第57話 王女様とわたし
8年前、ヨシノ・オウギは母を亡くした。
王妃様なのに、面倒見の良い女性だった。子育てなど乳母任せでいい身分なのに、少女にも、弟達にも優しかった。病を得て半年余りで帰らぬ人となった。
妻を亡くした国王であるコータ・オウギは、珍しく側室を持たず1人を愛しぬいた男だった。
後にして思えば気が狂うくらい辛かったと思う。
それでも気丈にふるまい、子供達に母のいない寂しさを感じさせまいと、公務の間を縫って構ってくれた。
当時9歳だったヨシノ、第1皇子である弟は7歳、第2皇子は4歳だった。
ヨシノの容姿は母親似だ。細く柔らかな焦げ茶の髪。黒い瞳は理知的で、それでいて柔和な笑顔を作る。
子供を区別するのはよくないとわかりながら、国王がこの唯一の娘に特別な愛情を持ってしまうことは責められなかった。
母が亡くなって1年ほどが過ぎた頃、王都の実情を見ようと馬車で王宮を出た彼らに悲劇が起こる。
国王は、8歳と5歳だった皇子達を置いて、ヨシノのみを連れて出た。もう10歳だ。外の世界を見せたかったことと、単純に愛した女によく似た娘を自慢したかったこともある。
王都には、公式には認められない、貧民街が出来始めていた。
だから、と言うわけではない。
飛んできたハエに驚き、馬が暴走した。ヨシノの小さな体は振り落とされて、パニックする馬に背中を踏まれた。
同行していた『回復』の魔法使いが全力で、それこそ魔力切れを起こすほど回復魔法をかけて、やっと少女の命は繋がった。
死んでも仕方がない怪我だった。治すことなど出来はしない。
残ったのは寝たきりの体。それも常時回復魔法をかけ続けないと、あっという間に死の淵へと向かう、生きているとは言い難い体で・・・
「私が生きていると、皆さんに迷惑が掛かります」と、王女様は言った。
穏やかで、諦めた瞳を見ると悲しくなる。
鑑定魔法で分かっている。
7年前の事故で背骨を砕かれ、普通なら死んでしまうところを生かされている。
娘を愛し過ぎた父親は、『回復』の魔法使いをかき集め、かなり無理のあるシフトを引いた。4人一組で、2時間回復魔法をかけ続ける。魔力切れで次の4人。また魔力切れで次の4人だ。
ここまでしないと、娘は死んでしまうほど衰えていて、けれど逆に12人の魔法使い達も奴隷以下で拘束される。2時間魔法をかけ続け、続く4時間で魔力の回復、また2時間の業務に入る。
家にも帰れない。昼夜もない。
そんな地獄を耐え抜かせたのは・・・
ひとえに王女様の人格ゆえだ。
「お願いです。殺して下さい」と言った、彼女の瞳に嘘はない。
真っ直ぐで、周りのことだけを思っていて、自分の存在がどれほど理にかなわないか、理解していた。
いい子だな、と思う。
わたしを含め、死にたい人などいない。出来るなら幸せでいたい。大切な人達と暮らしたい。
けれど、あまりに娘が大切過ぎて盲目に走った父親と、それを悲しむ娘とは心のありようが対極だった。
しかも父親は国王だ。
この国に責任を持っている立場で、その全てを放棄して家族に向かうのは間違っている。
いくら家族としては最高でも、王としては最低だ。
「王女様は優しい方です」と言ったのは、魔法使いの1人だった。
「いつも私達を気遣ってくれます。だから死なせたくないのです。
でも・・・
こんな状態で生かし続けること、それ自体がどれほどご負担でむごたらしいか、私達にもわかっています。
もうどうしたらいいか・・・」と、涙をこぼした。
彼を含め、魔法使い達は人生をフイにしている。
王宮から出ることも出来ない。家族が亡くなった日にも帰れなかった。
恨んでもいい、恨むべきなのに恨まない。
ならば!
「リク!!」と声をかける。
「はい!!」
ゴーサインを待っていたのだろう、間髪入れずに、アリアに次ぐ特大の癒しの魔力を持つリクが全力で魔法を叩きつけた。
「リク!!」
スルハマでのわたしと同じだ。
半分くらい魔力を持っていかれたリクが、フラッと膝から落ちかけるのをサンが支える。
王女様に奇跡が起こった。
「えっ?」
「ヨシノ王女!!」
「王女様!!」
「嘘でしょ、これ・・・」
急に体が全快したのだ。
10歳のまま、成長できなかった体の小ささは変わらない。けれど、ベッドに身を起こせている。
「痛いところはないでしょ?」と聞くと、大きな目を見開いた。
「すごいでしょ、うちの弟。」
Vサインのわたしに、ぼろぼろと涙をこぼしながら、彼女は何度も頷いた。
「ありがとう!!」
「ありがとうございます」と、魔法使い達まで礼を言う。
いい関係なんだと理解する。
「ただね、1つだけ協力して欲しいことがあるんだ」と、切り出した。
「私に出来ることなら。」
「うん、簡単だよ。
どうせ、長いこと歩いていないし、練習だってしなきゃいけない。
だからこの数日でいいから、歩けないことにして欲しいんだ。」
「え?」
「あなたのお父さん、父親としては最高だと思うけど、国王としては仕事を放りっぱなしで最低だったと思うから。」
重税だけ課せられて、助けてもらえない人々。いないことにされた貧民街の人々。
一方的に搾取だけしてきた、本当ならまともだった、愛に狂った国王を、
「しっかり反省させたいし、いろいろわかって欲しいから、そう簡単に望みをかなえたらいけないと思う。本当なら駆け引き材料にすべきだったけど、わたし達自身が我慢できずに治しちゃったから、後出しみたいな条件でごめん。
協力してくれる?」
奇妙なお願いを、王女は快く受け入れてくれた。
「駆け引きなんかしたら、姉御のこと嫌いになったぞ」と言うサンと、
「そうですよ、リンさん」と口をとがらせるリクの頭を撫でながら。
さあ、本丸だ。
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