第60話 おうちに帰ろう
本当に、よくそんなセリフを吐けると思う。
僕達を部下である兵士達に包囲させた王様は、
「ひっ捕らえろ!!」と、大声を出した。
捕えろってなんだよ。
姉2人が、妹と弟が、この王都を守るために何をしてくれたか、理解出来ていないのか?
そこまで馬鹿なのか、この人は。
腹が立って仕方がなかった。
僕達を虐待した、両親に抱いた感情よりはるかに強い。
僕はこの王様が大嫌いだ。
「近寄るな!!」
自分でも吃驚するくらいの大声だった。
結界魔法を発動する。
ついでに、王様の命令にすぐさま対応しようとした浅慮な兵士数名と、王様自身を狙って結界の壁で吹っ飛ばす。
全員見えない何かにぶん殴られて、ゴロゴロと石畳の道に転がった。
王様は、自らの職務怠慢が招いた、整備不良の道の凹凸に頭をぶつけオデコを擦り剝いている。
いい気味だと思いつつも、心のどこかで『痛いだろうな』と気にかかる。
こういうところが僕の限界なのだろうと思っていると、
「大丈夫だよ、兄貴」と、サンが肩を叩いて言った。
「怒りに我を忘れるなんて、リクには似合わないからさ。そっちは俺に任せとけ」、と笑う。
リンさんに頼まれた大事なことを思い出す。
姉は一言、
「守れ」と言った。
次々と魔力切れになる兄弟を、黙って耐えて見守る辛さ。
それを背負わす過酷さを気遣いながら、僕達を信頼し、最後の砦に指名したのだ。
そうだ。僕達は家族を守る。
そのためにここにいる。
気が付くと、ズルタン商会の人達も、商人街の人達も、固唾をのんで見守っている。
誰もが姉達が、妹と弟がしてくれたことに気付いている。
そう言えば、浅はかにも駆け出した兵士は数名で、王様に付き従いながらも命令に動けなかった、事態を認識している兵士が大部分だと気が付いた。
「リク、出してくれ」と言われ、サンを結界の外に出す。
サンは、1番リンさんに似ている。
サリアとリオもよく似てきたが、本質的に、妬けてしまうほど似ているのは最後に兄弟になったサンだ。
サンはスタスタと王様に歩み寄り、兵士に、固唾をのんで見守っている街の人に宣言する。
「俺は今からこいつを殴るぞ。」
そして王様の胸倉を掴み引きずり起こしながら、
「もし俺が間違っていると思うなら止めればいい。俺は魔法は使えないし、姉御に鍛えられてやたら強くはなったけど、まあ普通の人間だ。剣なら刺さるし殺せるよ。ダメなら止めろ。
じゃあ!!」と、ゆっくり拳を握る。
止めようと思えば十分止められる、それだけの余裕を与えた上で、
「ふんっ!!」と、手加減なしで王様をぶん殴った。
ゴキッと凄い音がしたし、たぶん頬骨が折れたと思う。
王様は道に何回もバウンドして飛んでいく。
数10メートル先に転がった。
結局誰も止めなかった。
「うし。じゃ、あとは結界内に立てこもって、みんなの魔力が戻ったら家に帰ろう。」
サンが戻ってくると、
「はは。伝説の男じゃんか、サン」と、待っていた人の声が響いた。
「姉御!!」
「リンさん!!」
いろいろと規格外の姉は、意識を取り戻すのも早かった。
タロから身を起こし、けれどまださすがに立ち上がれはしないらしい、道に座り込んだまま、
「格好いいじゃんか、リク!!サン!!」と褒めてくれた。
「リンさん・・・」
嬉しすぎて涙が出る。
ボロボロ泣いた僕に対し、
「ふん」と、サンは鼻を鳴らす。
逸らした顔が、一文字の唇が、余計嬉しいと伝えていたよ。
「伝説の男って?」
「王様殴り倒したなんて、超伝説じゃんか。」
「ああ、確かに。」
「止めろよ、リクまで!!」
馬鹿話をしていた。
結界は張りっぱなしで、もう誰も手出しできないのはわかっていた。
安心しきっていて、その時気付く。
「あと1人起きたらおうちに帰ろう。乗せてってくれるでしょ、タロ?」
「クウン。」
「腹減ったぁ!!」
「ああ。じゃあ、起き抜けのアリアをこき使うのも悪いし、どっかで買ってこうか、旨そうなの。」
「いいね。」
「リンさん。サン。」
「ん?」
「どした、リク?」
「買って帰る必要なさそうですよ。」
視線を上げて見えた奇跡。
街の人が駆け出してくる。
今までなら、王様だから、そこに仕える兵士だからと恐れたり遠慮していた人々が、関係なしに駆け出してくる。
手に手に水や食べ物、毛布を持って駆け出してくる。
誰が助けてくれたのか、戦ってくれたかわかっていた。
暴動にも似た熱気に、本来なら止めなければいけないはずの兵士達もたじろいで、オロオロと立ち尽くしていた。
もしかして、立場が違えば自分達も同じことをしたかもしれない。
兵士達はみなこの王都の住人で、家族がいて、それを守り切ったのが誰なのか、わかっていた。
自分たちが盲目に従っていた、存在そのものに疑問が生じた。
誰も王様を助けなかった。
それが全ての答えだった。
「じゃ、おうちに帰ろう。」
もう1度リンさんが言った。
街の人々にもみくしゃにされながらで、本気で帰りたいわけじゃないのだろう。
ただ、笑顔で。
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