすると、

「あの、アリアさん。」

「あの、」

「リンちゃん、あのね」と、3人から呼び止められた。

「ん?」

「なに?」

代表でリクが意を決したように、

「あの!!僕達、自分用の服買ったけど、その・・・2人から借りている服、このまま貰ってもいいですか!?」と真顔で言った。

「え?サイズ合わないのに?」

あまり『感傷』がわからない・・・と言うより、得意じゃないのだろう、リンは戸惑っていたが、私にはわかってしまった。

地獄のような日常を過ごしていた3人にとって、当たり前に扱われ当たり前に与えられた、この服は魔法の服だった。

大切な思い出であり、この先何があっても3人を支える、胸の奥にある温かい光となる。

イワーノでサリア(祖母の方だ)に会った時。

獣の森でリンと出会った時。

私の中にも下りた温もりそのものと理解した。

「いいよ。」

リンを肘でつつきながら笑う。

察したリンも、

「もちろん」と笑った。

リクが、サリアが、リオが。

花が咲くように笑った。


サリアの笑顔と言うレアなものを見た直後、店を出た。

外は日がだいぶ傾いていたが、まだまだ夕闇には程遠い時間。買い物客など人通りもある。

こんなタイミングで馬鹿なんじゃないかと思うが、そういう能力のない私にもわかるくらいの、粘りつくような濃厚な悪意が漂ってきた。

「せっかちなのか、馬鹿なのか、どっちだろうね?」とは、リン。

索敵魔法まで使えるリンは、とっくに気付いていたのだろう。

「最初の嫌な商会?」

「たぶんね。わたしが目的かな?」

「無謀ね。」

「まあ、馬鹿だね。」

「どうするの?」

「普通に宿に帰ろう。ずっと大通りだし、そのうち我慢出来ずに襲ってくるだろうけど。」

「?」

「みんなの前で断罪してやろう。」





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